第152話 転生者は異世界で何を見る? -対処法-

 まずは真正面にいる性別不詳のエルフっぽい人物。

 俺たち三人が同席したことは気づいているようだが、その表情はやはり変わらない。

 隣の男が追加で注文した料理を、無表情のままでつまんではコップを傾けている。


 一方その両端に座る男たちは、フィアと瑞樹にそれぞれアプローチを繰り広げている。

 フィアは酔っているのか、終始笑顔を振りまきながら受け応えしているが、それでも一定以上男の側には近寄らない。

 瑞樹は嫌そうな表情を張り付けて上体を仰け反らせながらも、きちんと受け応えだけはしている。

 まぁ、第一印象だけならば悪い人間には見えないな。


「ふむ……。男どもが無理やり誘ったようですまぬな」


 一通りの観察が終わった頃に、向かいに座るエルフ然とした人物が、まったく悪気など感じていない口調で声を発した。

 声からすると女性なのだろうか。――いや、無理やり誘った二人の人間を『男ども』と一括ひとくくりにして、自分を含めていないニュアンスが感じられるところから、やはり女性なのか。


「あー、いや、それは気にしないでいいさ」


 無視されていなかったことに多少の安堵を覚える。少なくとも話は通じており、酔っぱらった男どもよりかはまともな会話ができそうだ。

 それにこっちも聞きたいことがあるからな。


「それは助かる」


「あー、俺は誠って言う。で、こっちがフィアで、そっちが瑞樹だ」


 左右で男の話相手をしているこっちのメンバーも一緒に紹介すると、向こうもそれぞれ名乗りを上げた。

 目の前のエルフはセフィル、フィアの隣の濃い緑髪の男がライネウス、瑞樹の隣の濃い青髪の男がロブルドという名前だ。


「ところで、聞きたいことがあるんだがいいかな?」


 迷惑をかけたと多少でも思ってるんであれば、こっちの疑問にも多少は正直に答えてくれるだろうか。

 なんにしろチャンスだし、聞くタイミングなら今しかないと思ってさっそく切り出す。


わらわで答えられることであればかまわぬぞ」


 おっと、ここで妾という一人称が出ますか……。てっきりこんな大衆酒場に来ているから冒険者かと思ったんだが。どこかの偉い人だったりするんだろうか。

 ……っていう考えも俺の偏見なのかもしれないな。まぁ聞くだけは聞いてみるか。


「ちょっと、ここの領主の評判が聞きたくてね」


 会ったばかりでどんな人物かもわからないので、ストレートに聞いてみる。

 ――が、俺の言葉に目の前のセフィルの方眉がピクリと反応する。


「ほぅ……。それを聞いてどうするのじゃ?」


 ……ふむ。そっちこそそれを聞いてどうするんだ?

 単なる興味かもしれないんだろうけど。まぁここは無難にいきますかね。


「この街に腰を落ち着けるかどうかを決めようと思ってね」


「ならばやめておいた方がいいじゃろうな」


 即答するとともに、フィアと瑞樹へとちらりと視線を向けるセフィル。


「そうなのか」


「うむ。目をつけられると厄介じゃぞ。凡人なら何も言わんが……、連れの二人は見目がいいからのぅ」


 つまり女好きってことか?

 ここのマスターに聞いた限りだとそうでもなさそうだったんだが。

 改めてセフィルを観察してみるが、女とわかれば確かに美人ではある。もしかして体験談だったりするんだろうか。


「おう、そうだぜ! あんの領主め、あねさんに色目使いやがって! 次会ったらぶっ飛ばしてやる!!」


 急に緑髪のライネウスが会話に入ってきたかと思うと、いきなりキレたのかテーブルを殴りつけている。

 姐さんというのはセフィルのことなんだろうか。


「ひっ!」


 そしてちょうどその向かいにいた瑞樹が短い悲鳴を上げたかと思うと、俺へとしがみついてきた。


「おいおい、領主をぶっ殺すのは反対しねーが、怖がらせるんじゃねーよ」


 なんとか瑞樹と会話を続けていたロブルドが、額に青筋を浮かべてライネウスを睨みつけている。

 しかしぶっ飛ばすがぶっ殺すに変わってんじゃねーか。物騒だなおい。


「あ?」


 対してライネウスも睨み返し、一触即発な雰囲気が漂い始める。


「にゃははは!」


 フィアはもう完全に酔っていて空気が読めなくなっているのか、二人を指さしてケラケラ笑っている。

 こっちはダメそうだ。今後飲ませないようにしよう。

 っつーかもうカオスだなおい。


「やめんか二人とも」


 フィアのおかげで張り詰めた空気が多少和らいだ気がしたが、その空気を完全にぶち壊してくれたのは、セフィルの力強い言葉だった。


「へい。すんません」


「ふん。……すまねぇな、嬢ちゃん」


 そんなセフィルの言葉には素直に従う男二人。

 うーむ。やっぱりこの二人よりセフィルの方が立場が上っぽいな。

 それよりもだ。


「ということは、セフィルさんは一度領主から声をかけられたってこと? どうやって対処したんだ?」


 重要なことは聞いておかないといけない。


「直接領主が来たわけではないが、あれは気障きざったらしい執事じゃったな」


「「あの色黒め……」」


 男二人が声をそろえてブツブツと呪詛を吐いている。相当気に入らないらしい。

 しかし色黒ってことは、今日会ったあの執事のことなのか。


「いつの間にか身に覚えのない犯罪の首謀者にされておったな」


 面白くもなさそうに鼻を鳴らしながら、セフィルがコップを傾けている。

 うーむ、そういうパターンなのね。

 いやしかし、そうこられると対処法ってあるのかね。アリバイなんぞ作ったところで役に立ちそうにないし……。


 セフィルの話を聞くところによると、領主の私兵が自分を取り押さえに来たらしい。

 通常なら街の警備兵へ通達がされるところだが、さすがにそこまでやると公的機関の私的利用がバレるからだろうか。


「逆に話が通じやすくてよかったがの。これでもAランクの冒険者じゃ。相応の抵抗をさせてもらうと宣言したら引いて行ったわい」


 おおっと……、Aランクですか。冒険者じゃないとか思ったが、やっぱり冒険者か。

 Aランクがどれほどかさっぱり想像できないが、ふと見かけた女を自分のモノにしようとするために私兵を差し向けたところで、下手をすると逃げられて被害しか受けないとでも思ったのか。

 にしても領主はそのあたり、先に相手を調べるということをしなかったのか。馬鹿じゃねーの?


「まぁ二十年くらい前の話じゃがな」


「――はい?」


 真面目に対処法を考えようとしていたんだが、セフィルの話に俺はもう一度聞き返すことしかできなかった。

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