第86話 新しき世界

 あれから一か月がたった。

 日本ではフィアにこちらの世界の事柄を教え、たまに小太郎の仕事を手伝い、異世界では日本で仕入れた商品を売るという生活が続いていた。

 まだ一か月という期間ではあるのだが、お互いの世界で所持する資金がえらいことになっていて戦慄を覚える。

 というのも姿見を商品として売りに出したことが大きい。本当に大金貨百五十枚で売れたのだ。


 ちなみに日本での換金は金の含有量なので、大金貨ではなく金貨に両替をしてから日本へと持ち込んでいる。

 金貨と大金貨の価値は十倍ではあるが、重さは二倍程度だったのだ。

 いくら追加で手数料を払って換金してもらっているとはいえ、大丈夫なのかちょっと不安になってくるぐらいである。

 ちなみに城へは、日本で特注した業務用の巨大鏡を献上していた。


 異世界へ問題なく飛べるか実験用に持ち込んだ野良猫は、なぜかそのまま向こうの商店のマスコットと化しており、今ではかなりの人気者だ。

 そしてその野良猫を連れて行ったときの方法で気づいたのだが、魔法書を使って世界を渡るとき、触れている生物も一緒に連れていけるということだった。

 わざわざ先にフィアを送ってから、俺が後を追う必要がないのである。


 とは言え、まだ小太郎やさくらを異世界には連れて行ってはいない。小太郎はたまに会うが、さくらに至っては連絡すら取っていない。

 フィアを紹介しないと怒るんだろうが、なんとなく先延ばしになっていた。

 まあ異世界旅行に連れていくのも向こうが言ってきたときでいいだろう。


 俺は今現在、魔法書をパラパラとめくりながら隅々までチェックしているところである。

 単純に『物語の中に入れる』のかどうか疑問に思っているのである。

 でなければ邪教徒の世界に、この日本に生きる明と穂乃果が召喚されていた理由がよくわからない。

 あの小説にはちゃんとした主人公がいるのである。

 これは『物語の中に入れる』道具ではなく、数ある『平行世界へ行き来できる』道具ではないのだろうか。


 だとすれば邪教徒の世界へと飛んだ時、あの小説の冒頭から始まったのは偶然か?

 いや平行世界なのだからそれは考えるだけ無駄か……。魔法書から手近なところにある物語とそっくりな平行世界へと行けると考えればそれは必然だろう。

 にしても、あの小説の主人公と同じ人物は他の平行世界にはいなかったのだろうか。なぜ明と穂乃果になったのか。せめて同姓同名とかね。

 そう考えると『平行世界へ行き来できる』という説にはひとつ穴があるとも言えるのだが……。


「というわけで次はこの世界へと行ってみようと思う」


 俺はフィアに、ウェブ小説の内容を見せている。このための準備もすでにできている。

 アイテムボックスには大量の物資が詰め込まれているのだ。抜かりはない。

 フィアもある程度自衛できるようにレベルを上げたのだ。もちろん俺が過去に行ったいろいろなゲームで、各職業をチョイスしている。


「はい! 楽しみですね!」


 もしかして俺のせいで明と穂乃果が、あの邪教徒の世界へと召喚されたのではないか……、と思わないでもないが、それを言うと俺のおかげで二人は日本に帰ってくることができたとも言えるわけで結論は出ない。

 何もしなくても召喚されていたんであれば、俺が助けたことになるのだ。というか、関連付けはできるが、そこまで自分の行動とかけ離れた現象を『自分のせい』だと考えること自体がアホらしいとも思える。関係ない可能性だってあるわけだし。

 まあ難しいことは考えるのを止めよう。やりたいことをやればいいのだ。

 だから、神様の手違いで死んだ少年が異世界に転生してしまうストーリーだとしても、この少年が死ぬのは神様のせいなのだ。

 もしくは単なる事故で死んだ少年を、たまたまこの神様が拾うという流れになるのだ。

 きっとそうに違いない。


 融通の利きそうな神様がいて、融通の利きそうなスキルがある物語である。

 きっと異世界間通信ができるようなスキルや魔道具があるに違いない。

 そしてきっと便利な移動手段も……!


 そう。モンスターズワールドの世界で名所を巡ろうとしたのだが、移動手段がなかったのだ。

 ゲームと同じように徒歩では当然無理だった。

 もちろんモンスターズワールドにも、ドラゴンに乗っての移動手段などあるにはあるのだが、入手方法が簡単なはずもなく。

 なら簡単に手に入る世界を探せばいいという話だ。


 運が良ければ、冒頭で神様にお詫びとして授けられるスキルで目的が完了するかもしれない。

 いやそんな簡単にいくとは思っていないが、可能性はゼロではない……はずだ。


「では出発!」


 いかにも都合のいい展開しか考えていない俺は、フィアの手を取ると開いた魔法書の魔法陣へともう片方の手を伸ばした。

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