第84話 モンスターズワールド -売れ行き-

「あああああ!! 会頭殿おおぉぉ!! やっと帰ってきたあああ!!」


 フルサイズ一眼レフカメラを買った翌日、フィアと二人でモンスターズワールドの世界へと帰ってきて、店舗の地下から顔を出したところであった。

 こちらを発見したアルブレイムが一目散に駆け寄ってきて叫び声を上げたのである。


 クソ高いカメラを買わされた気はするが、値段は気にしないと言った手前撤回できずにいた。

 実際に光の射さない箱の中を撮影して見せてもらったが、コンパクトカメラとは一目瞭然だったのだ。もしかしたら店員の罠かもしれないが、お金はあるのだしそこまで検証するのが面倒だったとも言える。


「ど、どうしたんですか!?」


 面食らったフィアがしどろもどろになりながら反射的に様子を尋ねる。

 いい方向か悪い方向かはわからないが、現代日本の製品に対して何かしら反応があったんだろう。いや日本製とは限らないのだが、それしか考えられない。

 店舗内の様子を見渡す限り、俺が仕入れた商品がすでに見当たらない。もしかして全部売れたのだろうか。

 ――ん? そういえば非売品で置いておくつもりの姿見も見当たらないな。どうしたんだろうか。


「久しぶりだな。見たところ俺が持ち込んだ商品は全部売れてそうに見えるが……」


「ええ、確かに全部売れたんやけどねえ。好調なのはええことやけど、クレームや要望がいくつかありましてなあ……

 ところで、その腕に抱えてる動物は何なんで?」


「ニャー」


 腕の中で動物が鳴き声を上げる。これは現代日本の生物が問題なく異世界を渡れるかどうか実験に無理やりつき合わされた、自宅近所で拾った人懐っこい野良猫である。

 鳴き声に気づいたフィアが、猫の喉を撫でている。特に問題はなさそうだ。


 アルブレイムと言えば、謎の動物を見たためかテンションが上がったのは一瞬だったようだ。落ち着いたところでしばらく問答し、クレームと要望のどっちから聞きたいか尋ねられた。

 ちなみに姿見は見えないように二階に引っ込めてあるそうな。


「じゃあクレームからで」


 躊躇することなく悪いニュースから聞いてみることにする。上げて落とされるよりは落ちてから上がったほうがマシというものである。


「クレームは二つやね。と言っても実質ひとつと言ってもええもんやけど」


 ふむ。思ったより少ないな。この世界にない見たこともない道具に対して文句をつけてくるヤツとかが出てくる気がしていたんだが。


「一つ目のクレームは、皮むき器が脆すぎるっちゅークレームやったわ。五件も来よってなあ……」


 うんざりしながらそうアルブレイムが語る。

 ってか、皮むき器が脆いってどういうことだよ……。まさかかぼちゃみたいな野菜にも使ったとかないよな……?


「そのまさかですわ」


 恐る恐る確認したら肯定されてしまった。

 聞くところによると、この世界にはもっと固い皮を持った野菜も存在するらしく、一発で皮むき器の刃がダメになったそうだ。

 いやいや、見た目でそこまで強くない刃だと気づかないもんかね。馬鹿じゃねーの?


「で、二つ目が、商品が少ないっちゅークレームやな。まぁもっと仕入れろっちゅー要望でもありますが」


 ああ、それは仕方がない。もともとお試しで十セットしか用意してなかったし。


「売れ筋のよかった商品とかはある?」


「概ねすべて良好やったけど、おろし金はしぶとく売れ残ってたわ。似たような商品があるさかい、しょうがないんやけど」


「なるほど」


 ということはあとは要望か。


「ええ、そうですわ。一番多かった要望が、会頭殿に会わせろっちゅー貴族連中でしたわ。

 もちろん全部断ってますけどね」


「それはありがたい」


 まったく面倒なことこの上ない。珍しく価値のあるものを仕入れる俺を取り込みたいんだろうか。

 まあある意味では王族によって取り込み済みと言えなくもないが。

 隣にいるフィアもうんざりした表情である。こういうところに群がってくる貴族には何か思うところでもあるのだろうか。


「次に多かったのが、姿見を購入したいって要望でしたわ。

 何度も断ったんやけど、しつこいこと……。勝手に集まってきた貴族共が、終いには店の中でオークションまで始めよって……」


 その時の様子を思い出したのか、大きくため息をつくアルブレイム。

 フィアも顔を引きつらせている。そりゃ店頭じゃなくて引っ込めたくなるはずだ……。

 だが俺としてはむしろ興味がわいてくるところだ。……いったいいくらになったのか。現場を見ていないが故の他人ごとだった。


「最終的に大金貨百五十枚にまでなってもうたわけですが、あれは売り言葉に買い言葉やったと思います。

 なんせこっちはずっと非売品と主張しとりますから」


 まじかよ。大金貨百五十枚て……。えーと、一億五千万ルクスか? おいおい……、三千円が一億五千万円かよ……。

 いやいや、ただの新興商会が店頭に置いていいもんじゃねーな。


「す……、すごいですね……」


 さすがのフィアもその値段には引き攣った顔を隠せない。

 現代日本のモールを歩いていれば、それこそ姿見よりも大きな鏡などそこかしこに置いてあるからだ。

 ……そういう意味ではむしろ、フィアは俺の世界にドン引きしているのかもしれないが。


「もういっそのこと売っちまうか。姿見。大量に仕入れることもできるけど、安く買いたたかれそうだし、一週間にひとつくらいのペースで」


 俺の言葉にニヤリとアルブレイムが笑う。


「それやったら売却先はすでに確保済みやで」


「ニャー」


 野良猫はマイペースであった。

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