第一章
第2話 ロードライフオンライン -初心者の館-
「ようこそ! 初心者の館へ!」
目の前ではどこかで見たことあるようなオッサンが両手を広げて満面の笑みを浮かべている。
「…………」
俺はそれを無言で眺めるだけだ。しかし何を言ってるんだこのオッサンは。
というかここはどこだ。確か俺は自室で露店の売れ行きを見ようと思ってモニタの電源を……。
そこではっと思い出す。俺はどこに手をついたっけ?
思わず自分の右手を見ると、さっきまで飲んでいた缶ビールが握られている。
「――あれ?」
もう片方の手には、例の本が握られていた。
自分の服装を確認するが、自室にいたときと特に変わったところはない。部屋着である赤いラインが三本入った黒いジャージ上下のままだ。
――なんだコレ?
「おいおい、少年、聞いてるのか?」
思考を遮るように目の前のオッサンが告げてくる。
「あ、ああ……」
どうやらオッサンを無視して思考に耽ることはさせてくれなさそうだ。つーか、少年って歳でもないんだがな。
「ここは初心者の館だ。何の職業に就きたいか話を聞くことができるぞ。
……というか少年。変わった服だな」
どこかで見たことのあるオッサンが、どこかで聞いたことのあるセリフを吐きながら、俺の服装に疑問を抱いている。
ここまできてようやく思い出した。俺が今プレイしているロードライフオンラインの最初のシーンだ。
割と長いことサービスを続けているネットゲームだからだろうか、キャラメイクをして最初にくる場所というのが、初心者の館と呼ばれる場所だ。
職業によって転職できる街が異なっているんだが、この初心者の館で話を聞いて、なりたい職業を告げるとその町に送ってくれるのだ。
サービス開始当初はそんな方式じゃなく、最初に出現する街はランダムだったんだが、いつの間にかこうなっていた。これも新規参入者のほぼいなくなったゲームの成れの果てだろうか。
オッサンはそのゲームと似たような職業についての話を延々としている。一応相槌を打ったりしているが、ゲームのように一方的にしゃべるとかいうものではなく、きちんとオッサンに意思があると感じられる。
このゲームでは以下の職業がある。
前衛職戦士のウォリアー、素早さ重視のシーフ、弓使いであるアーチャー、商人であるマーチャント、魔法使いのマジシャンに、防御回復系のアコライトの計六種類の職業だ。
そしてそれぞれの職業にあったスキルを使うことが可能だ。
「で、どの職業がいい?」
「じゃ、マジシャンで」
条件反射のように答える。俺はMMORPGなどで選ぶ職業は最初はだいたいマジシャンや魔法使いといったものだ。なんとなくで特に理由などはないが。今回も例に漏れず即答となった。
「あいよ。じゃあゲフィーリアの街に送るぜ。がんばりな!」
オッサンが言うや否や、自身が立っている場所に魔方陣が出現したかと思うと視界が暗転した。
と思った瞬間に、目の前には別の風景が広がる。
「おお……、おおぅ」
若干の眩暈を感じつつも周囲を見回す。ゲーム画面をモニタ越しに見ているのとは異なり、そこにはリアルな風景が広がっている。
赤茶色のレンガ造りの建物が立ち並び、広場らしき中央には噴水が設置されている。
そこそこの人が行き交う通りではあるが、こちらに注目する人はいない。……いや、多少はいた。さっきのオッサンの反応から予測すると、恐らく突然人間が現れたことではなく、俺の服装が原因だろうか。
しばらく周囲を観察していると、ふと地面に魔方陣が描かれているのに気づいた。
なにっ? また転送されるのか? と一瞬疑ったが、魔方陣の中心は俺ではなく後ろにずれている。
振り返ったと同時に、魔方陣の中心に人が現れた。
「おっしゃ! やるぞー!」
突然現れた青年が叫ぶと同時に走り出して去っていく。
ああ、初心者の館から来た人ね。つーかどこから湧いて来るんだ、ここの人間は……。しかし、ここは本当にゲームの中なのだろうか? NPCのはずだった初心者の館のオッサンとはきちんと会話が成り立っていた。何度話しかけても同じセリフしか言わないということはない。
ふと自分の頬を思いっきり
痛い。
うーん。もしゲームみたいにHPがゼロになったらどうなるんだろうか。ゲームであればセーブポイントの街でHPが1になって復活するのだが……。
いや、HPゼロがイコール『死』とは限らないな。気絶するとかそういうものかもしれないし。……まあ試してみる気はありませんがね。
それよりもだ。せっかくゲフィーリアの街に来たんだから、マジシャンとやらに転職しようじゃありませんか。
右手にまだ持ったままだった缶ビールを飲みながら歩き出す。転職できるのはマジシャンギルドだ。ゲームであれば、この街の中央広場のひとつ外周にある環状道路の北西に確かあったはずだ。
左手に持っている不思議な本で、自分の家に本当に戻れるのかどうか不安ではあったが、魔法を使うという実体験ができるかもという好奇心のほうが勝っていた。
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