39kgは重すぎる(7)

 程なくあたしたちが注文したものがテーブル上に並んだ。


 アツアツのマルゲリータピザは昔と変わらず絶品で、父のハンバーグサンドと母のスープパスタも美味しそうな匂いを放っている。兄の鰹のタタキ定食も場違いな感じは否めないものの、程よく脂が乗って実に良い色ツヤだ。ちょっと一切れちょうだいと言いたくなる。言わないけど。


 ――昔とは違うんだ。


 ピザの味は同じでも、兄妹で飲み物を取りに行く習慣は変わらなくても、こうしてまた家族全員でグリーンデイズに来れたとしても、あの頃に戻ることはできない。できるわけがないのだ。


「おい、かけすぎじゃないか」


 父に心配されるほどタバスコをかけたマルゲリータピザは、やっぱり舌がビリビリするほど辛くて、バーコーナーにメロンソーダを取りに行かなければならないほどだった。


「他に何か欲しいものはある?」


 あたしがグラスを持って戻ってくると、母が言った。あたしにではなく、ごはんの一粒まで綺麗に平らげた兄に向っての台詞だった。


「……今日のところはこれでもう充分だよ」


「今日じゃなくっても、流が食べたいものがあるなら教えて欲しいのよ」


 どこか媚びを売るような母の口ぶりにあたしは思わず顔をしかめたが、兄は涼しい顔を崩さない。涼しい顔を崩さずに考えるような素振りを見せてから、こう言ったのだ。


「久々にみんなでラ・ヴォワチュールのタルトを食べるというのはどうかな。できれば3号サイズのやつが良い」


 ラ・ヴォワチュールというのは家の近所のケーキ屋さんだ。ケーキ屋さんだけど、季節のタルトが名物で、今頃は桃のタルトが店頭に出ている時期だろう。桃もタルトも好物なので、兄の提案それ自体に異論はない。しかし――。


 あたしは疑惑の視線を兄に向けるが、当の本人は気づいていないのか、あるいは気づかないふりで「どうかな?」と父母に尋ねる。


「流が甘いものを食べたいだなんて、珍しいこともあるもんだな」


「良いじゃない。私は良いと思うわ。ラ・ヴォワチュールのタルト」


 兄が妙なことを言ったのに気が付いていない父母は、「じゃあ、次の週末にでも行くか」「決まりね」と言い合って、笑みを浮かべたのだった。あたしはだから、兄の言葉に対して抱いた細やかな疑問を胸にしまい直し、口を閉ざすより他なかった。


 レストランを出るとき、兄は立ち止まって、父母の方に向き直った。そうして深々と頭を下げて、言った。


「――迷惑をかけて申し訳ありません」


 父は「流」とだけ言った。母はぐすんと鼻をすすってから、首を横に振った。あたしはと言えば、少し離れた場所であさっての方を向いて突っ立っていた。


「それじゃあ、留守の間、中のことは頼むぞ」


「わかってます」


 ふと気づくと、駐輪場の辺りでさっきのワイルドなフロアマネージャー(?)とウェイトレスさんが立ち話をしていることに気がついた。ワイルドさんはグリーンデイズのロゴが入ったバイクジャケットを来ているので、これから配達なのだろう。


「くれぐれも無茶はしないでくださいよ。かえって」


 ウェイトレスさんがそこまで言ってから、あたしの視線に気がついてはっと息を呑んだ。


「……帰ってきてくださいね。なるべくでも早く」


 ひょっとしたらあの二人、職場恋愛をしているのかも知れないなと、あたしは場違いなことを思ったりもする。

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