39kgは重すぎる(6)
珍事が起きたのは、あたしと兄が四人分の飲み物を持ってテーブルに戻って来たタイミングでのことだった。
「ちょっとアンタ、無茶言わないでよ!」
背後で大きな声がして振り返ると、さっきの美人さんがスマートフォンを片手に、般若の形相で天井を睨みつけていた。
「大体アンタは!」「いつもいつも!」「少しはこっちの都合も考えなさいよ!」
電話の相手に対して矢継ぎ早に放たれる怒声。店員も来店客もただ唖然として美人さんを見ていることだけしかできないでいる。もちろんあたしもだ。そんな中、美人さんはますますヒートアップして、一際大きい声でこう言い放ったのだ。
「やっぱり39キログラムは重すぎるって! 業務用の原付スクーターでも使うってんなら話は別だけどさあ!」
語尾にガシャンという音が重なった。丸顔のウェイトレスさんが、運んでいた食器を床に落としてしまったのだ。
「し、失礼しました」
幸い割れたお皿はなかったようだが、美人さんの剣幕に気圧されてしまったのだろう。ウェイトレスさんは特徴的な舌っ足らずの声を震わせて謝罪の言葉を口にすると、床に散らばったものを拾い始める。
(ねぇ、今のって)
あたしはそんなウェイトレスさんを遠目に見ながら、兄の脇腹を肘で突いた。
(座るぞ)
(でも)
(言いたいことはわかるが、変に目立ってあの女に絡まれるのも厄介だろう)
兄がそう言い終わるのとほぼ同時に、美人さんテーブルを激しく叩いた。こちらのひそひそ声が聞こえていた、というわけではないと思うが、確かにあんなのに因縁をつけられたくはない。あたしは兄に向かって小さくうなずいてから椅子に腰を下ろした。
「お客様、店内での通話は、その」
店側もさすがに美人さんを放置しておくわけにはいかないと思ったのだろう。フロアマネージャーっぽい男性スタッフが美人さんに近づいて行って声を掛ける。
「他の人だってケータイぐらい触ってるじゃない!」
「ですが、大声での通話は他のお客様のご迷惑になりますので……」
男性スタッフが言葉を選びながら何とかそう言うと、美人さんは「チッ」と舌を打ってから、これ見よがしにスマートフォンを口元へと近づけると「後でかけ直すから! 今のうちにやれる算段を立てておきなさいよ!」とまくし立てて、通話を終わらせる。
「これで良い?!」
そうして、捨て台詞を残してレジへと向かい、お札をトレーに叩きつけて出て行ってしまった。
「……すごい剣幕だったわね」
傍若無人な美人さんがいなくなり、店内にどこかほっとしたような空気が漂い始めると、母が鳩のように首を振って言った。
「お父さんは感心しないな。ああいうの」
「鮎、アンタも気をつけなさいよ、最近若者のスマホ中毒が問題になってるみたいだし」
反射的に『ああいうのはスマホ中毒とはちょっと違うでしょ』と言い返そうと思った後で、それ以前の問題に気がついた。
「あたし、未だにガラケーなんですけど」
同じクラスでスマートフォン持ってないのって、そろそろあたしくらいのものなんじゃないだろうか。同じ学年まで範囲を広げれば少なくともあと一人、ガラケー使いがいることは知っているけど、時代に乗り遅れてる感は否めない。
「その件については機会を改めるとして、だ」
川原家の財務大臣たる父は、あたしが具体的な要求を口にするよりも先にそう言って、コーヒーカップ手を伸ばした。
「ご飯が来るまでまだまだ時間がかかりそうだし、子どもたちが持ってきてくれた飲み物を飲むことにしよう」
どうやらあたしが青いパカパカケータイからスマートフォンに機種変できるのは、当分先のことらしい。やれやれ。
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