39kgは重すぎる(4)
数日後、あたしたちは家族四人で近くのファミリーレストラン――『グリーンデイズ』に出かけた。全国的な知名度では某炭焼きハンバーグ店に遠く及ばないものの、マルゲリータピザやナポリタンといった定番メニューがしっかり美味しいこともあり、地元民の間ではよく知られたローカルチェーンだ。川原家では何かめでたいことがある度に家族揃ってここに来るのが習いになっていた。
「へー、宅配も始めたんだ」
店先まで来たところであたしは『市内デリバリー承ります』と書かれたのぼりが立っているのを見つけて言った。
「前からやってるみたいだぞ。会社の若い連中が注文しているのを何度も見かけた」
「そうなんだ」
前に来たときはあんなのぼりは立ってなかったと思うんだけどな。でも、改めてじっくり見ると、随分と色あせていることに気づく。駐輪場に並んだ業務用の三輪スクーターも昨日今日に用意されたものだとは思えなかった。
「久々に来たんだ。二人とも遠慮なんてするんじゃあないぞ」
父はあたしと兄にそう言うと、ポーチまで歩いてお店のドアを開けた。
カランカランとドアベルが鳴る中、あたしはこっそり溜息をつく。あたしたちが最後に家族でこの店に来たのは、あたしの高校入学が決まったときのことだから、もう一年半近く前になる。久々に来た、か。そりゃそうだ。あれから川原家では、一度だって良いことがなかったんだから。
「鮎、どうしたの? あなたが進まないと、お母さんたちも中に入れないんだけど」
「ああ、ごめんごめん」
母にせっつかれたあたしはポーチまで走って閉まりかけたドアを大きく開いた。夏休みだしさぞ混雑しているだろうと思ったが、早めに家を出たのが奏功したのか、あたしたちはほとんど待つことなく窓際のテーブル席に通されたのだった。
「ご注文がお決まりになりましたら、呼び鈴でお知らせくださぁい」
あたしたちを案内してくれたウェイトレスさんが厨房に戻っていくと、母がテーブルの上に置かれた呼び鈴を見て「懐かしいわね。ここの呼び鈴」としみじみ呟いたので、あたしは思わず眉間に皺を寄せた。
「鮎はここに来るといつも鳴らしたがったよなあ」
案の定、父が乗っかってくる。ロボットが配膳する時代にレトロなことだが、『グリーンデイズ』の呼び鈴は木製の取っ手が付いたハンドベルなのだ。そんなものを見せられて、鳴らしてみたいと思わない小学生がいるだろうか。いや、いない。
とは言え今さらそんな昔の話を蒸し返されて気恥ずかしさと無縁でいられる高校生もそうそういないわけで、あたしは少し強めに「そんなことより早く注文を決めようよ」と言って、メニューをテーブルの中央に広げるのだった。
「鮎はもう決まってるの?」
「まだ」
「先に選んでいいわよ」
「……じゃあ久しぶりだし、マルゲリータピザで」
母があたしの手元に押し戻したメニューを見ずにそう言うと、斜向かいの席に座った兄が目を細めた。
マルゲリータピザはカルボナーラ風ホワイトソースピザと並ぶこの店の定番メニューなんだし、あたしとしては当たり障りのない注文をしたつもりだったんだけど、どうしてそんな視線を向けられなければならないのか。と言うかどういう感情の発露なんだ。
「飲み物も頼むんでしょ?」
母の声で、あたしの思考は途切れる。兄ももういつもの目つきに戻っている。
「みんなも注文するなら」
「はいはい。なら、そうしましょう。わたしは食事は明太子のスープパスタにしようかしら。お父さんは?」
「ハンバーグサンドを頼もう。この間、部下の一人が食べているのを見てからずっと気になっていたんだ」
残るは一人だけ。兄は母から手渡されたメニューをパラパラと捲ってから「カ……いや、鰹のタタキ定食で」と言った。
「ひょっとして和食が食べたかったの?」
猫なで声でそんなことを言う母に対して、兄は「そんなつもりはなかったんだけど、メニューの写真を見ていたら急に、ね」と応じて柔らかく微笑んだ。
「まぁ流が食べたいんならそれで良いじゃないか」
父はそう〆ると、ハンドベルを手に取って二、三度ゆっくりと振ったのだった。
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