砂糖菓子のパラソルでは寄り添えない(8)
「ふーん、正木さんがねぇ」
私が正木先輩の奇行を目撃するところまで一通り話し終わると、敷島君は呟くように言って、前髪を掻き上げた。
「何かわかったの?」
敷島君は私の問いかけを無視して、紙袋から零れ落ちたパラソル型のキャンディーをつんつんと突く。
「……そもそもの話、本人に聞くってわけにはいかないのか?」
「直接『昨日は何であんなことしてたんですか?』って尋ねろとでも?」
それができれば人に相談しようだなんて思わない。
「もっと別の聞き方があるだろう。だがまぁ、老松が正木さんに直接聞きづらいと思っているのは理解した」
なんだか引っかかる言い方だ。そして、何かを見透かしているような言い方でもあった。
「確認なんだが、正木さんを目撃した時、雨はどんな状態だったんだ? 屋内で筋トレの指導をしてたんで、その当時の降り様がわからなくてな」
「結構強く降ってたと思う。ざあざあ降りとまではいかないにしても、傘をささずに歩いていたらすぐにずぶ濡れになっちゃうくらいの雨」
傘を持っていた私も家に帰る頃には制服の袖がぐっしょりだった。まぁこれは、正木さんの奇行に気を取られてバスを一本逃してしまったからというのもあるけれど。
「なるほどな」
敷島君はそう言って、もう一度前髪を掻き上げた。何故だかひどく渋い顔をしている。
「……とりあえずのところストレスでおかしくなったという線は考えなくて良いんじゃないか」
「どうしてそう思うの?」
「ストレスでおかしくなった受験生が傘もささずにずぶ濡れで塾に入ってきたら、さすがに騒ぎになるんじゃないか? あの人は一応のこと、ついこの間まで生徒会で副会長をやっていた
「確かに……」
東高の近くにあることもあって、五十海ゼミナールに通っている生徒はそこそこ多い。私のクラスにも何人かいたはずだ。もし正木先輩がおかしくなってしまったなら、きっと朝からその話題で持ち切りになっていたと思う。
「老松も気にしていたから俺に話したんだとは思うが、五十海ゼミナールの前で、正木さんはシャフトを伸ばした状態の傘を握りしめていたんだよな?」
「う、うん。生徒会室を出ていく時にはまだ折りたたんだ状態だったのに、どうしてなんだろうって思った」
「決まってる。正木さんは校舎を出てから少なくとも一度は傘を差したんだよ。おそらくは老松に目撃される直前までそうしていたんだと思う。でなければ、下着までびしょ濡れの状態で五十海ゼミナールに足を踏み入れることになるからな。顰蹙ものだし、本人だってその状態で勉強したいとは思わないだろう? 正木さんは全身雨に濡れていたが、ずぶ濡れというほどではなかったんだよ」
「待って。正木さんは傘をさしていなかったのはごくごく短い時間だけなんでしょう? 言い換えれば、正木先輩はその短い時間だけわざわざ傘をささないでいて、全身雨に打たれていたってことになるんだよね?」
「おそらくは」
「だとしたら、正木さんはどうしてそんなことをしたの?」
敷島君の推理は納得できるものだったけれど、結局のところ正木先輩が傘をささずにいた状況について深く考察するものであって、何故彼が傘をささずにいたのかについて説明するものではなかった。
――残念ながら私が知りたいことは、状況ではなく理由の方だった。
「……俺に説明できるのはそこまでだ」
「どういうこと?」
私の問いかけにすぐには答えず、敷島君はすっと椅子から立ち上がった。
「
相変わらずの渋い顔。それでいてどこか優しげな顔を私に向けてそう言うと、敷島君は椅子を円卓の中に戻して、生徒会室を出ていった。
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