砂糖菓子のパラソルでは寄り添えない(5)
五時少し前に校舎を出た。
正木さんが生徒会室を出て行ってからというもの、何故だか作業がはかどらず、十分も経たないうちに手を止めて帰ることにしたのだ。
――やるべき仕事はいくらでもあるけれど、今日中にやらなければならないというわけでもなし。
黒々とした空からはひっきりなしの雨。風はあまり強くないので、傘をまっすぐにさしてさえいればずぶ濡れになることはないだろう。しかし、時おり何かの気まぐれで傘の中に紛れ込んだ雨粒が頬や手の甲に雫の痕を残していく。
この時期の雨はひどく冷たい。一刻も早く帰りたいところだけど、あいにくとバスの到着時刻までまだ時間がある。生徒会室でもう少し時間を潰してから出てくれば良かったのに、と軽く後悔。家に着いたら熱いしょうが汁でも飲んで一息つきたいものだ。
などと考えているうちに校門を抜けて、島本パン屋の前にさしかかった。東高生御用達のパン屋兼駄菓子屋だが、悪天候のせいか今日はあまり人の気配がしない。私はお店の脇に置かれた自動販売機をちらりとみて、かぶりをふって、通り過ぎる。おしるこには心惹かれるけれど、月末で金欠ぎみだし、ここは我慢の一手だ。
傘越しに前を見ると、精肉店に運送会社のトラックが横づけされている。私は水たまりだらけの車道を歩くのを厭うて、島本パン屋の角を曲がることにした。道幅が狭くて左右に建物の屋根があるから、きもち雨風を凌げるような気もするし。
それは、実際にその通りだったのだけど、狭い路地を歩くうちに私は思い出してしまう。正木さんが通っているという五十海ゼミナールがこの通り沿いに――。
その正木さんが傘もささずに狭い路地のど真ん中で立ち尽くしていることに気が付いた私は、咄嗟に電柱の陰に身を隠してしまった。いや、こちらに背を向けているので顔を見たわけではないのだけれど、五十海東高校指定の制服をきた坊主頭の巨漢を私は一人しかしらない。
そして彼――正木学は、私が電柱の陰から見ていることに気づいた様子もなく、両手を伸ばして、くるくる、くるくると回り始めたのだった……。
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