砂糖菓子のパラソルでは寄り添えない(2)
予報よりも一日早く降り始めた雨が、少しずつ勢いを強めている。生徒会室を出てすぐ外にある青空廊下はすっかり水浸しになっていることだろう。十一月下旬の雨は肌寒い。こんな時期でもタイツを履かないでいられる女子たちの大腿動脈にはきっと、熱いマグマが流れているのだと思う。
私――
生徒会室には他に誰もいない。選挙後の引継がひと段落したこの時期、生徒会はちょっとした閑散期となる。十二月は期末試験に球技大会と、生徒会以外のイベントが目白押しだし、年が明ければ今度は生徒会の予算編成で忙しくなる。
つまりは休むなら今のうちに休んでおけ、ということになる。
そういうわけで私は、第九十九期生徒会長の権限を以て他の役員たちに『特別なことがない限り今週は来なくて良し』と宣言したのだった。
もっとも宣言した当の本人はこうやって先週までと同じように毎日生徒会室に足を運んでいるわけだが。
閑散期とは言え、生徒会長としてやるべき仕事はいくらもある。例えば今月から会計責任者になった
――理由は立つ、か。
そう考えること自体が言い訳じみている。そもそも周囲に休めと言った以上、自らも率先して休むというのが、リーダーにふさわしい振る舞いなのではないだろうかとも思う。
私は算盤を動かす手を止めずに、いつしか先代生徒会長のことに思いをはせていた。
沈着にして熱情に溢れた先代会長が、ありとあらゆる生徒会行事について一切の妥協なく取り組んだこともあって、あの頃はとてつもなく忙しかった。
苦ではなかった。
生徒会の仕事が性に合っていたからというのもあるが、それ以上に、先代会長のカリスマに惹きつけられていたのだと思う。私だけではない。きっと他の役員たちもそうだったはずだ。
その証拠に、あの頃は放課後ともなれば誰かしらこの部屋にいたのだ。とても忙しい日も、忙しい日も、時々はある手が空く日も――。
名取先輩が会長職を退いた今、生徒会に残留したのは私を除けば一年生の仲井君だけだった。名取先輩と同じ三年生の
こちらとしては続けて欲しかったけれど、来年の夏まで部活に専念したいというのだからしかたがない。庶務見習いの
そして私は今、生徒会室でひとり、算盤の珠を弾いている。
あの頃と比べてみても仕方がない。それはわかっている。あのミステリー小説じみた文化祭の騒動だけではない。第九十八期生徒会は――名取文香の生徒会は特別だったのだ。あれを現生徒会に期待する方が間違っている。私自身が名取文香に比べるべくもない凡人なのだし。
しかし、ふとしたことで、あのとんでもない生徒会が懐かしいと思ってしまうことがある。何のことはない。私は第九十八期生徒会に少なからぬ未練を抱き続けているのだ。
「ああもう。上手くいかないものね」
算盤の玉を弾きそこなって、私はつい、声に出してぼやいてしまう。こういう寒い雨の日は、どうもいけない。ちょっと早いけれど、カイロを持って来ればよかった。
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