おじいさんと こびとの くつ

くにさだ のりか

おじいさんと こびとの くつ

 むかし むかしの おはなしです。ロンドンの したまちに、ちいさな くつやが ありました。グレゴリーという おじいさんが ひとりで やっている くつやです。せまい みせには いろいろな くつが ずらりと ならんでいて、その おくには くつを つくる しごとばが あります。わかい ころは はたらきの よい しょくにんだった グレゴリーでしたが、ちかごろは めっきり からだが よわり、しごとが おもうように ならなく なってきました。

「やれやれ、くたびれた。」

 グレゴリーは たちあがり、こしを たたきました。

「しかたがない。きょうは とちゅうで おしまいだ。」

 そうして そのひは つくりかけの くつを つくえの うえに ほったらかしに したまま、みせじまい することに しました。

 グレゴリーの みせは、いえと つながっています。リビングに やってきた グレゴリーは ソファに こしを おろすと、ぼんやり おもいを めぐらせました。

(かみさま、わしは じゅうごで しょくにんに なってから、きょうまで ずっと やすまず はたらいて まいりました。でも、どうやら そろそろ みもとへ めされる ころあいの ようです。そうなったら わしの みせは おしまいです。もし この おいぼれの ねがいを ひとつ かなえて くださるなら、わしの かわりに くつを つくりつづけて くれる、わかくて うでのいい しょくにんを よこしては くださいませんか。)


「とうさん、とうさん、おきてくれよ。」

 かたを ゆすられて グレゴリーが めを さますと、むすこの トーマスが しかめっつらで のぞきこんでいました。まどの そとは すっかり くらくなり、ガスとうの あかりが きりに ぼやけて うかんでいます。

「ああ、ちょっと ソファで ひとやすみの つもりが、ねむって しまった。」

 トーマスは ためいきを ついて いいました。

「マーサが きづいて もうふを かけて くれなければ かぜを ひいて いたよ。」

 みれば、たしかに グレゴリーの からだには ふかふかの もうふが かけられて いました。マーサと いうのは トーマスの おくさんです。ときどき、めずらしく おきゃくさんが きたときには、グレゴリーの みせを てつだって くれます。

 そのとき、ちょうど ドアが ノックされ、その マーサが かおを だしました。

「ふたりとも、おしょくじの したくが ととのいましたよ。」


 そのあと、さんにんで ばんごはんを たべているとき、トーマスが いいました。

「とうさん、もう くつやなんか やめて しまえよ。かねなら ぼくが くさるほど かせいで いるじゃないか。」

 トーマスは まちの ぎんこうで はたらいて います。しょくにんの むすこですが、いっしょうけんめい べんきょう したので、りっぱな しごとに つくことが できました。おかげで トーマスは グレゴリーより よっぽど かせぎが よいのです。

 グレゴリーは くちを ひんまげて いいかえしました。

「おかねの ためじゃ ない。わしは しぬまで くつしょくにんで ありたいのだ。」

「とうさんの がんこにも こまったものだ。」

 トーマスが かおを しかめると、マーサが とりなすように いいました。

「おとうさま、トーマスは おとうさまの おからだが しんぱいで いうんですよ。」

「すまんが、マーサさん。よけいな せわだと つたえて やってくれ。わしは まだまだ もうろく しておらん。」

 グレゴリーは ますます くちを ひんまげました。このかぞくと きたら、まいにち こんな ぐあいなのでした。


 ところが、つぎのひの あさの ことです。グレゴリーが しごとばから すっとんできて いいました。

「マーサさん、たいへんだ。くつが できあがって しまった。」

「まあ、それは よろしかったこと。おきゃくさんも およろこびに なりますわ。」

 マーサが のんきに へんじを すると、グレゴリーは まあたらしい くつを ふりまわしながら さけびました。

「そうじゃ ない。わしは つくって いないのに いつのまにか くつが できて いたんだ。」

 マーサは しんぱいそうな かおを しました。

「そんな、まさか。」

「うそじゃ ない。この くつは りっぱに しあがっては いるが、だんじて わしの しごとでは ない。」

 すると マーサは、いっしょうけんめい えがおを つくって いいました。

「じゃあ きっと、しんせつな こびとが かわりに しごとを してくれたんですわ。」

「こびとだって。」

 グレゴリーは そう ききかえすと、そのまま だまりこんで しまいました。それから てにした くつを みつめて、うん、うん、と なんども うなずきました。

「そうか そうか。しんせつな こびとか。それなら あんしんだ。」

 そんなふうに ぶつぶつ いいながら、グレゴリーは しごとばに もどって いきました。


 そのよる、マーサは トーマスに こっそり いいました。

「おとうさま、とうとう きが へんに なって しまわれたわ。」

「きが へんだって。」

 トーマスは けげんな かおで ききかえしました。

「じぶんで くつを しあげた ことを、すっかり おわすれに なって しまったの。」

「どういう ことだ。」

「できあがった くつを もってきて いつのまにか できてたって おっしゃるのよ。」

「そうか。それで、とうさんは なんだって。」

「あたくしが、しんせつな こびとの しわざだって でまかせを いったら、しんじて しまわれたわ。」

「こびと なんて いるものか。この かがくの じだいに。」

「もちろんよ。だから しんぱい しているのよ。」

「それで、ほかには なにか いって いなかったか。」

「なにかって、なんのこと。」

「くつの しあがりは どうだとか。」

「なぜ そんな ことを きくの。」

 トーマスは すこし かんがえてから いいました。

「とうさんは しょくにんだ。じぶんの しごとか どうかは みれば わかるだろう。」

 すると マーサは、トーマスの めを じっと みつめて いいました。

「りっぱに しあがっては いるが、だんじて わしの しごとでは ない。ですって。」

「そうか。」

 トーマスは それきり だまって しまいました。


 ふしぎな ことは それからも つづきました。グレゴリーが たびたび しごとを とちゅうで きりあげて、リビングの ソファで いねむりを していると、そのよるには くつが りっぱに しあがって いるのです。そんなことが なんども あって、いつしか それが あたりまえの ことに なって しまいました。

「こびとは ほんとうに いるのかも しれませんわね。」

 ある ひるさがり、おちゃを はこんできた マーサが そういうと、グレゴリーは うれしそうに わらって いいました。

「いるともさ。なにしろ わしは むかしから、その こびとを しっていたんだ。」

「まあ、ほんとうですか。」

 グレゴリーが きゅうに そんなことを いいだしたので、マーサは びっくりしました。

「ああ。ずっと わすれていたが、さいきん やっと おもいだした。こびとの かおをね。にこにこ よく わらう かわいらしい おとこのこだったよ。」

「そうですか。」

 マーサは ほかに なんといって よいか わかりませんでした。

「あのころは よく しごとばに やってきて わしの てもとを めを かがやかせて みていた ものだ。」

「それで こびとは くつの つくりかたを しっているんですね。」

「ああ。よくぞ おぼえて いてくれた。たいした ものだ。」

 グレゴリーは おいしそうに おちゃを のんで います。マーサは ちょっと いじわるな しつもんを してみました。

「でも、むかしの ともだちなら、どうして すがたを みせて くれないんでしょうね。」

「きっと てれくさいんだろう。まあ、わしは かまわないさ。」

 グレゴリーは そういって にこにこ わらいました。


 よるになり、グレゴリーが ねむりに ついたころ、マーサは また、トーマスに こっそり みみうちしました。

「おとうさまったら、むかしから こびとを しっていただなんて おっしゃったわ。」

「そうか。」

「にこにこ よく わらう かわいらしい おとこのこだった そうよ。」

「そうか。」

「むかしは よく しごとばに やってきて、おとうさまの てもとを めを かがやかせて みていたんですって。」

「そうか。」

 トーマスは、ぶっきらぼうに それだけ いうと、くうちゅうを にらむように みつめたまま、なにごとか じっと かんがえている ようすでした。


 やがて きせつが かわり、まちには おちばが まいちるように なりました。あるよる、グレゴリーは ひさしぶりに おそくまで しごとを していました。

「おとうさま、きょうは ずいぶん ごせいが でますね。」

 ようすを みにきた マーサが うしろから こえを かけます。グレゴリーは ふりむきもせず こたえました。

「ああ。これだけは こびとに てつだわせる わけには いかないからね。」

 マーサが のぞきこむと グレゴリーは ちいさな ちいさな かわいい くつを つくっている ところでした。

「まあ、すてき。」

「そうだろう。いつも たすけてくれる こびとに おれいを しようと おもってね。」

 マーサは すこし くびを かしげて、いいにくそうに いいました。

「それは よいことですわ。でも、いくらなんでも ちいさすぎや しませんか。こびとの あしに ぴったり あうかしら。」

 すると グレゴリーは にやりと わらって いいました。

「なあに、その しんぱいは いらないよ。」

「あら、どういう ことですの。」

 ふしぎに おもって マーサが きくと、グレゴリーは とくいげに いいました。

「あの こびとも ひょっとしたら およめさんを もらっていて、そろそろ あかんぼうが うまれる ころかも しれない。これは、その あかんぼうの くつさ。」

「あかんぼう ですって。」

 マーサが あんまり めんくらった こえを だしたので、グレゴリーは おおわらいを しました。マーサは つばを ごくりと のみこんで ききました。

「どうして そう おもったんですか。」

「なんとなく おもった だけさ。」

 グレゴリーは そういって ごまかしました。マーサは くちを あけたまま ぽかんとして しまいました。


 つぎのひ、グレゴリーは、できあがった ちいさな くつを つくえに おいたまま、いつもの ように リビングの ソファで ひとねむり しました。そうして、ばんごはんの まえに しごとばを のぞいてみると、ちいさな くつは なくなって いました。

「こびとは どうやら あの くつを きにいって くれた ようだぞ。」

 ばんごはんを たべながら、グレゴリーは じょうきげんで いいました。

「それは よう ございました。あたくしも うれしゅう ございますわ。」

 マーサは そういって、トーマスの かおを そっと みてみました。けれども トーマスは しかめっつらで、だまって しょくじを くちに はこぶ だけでした。マーサは はらを たて、すこし きつい こえを だしました。

「あなた、なにか おっしゃることは ありませんの。」

 すると トーマスは、かおも あげずに いいました。

「とうさん、あんまり むりを しないでくれ。からだに さわるから。」

「やかましい。おまえに としよりの きもちは わからん。」

 グレゴリーは いつものように いいかえしましたが、かおは にこにこした ままでした。


 やがて ふゆが ちかづいて、かぜが つめたく なってきました。このごろ グレゴリーは、くつを つくる しごとを へらして、なにか たんねんに ちょうめんに かきつけて いることが おおく なりました。それから、ゴホン、ゴホン、と、せきを することも おおく なりました。

 グレゴリーの せきを ききつけて、マーサが しごとばに やってきました。

「おとうさま、だいじょうぶですの。」

「なあに、たいした ことは ない。」

 マーサは もってきた もうふを グレゴリーの かたに かけながら ききました。

「いったい なにを かいて いらっしゃるんですか。」

 すると グレゴリーは ちょうめんから かおを あげ、ふーっと ひといき ついてから こたえました。

「いろいろな くつの つくりかたさ。」

 と、グレゴリーは ちょうめんを みせてくれました。そこには、こまかい ずめんと、むずかしい ことばが たくさん ならんで いました。

「こびとの ためですか。」

「そうとも。あの こびとが みたこともない くつの つくりかたが、まだまだ たくさん あるからね。」

 マーサは ためいきを つきました。

「こびとが でてきて くれれば、じかに おしえて やれますのにね。」

「だいじょうぶ。あいつなら これを みれば いっぱつで わかるはずだ。なにしろ あたまのいい こだからね。」

 そういって グレゴリーは また、ゴホン、ゴホン、と、せきを しました。マーサは あわてて せなかを さすって あげました。


 グレゴリーが しんだのは、ある さむい ふゆの よるの ことでした。いつもの ように ソファに すわり、ひとねむり したまま、つめたくなって いました。その しにがおは とても やすらかで、まるで うつくしい ゆめでも みている ようでした。


 グレゴリーの おそうしきを だしたあと、トーマスと マーサは、ふたりきりで グレゴリーの しごとばに しずかに たたずみました。あるじを うしなった みせは がらんとして、きゅうに ひろくなった ようでした。トーマスは グレゴリーが こびとのために かきのこした ちょうめんを ぱらぱらと めくっていました。

「それが ゆいごんじょうに なってしまったわね。」

 と、マーサが いいました。ゆいごんじょうというのは、しぬまえに かきのこしておく てがみの ことです。でも、グレゴリーは それを かかないうちに しんでしまったので、ほんとうの ゆいごんじょうは ありません。

「とうさん らしい ゆいごんじょうだ。こびとも よろこぶに ちがいない。」

 トーマスは ちょうめんを とじ、そっと つくえに おきました。そうして、くろい コートの ポケットから ちいさな くつを とりだしました。

「あら、その くつ。」

 マーサは めを まるくしました。それは、グレゴリーが こびとへの プレゼントに つくった くつに、いろも、かたちも、そっくりだったのです。もちろん、おおきさは ちがっていましたし、なにより、ぼろぼろに ふるびているところが おおちがいでした。

「これは、とうさんが むかし、ぼくに さいしょに つくってくれた くつなんだ。」

「まあ。すてきな たからものね。」

 マーサは うっとりと ためいきを つきました。そのとき、まちの おおきな とけいだいの かねが なりはじめました。ふたりは かねが なりやむまでの あいだ、だまって その ふるい ちいさな くつを みつめつづけました。

「マーサ。」

 かねが なりやんだ とき、トーマスが、しんけんな こえで いいました。

「はい、あなた。」

 マーサも しんけんに こたえました。

「ぼくは、ぎんこうの しごとを やめて、くつやに なろうと おもう。」

 マーサは ちっとも おどろきませんでした。そのかわり、にっこり ほほえんで うなずきました。

「あなたが そう なさりたいなら、あたしは よろこんで ついて いきますわ。」

「みいりは わるく なるけど、たくわえが あるから、ちゅうもんが まったく なくても、いちねん くらいは たべて いけると おもう。」

「あなたなら だいじょうぶですわ。きっと りっぱな くつしょくにんに おなりです。」

「ありがとう。」

 トーマスは、そういうと、マーサの ふくらんだ おなかを なでました。

「ぼくが りっぱな しごとを している ところを このこに みせて やりたいんだ。」

 マーサも じぶんの おなかを なでました。それから、めを とじて、てんじょううらや ゆかしたにも きこえるような おおきな こえで いいました。

「それじゃあ、これからも、よろしく おねがい いたしますわね。こびとさん。」

 それを きいて、トーマスは にこにこ わらいました。


──おしまい。

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