施設と言う監獄

仕事と言っても好きな仕事は選べない

飲食業、スーパーのレジ、掃除などやりたくない仕事しか選択肢は残されていない

事務職に就けるような特技もないしパソコンも出来ない

パラパラと募集雑誌をめくり、手を止めた

「介護士」

初めて知る職業だった

聞いた事はあるが誰でも出来る仕事では無いと思い込んでいた

「未経験者歓迎」

その文字をじっと見つめ、仕事内容もわからないまま電話をしていた

介護士の文字を見れば何となく想像は出来た

要するにおばーちゃんやおじーちゃんの世話でしょ?ぐらいの感覚

何の知識もないまま面接をして採用された

その時は無理だと思っていたが今考えると採用されて当たり前だと思える

それほど介護職は人手が足りなかったのだ

私が採用されたところはグループホームだった

老人ホームしかないと思い込んでいたがそうでは無かった

いろいろな施設があるのだ

グループホームと言う所は、9人が一緒に生活をする施設だった

食事も自分達で作る場所

面接の時はそんな説明だったような気がした

勤務初日、なにもわからないまま職場に向かった

用意するものはエプロンと靴

こういう施設ではそこにいる人達を利用者と呼ぶ

まずは利用者に挨拶をした

目の前には知らない老人、いや今は高齢者と言う呼び方が正しいのだろう

その時の私は「認知症」と言う言葉の意味すら理解していなかった

そこの職員はお世辞にも優しいとは言えなかった

未経験と言うだけでバカにされ、毎日罵倒された

食事を作るのは職員だが、その作り方にもいちいち文句を言われた

わからない事を聞こうとしても面倒臭そうな顔をされ、大声でののしられる毎日

正直体より心が壊れるのが先かもしれない毎日

でもそんな私に勇気をくれたのはそこで生活していた利用者だった

何を言われても耐える事しか出来ない

でも、ある日女性の利用者に言われた一言で私は変わった

「お願い、辞めないでね」

その時は笑顔で頷いた

辞めないでねの意味をまだ知らなかったから


施設には管理者がいて、その下にリーダー、サブリーダーがいた

その管理者は八方美人で誰からも嫌われたくないと言う人だった

だから何も言えない

それが職員の反感を買う事になるのにね

リーダーは50代、毎日言う事が違うし物忘れが激しい

サブリーダーは男性で何も言えない人

そして職員が3人

その中の一人が施設の実権を握っているような感じ

その人には誰も逆らえないし言い返せない

管理者もリーダーもその人に従うしかない

要するに口が達者で誰も言い返せないのだ

その人はことごとくミスを見つけ憂さ晴らしのように罵る

それも毎日の事だから慣れて来る

本当に面白いのだが慣れるのだ

でも一番して欲しくない事もあった

それは利用者に聞こえるように罵る事

プライドとかの為では無くそれを見ている利用者を不安にさせるからだ

普通に考えればこうだろう

お金を出して施設に入っている、だから職員は介護を言う仕事を……

なーんてね、そんな事は無いのだ

むしろ職員が威張っている

まるで軍隊だ

利用者を指揮して一日が始まり終わる

人間としての、高齢者としての、利用者としての立場などない

食事は自分が美味しく食べられればいい、だから文句を言う

メニューを変える、失禁したら文句を言う

失禁は仕方がない

高齢者になれば尿意すらわからなくなる事もあるのだ

なのに責める

「何でちゃんとトイレでしないの?」

「ホントに困るよね」

「パットが勿体ない」

こんな会話が職員同士当たり前のように繰り返される

勿論利用者にも聞こえるように言う

残念ながら私は未経験で何の資格もない

言葉では言い返せないのが悔しかった

だったらせめて優しく接して仕事を頑張ろうと思っていた

しかしそんな優しさも職員には裏目に出てしまうのだ

「あんたは何でもハイハイと言う事を聞くからみんな調子に乗るんだ」

いいじゃない、調子に乗っても

今まで生きて来た人達が最期の時まで過ごす短い間なんだからわがままでも何でも悔いの無い人生を送らせてあげれば……と言う考えも無駄だった

「この人たちは認知何だから何を言ってもわからない」

確かにそうかも知れない

一日休めば「貴女だれ?」と言う顔をされてしまう

名前も覚えられない

言っている事は意味の分からない事だらけ

そして徘徊

さっきまで機嫌がよかった人が突然怒り出す

それが病気なのだ

そう、毎日夢の中で生きている人達

それが利用者で私の生き方を変えた人たちだった

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