第3-2話 消せない過去

ーーー切っ掛けは些細な好奇心と恐怖心だった。


 私と同じく、彼女はいつも独りだった。


 しかし、それでいて彼女は私とは正反対の少女だった。

 

 彼女は私とは違う。彼女の目は私のように誰かに恐れられるような目ではなかった。

彼女の目には誰かを見つめればその相手が逃げて行くような恐ろしさはなく、見たものを惹き付けるような魅力があった。目だけではない、彼女の姿は一つの芸術作品のように、凡人とは比べられない輝きを放っていたのだ。有り体に言えば彼女はどうしようもない美少女だった。


 彼女は中学生となってこの学校に入学してから、決して誰とも迎合することはなく、常に孤高の存在であり続けた。最初こそコンタクトを試みる者が絶えなかったが、次第に彼女は高嶺の花となり、一年生の秋頃にはクラスメイトから遠巻きにされつつも憧れられ、同時に疎まれる存在となっていた。


 私が望んでも手に入らない当たり前と、その美しさによる多くの特権を彼女は決して受け取らなかった。

 彼女は自ら孤立することを望んでいた。そのように見えた。 


 私にはそんな彼女の在り方を理解することが出来なかった。



 そんなある日偶然彼女と二人きりになることがあった。ペア組む相手がいない同士でうっかり一緒になってしまったのだ。そのに時おもいきって実際に彼女に聞いてみた。


「ねぇ、なんでアンタはいっつも独りでいんの?やっぱり人付き合いとか嫌いだから?」

「……?別に嫌いではないよ?」

 

 …正直意外だった、前評判から話し掛けてもてっきり無視されると思っていたが、割りと普通に返事をしてくれたのだ。だからこそ、よりわからない。


「…じゃあなんで独りなのよ?アンタくらい可愛かったら友達どころか彼氏の一人や二人簡単に作れるでしょ?」

「なんでって…そうだな、多分興味が湧かないからだと思う…?」

「は?」


 彼女は少し悩みながら答える。端から見れば適当に言っているような台詞だったが、私の目には彼女が嘘をついているわけではなく、高慢であるわけでもなく、ましてや厨二病のケがあるわけでも、独りでいることに強がっているわけでもないように、

 

「まぁ、コレばっかりは好みの問題だから、私はボッチでも仕方ないかなとは思ってるよ、へへへ」


 無表情のまま、さも当然のように語る彼女から、どこか得体の知れないズレを感じた。

 感じたことのない恐ろしさを覚えた私はそれ以上口を開くことが出来なかった。その後も彼女はぽつぽつと何かを喋っていたようだが、そのズレが気になってしまい、聞いてはいたはずなのだが、今となっては何も思い出せない。


 思えば、私とて彼女にとってはただの羽虫の一匹だったのだろう。あのときの問答は、いつもなら気にも留めない羽虫と気が向いたから遊んでやった、ただそれだけのことだったのかもしれない。 


 それでも、私は彼女に○○しなければならない、


  私がただの羽虫の一匹だったとしても。




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「よいしょっと!子日さーん、揚げ物の補充終わったよー。」

「はーい!えっと、品出し、お掃除、その他の補充っと、うん!完璧ですね!」

 

 時刻は午後の四時半を過ぎた頃、樹の襲来を乗り切った二人のアルバイターは、その時間帯の作業をあらかた済ませ、後は残り僅かな業務時間をレジ打ちに捧げるのみだ。


「よし、あらかた片付いたな。樹が乱入した時はどうなることかと思ったけど……」

「あはは…」

「あのバカは本当に…あんな物大っぴらに振りかざして…もし変なのに目を付けられたらどうするつもりだよ……」

「恋バナかと思ったらオチは猥談でしたからね…。あっ、でも万定ヘタレくんにも責任はあると思いますよ?樹ちゃんにキチンと返事してあげてくださいね?」

「んぐっ!ま、まぁ努力します…ハイ。」

「本当にヘタレですね……樹ちゃんが外堀埋めるって言ってたのはこーゆーことでしたか。」

「…そういえば、子日ってさ樹と話したことって今日までなかったよな?」

「はい、接客とかを抜きにするなら初めてですよ?それがどうかしたんですか?」

「いや、樹ってさ結構昔から人見知りが激しかったんだよ。それなのに今日は子日と普通に話してたからビックリしてな。」

「えっ!?そうだったんだ!全然そうには見えなかったですよ…。あっ、いらっしゃませー。」


 そんな風に二人が話していると、またも自動ドアが開く音と共に店に人が入ってくる。

 その客は樹とはまた違う異様な雰囲気を放つ少女だった。身長は樹よりやや低い程度か、(それでも女子の平均から見れば大きい方ではある)この夏真っ盛りには似合わない黒いパーカーを身に纏い、頭にはご丁寧にフードまで被っている。被ったフード隙間からは、くすんだ金髪が垂れているのが確認できたが、角度と影があり、常彦からは顔の中身まではうかがい知ることができない。

 はっきり言って凄く怪しい。そう常彦がいぶかしんでいると、透香がパッと笑みを浮かべて口を開いた。


「あっ、みーちゃん!いらっしゃ~い!」

「えっ?知り合い?」

「うん、クラスの友達のみーちゃんこと『戌井イヌイ 美華ミカ』ちゃん、実はこのあと仕事上がったら、ご飯食べに行く約束してたんだ!」

「へー…」

「…透香、迎えにきたわよ。そろそろ上がりでしょ?」


 フードを外し、透香に話しかける彼女の友人。度々透香の話に出てきたことはあったが、常彦が実際に会うのは初めてのことであり、透香の話していたイメージと比べるとかなり違った印象を受けた。


 透香は『金髪とでっかいおっぱいがトレードマークの可愛い娘』と常彦に話していた、確かに彼女は透香のあげた特徴と合致する。しかし、常彦の目に一番最初に飛び込んできたのは艶やかに波打ったくすんだ金髪でも、だぼついた服装でもよく分かる豊かに実った胸部装甲でもなく、彼女のであった。

 猛禽や肉食獣を思わせるような目つきと三白眼から繰り出される現役JKらしからぬ鋭い眼光。それに加えて目元に色濃く刻まれた深い隈が彼女の目力を底上げしている。これらと彼女の荒っぽい口調と合わさり…シンプルに怖い。そして常彦はその目をどこかで見た覚えがあるような…


「…何よアンタ? ジロジロとこっち見て…アタシみたいなのが透香と仲良いなんて意外、みたいなこと考えてるでしょ?」

「えっ、いや、その…ごめんなさい…。」

「チッ…別に謝らなくてもいいわよ。」

「あ~万定くん万定くん、みーちゃんこう見えて結構シャイでビビりだからお手柔らかにね。」

「えっ、そうなの?」

「ちょっと透香、なに変なこと言ってんのよ!」

「にっひひぃ、慣れてない人相手だとついツンケンしちゃうんだよねー。」

「ったく…。ごめんなさいね、アンタを別に責めたりしようって訳じゃないから、不服だけど透香と似合わないー、なんてよく言われることだしね。」

「あっ、はい。」

「それじゃ、テキトーに飲み物でも買ったらアタシは外で待ってるから、時間になったらさっさと出てきなさいよ。」

「はーい。」


 美華はそう言うと飲み物のコーナーに向かい、のんびりと品定めをする。優柔不断なのか彼女が買うものを決める頃には常彦と透香も帰りの準備を済ませており、外で待ってるんじゃなかったの?と透香から悪意の無い煽りを食らって顔を赤くしていた。


「それじゃ万定くん、おつかれさまー」

「おう、子日もおつかれさま。イヌイさんだっけ、子日のことよろしくお願いな。」

「…」


 美華は軽く会釈だけすると透香と共に駅の方へ向かっていった。

 これが常彦の金髪巨乳三白眼ガールこと戌井 美華とのの邂逅であった。


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 常彦と別れた後、二人のJKは駅構内にあるファミリーレストランに居た。


「ねぇ、透香。」

「ん?どしたのみーちゃん?」

「ちょっと聞きたいことがあってさ、アンタのバイト先のアイツのことなんだけど…」

「バイト先のアイツって、万定くんのこと?別にいいけど…って、あっ!もしかして結構タイプだったりした?そっかー、ふふーん…」

「違うわよ……ただ、昔どこかで会ったことがある気がしてね…」

「そっかー、みーちゃんにもついに春がやってきましたか〜、でも前途は多難だよー?なんてったって彼ってば幼馴染の女の子に告白されてるからなぁ〜」

「違うって言ってるでしょ……」

「あ〜、樹ちゃん美人さんだったなー。あれは間違い無く強敵だよー?」

「だから違っ…待って、今『イツキ』って言った?」

「えっ?言った、けど… ど、どうしたの?そんな怖い顔して…?」


 透香が放った『イツキ』と言う単語に反応し、美華の顔がこわばる。


「…そのイツキって、もしかしてこの娘だったりする?」


 そう言って美華はスマートフォンの画面を透香に見せ、ある一点を指差した。


「あっ、そうそうこの娘!髪の色は違うけど…え?でもこれ…うちの学校の中等部の制服だよね?ん?んんー?」


 ビンゴだった。


「…あぁ、道理で見たことあると思ったんだよ……そっか、アイツにもきちんと話つけなきゃか…フフッ、でもアイツあの時と印象違いすぎるじゃん…」

「ねぇ、みーちゃん?本当にどしたの?」

「…!! ごめん透香、変な空気にしちゃって。もう落ち着いたから大丈夫。」

「そ、そう?よかったぁ。でも悩みとかあったら言ってね?」

「うん、大丈夫、ありがとね透香。」

「にっひひぃ」





 思い起こされるのは中学時代のあの日の記憶。忘れてはならない、消してはならない過去。

 もはや行動を起こすには完全に手遅れであり、どうしようもなく身勝手でちっぽけな自己満足に過ぎない、それでも彼女に、琴種 樹に面と向かって○○しなくてはならない。高校に上がってアタシはそう決めたのだ。

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