第3話 察しのついていた過去と予想できない未来

第3-1話 初対面とスタイリッシュセクハラ


「こちらレシートと二十円のお釣りになります。お確かめください。」


 にこやかに微笑みながら、客にお釣りとレシートを渡す。客の方もそれを受け取り、受け取ったそれを確認するように手の中をちらりと一瞥すると、こちらに向き直り「ありがとね」と軽く会釈をする。


「ありがとうございましたー、またお越しくださいませー。」


 どれほど小さくとも誰かに感謝されるということは嬉しいものである。先ほどの客を担当した少年、万定 常彦はその喜びを噛み締めつつ、朗らかにその客の背中を見送った。




 現在の時刻は午後三時ほど、それなりの数並んでいた客を丁寧かつ迅速な接客でさばききり、最後の一人からほんの少しの優しさを受け取った常彦がホッと一息をつけていると、隣のレジで共に接客をしていた同僚の『子日ねのひ透香とうか』が声をかけてきた。


「ヤァヤァ万定くん、長いことレジ打ちお疲れ様ですよ。」

「あぁ、お疲れ様。品出ししてたのに手伝ってくれてありがとね。」

「にひひ、いいってことよ。困った時はお互い様です。あっ、そうだ!コレひとつ貸しにカウントしちゃってもいいですか?貸しの返済としてアイスとか奢ってくださいよ、高いやつ!」

「うわっ、せこい!人の感謝を食い物にしようとするな!」

「ふふん、セコ日さん上等なのですよ。それでは冗談もさておき、戻って品出ししてきますね。そろそろお菓子コーナーが終わって品出しもひと段落つくから、そこから先はわたしとレジと品出しとで交代しましょ〜」

「おう、時間割的にも丁度いい時間だし、そっちのお菓子終わったらこっち任せるわ。流石は天才の子日さん。」

「ふっ、まぁ天才ですので。」


 そう言うと透香は、ぱたぱたと足音をたてながらバックヤードに入る。ドア越しに「品出し戻りまーす」という透香の声と事務作業をしていた店長の返事が聞こえてきた。

 入ってきたばかりの頃はどこか危なっかしいところが多い彼女だったが、今はそんな様子を見せることは少なくなり、見事に仕事をこなすようになっていた。

 常彦が少し昔のことを思いだしていると今度は商品側のドアからお菓子を積んだ背の低い荷車を押して透香が出てくる。透香はそのまま周りに人が居ないことを確認しながらガラガラと車を押し、レジの目の前、ガムやグミなどが置いてあるお菓子コーナーの前に陣取ると、品出しを始めた。

 今現在店内に客は居らず、外にも人の気配はない。客が来るまでの間暇になりそうな常彦がレジ周りの消耗品の補充を始めようとすると、作業をしながら再び透香が話しかけてきた。

 

「なんか…万定くん調子戻りましたね。先週の不調が嘘みたい、やっぱりシフトの連続で体調崩してたんじゃないですか?」

「あー、うん、それはぁ…ゴメン。それもそうなんだけど休みの日に色々あってな……」


 かの人外系半サイコ幼馴染美少女JKこと琴種 樹から放たれた「人外と告白の挟撃幼馴染のダブルショック」そこから早くも一週間が経っていた。


 それを受けた次の日は樹のことばかり考えてしまい仕事が全く手につかず、小さなミスを連発してしまった。普段の貢献ぶりからそこまで大きなおとがめは無かったが、それが逆に常彦の罪悪感を刺激した。(因みにその日は、夏休み中にバリバリ働きすぎていたせいで疲労がピークに達し、奇行に走ったのではないかと疑われ、そこまで忙しくもなかったのでそのまま家へと帰された。)

 何とか仕事に支障がないまでには心の整理をつけることは出来たが、彼女への答えはいまだに出ていない。


「あっ、もしかして、あの、いつきさん…だっけ?彼女さんと何かあったとか!?」

「ブッ!!おまっ!何言ってんだよ!?」


 透香が突如として鋭い言葉を放ち、常彦を蝕む呪文「人外と告白の挟撃」にぶっ刺さる。若干真相からはズレているが、それでもその鋭さは今の常彦にとっては致命の一撃になりうる。


「えー…?でもこの前来たあの黒髪ポニテの綺麗な人って彼女さんですよね?お互いに下の名前で呼んでたし、なんか距離近かったし、その時はただの幼馴染だ、なんて言ってたけど、私の目は誤魔化せませんよ?」

「だから違うと言うとろうが!…まぁ、あいつ絡みの話ではあるけどさぁ……」


 心の綻びからポロリと情報が漏れる。やばいと思った時にはもう手遅れ、透香はそれを聞き逃さず、さらに食いついてきた。


「うぉおおおお、その話詳しく!恋バナは女の子のご飯なので!ご飯なので!」

「嫌だって!!お前今品出し中だろ!こっちくんな!」

「そこをなんとか!そこをなんとか!」

「時の人に群がる報道陣か!やめろやめろ!仕事中だぞ!お客さん来たらどうすんだ!」


 店内に自分たちしかいないことをいいことにギャーギャー暴れまわる二人のアルバイター。しかし次の瞬間……


「待った、そこから先は私自ら話そう。」


「まさか!」

「嘘だろ、いつの間に来た?!」


 二人の話していた話題の中心たる少女、琴種 樹が現れたのである。


「いやー、晩御飯買おうと思って駅まで来たらさ、なんかつねひこに会いたくなっちゃって///」

「きゃーーー!!」

「くひひひ、元気な娘だねぇ。えーっと、こび…こひ……?」

「『ねのひ』です。珍しいからか初見で読める人少ないんですよねー。」

「ほう、子日ちゃん。いつもうちのつねひこがお世話になってます。」

「いえいえ~。ところで万定くんとはもしかして…?」

「おっ、聞いちゃいますか?それじゃあそれじゃあ外堀埋めるついでに話しちゃうかー、私とつねひこの甘いぐちょぐちょのラブストーリ……」

「待て待て待て!おい子日、待て早急に話を進めようとするな」

「ぶーぶー!」

「そして樹!お前、普段の人見知りはどうしたよ?こいつとはほぼ初対面だろ?なんでこんな時ばっかりテンション高いんだよ!」

「なによ?人が折角話そうとしてたのに。それはそれ、これはこれ、だよ。私絡みの話なら私が話すのが一番いいでしょ?そ、れ、に…」


 三者三様の思惑が渦巻くなか、樹はどさくさに紛れ、常彦にだけ見えるように眼帯をめくり、こう付け加えた。


「私なら誰かさんみたいに動揺してポロっと変なこと喋っちゃって、ボロを出したりしないし…ね?」

「うぐ…っ」


 樹の挑発的な言葉と、爛々と輝き蠢く異形の眼に睨めつけられ、常彦は全身の動きが一瞬止まる。


 樹は常彦にそれだけ言い放つと、口が止まった一瞬を見逃さず再び透香の方に向き直り、滔々と語りだした。


「まぁ二人とも今は仕事中だからさ、私も簡潔にぱっぱと話すよ。良いね?」

「はーい。」

「おい待っ」


「私、告白する。

 つねひこ、動揺する。

 私、もう一押しする。

 ヘタレ、返事を約束する。

 これだけ。」


「………えっ、終わりですか?」

「うん、これだけだよ。つねひこってば本当にヘタレだからねー、こんなこと女の子に言うの恥ずかしかったんでしょー?」

「あら~、万定くん意外にもそーゆーの弱いんですねぇ~。にひひひっ、ほら~樹ちゃんに返事したげてくださいよぉ~」

「そうだぞ~!ヘタレ~!」

「あーっ…もうヘタレで良いよ…」


 二人の少女から常彦がヘタレ宣告を受け、ガックリとうなだれていると、透香が思い出したように口を開く。


「あ、そうだ、樹さん樹さん!」

「ん?どしたの?」

「ひとつ気になってたんですけど、樹さんって前ここ来たときは黒髪でしたよね?なんで今は真っ白なんですか?」 


「!!」


「あぁ、それはね…」


 焦る常彦とは対照的に、さも当然のように樹が口を開く寸前、タッチの差で店の入り口の自動ドアが開き、客が入ってきた。


「あっ!いらっしゃいませー!あっ、あの…樹さん…」

「うん、わかってるわかってる、続きはまた今度。今日はさっと買い物だけして帰るね。」

「はい…」

「そんなにしょんぼりしなくても良いよ。つねひこがここにいる間はまた遊びに来るかも知れないから。」


 そう言うと樹はあらかじめ買うものが決まっていたのか、そそくさと店内を周り常彦の立っているレジへ向かった。


「これください!」

「はいはい、いらっしゃいまっ……お前…」


 樹の差し出した商品を見て常彦は思わず言葉に詰まる。樹が笑顔で差し出して来たものの中には食料品に紛れ、ひとつ見慣れない箱が入っていた。


「ん?どしたん?」

「あんまり大きな声で答えるなよ?飲み物やお菓子はいいよ、問題ないから。だけどこれはなんだ?」

「え?もしかしたら近いうちに使うことになるかもしれないから、買っとこうと思って…あ、つねひこのサイズこれであってるよね?大体世間の平均がこれでピッタリっぽいからMr.平均のつねひこも大体これくら…」

「言うわけねーし言えるわけないだろ!こんなところで!」

「くっひゃひゃっ!そりゃそうだよね!ゴメンゴメン。」

「本当に勘弁してくれ……。えー、お会計1196円です。」

「はーい、それじゃ丁度で。あ、そうだコレ使いたくなったらいつでも言ってねー」

「…あ、ありがとうございましたー」


 これ見よがしに箱をカサカサと振りながら樹は会計を済ませ家に帰っていった。それから程なくして透香が顔を真っ赤にしてレジに戻ってくる。


「あ、あのー…樹さんがさっき買っていったのって…あの…」

「うん、お察しの通りだよ……凄いよね、他のお客さんも居るのにお構い無しだよ……」


 透香は樹が買った『ソレ』を使うのかも聞いてみようとしたが、隣にいる同僚が今まで見たこともないような表情で震えているのを見て押し黙る他なかった。


「……そうだよ…アイツはそーゆー奴なんだよ…」


 偶然出くわしてしまった客すらも巻き込み、店内が若干気まずい感じになったが、今日のバイトはまだまだ続く。

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