光の中で見えたもの

 夢を見た。

 煌びやかな装飾品。厳しい鎧を纏った騎士達。

 質素だが清潔感のある服に身を包み細々と働く下働きの者達。

 広間の窓からは日差しが差し込み、大きな艶のある木のテーブルには、欠けもヒビもないカップや、美しい食器が並び、真っ白い陶器に金の装飾が施された花瓶には百合の花が活けられている。

 天井を彩るシャンデリアは、窓から差し込む日差しを受けキラキラと輝き、精悍せいかんな顔つきを際立たせる顎鬚あごひげを蓄えた初老の男性、目尻にうっすらと皺がある程度のとても美しい男性と同年代と思われる女性が向かい合って座っている。

 少し離れた席に、初老の男性に目元がよく似た青年と、優しそうな目元をした少女が向かい合って座っていた。

 彼らは一目で上等とわかる服に身を包み、穏やかに談笑をしながら食事を口に運んでいるのだった。


 懐かしい光景。


 そう感じた私は、触れられないとわかっていながらも、手を前に出し、彼らに触れようとした。

 予想通り虚しく自分の手は空をつかむ。

 当たり前なのだけど、それが悲しくて夢の中で私は顔を覆って悲しんだ。




「おはよう。よく寝てたね」


 ゆっくりと目を開けると、アウルム様が私の顔を覗き込みながら微笑みかける。

 彼の手は私の頭から背中を優しく撫でている。


「お父様とお母様の夢を見ていました」


「そう…」


 起き上がり、アウルム様の横に座り直す。

 そういえば、彼にも家族がいるのだろうか。

 アウルム様がここにきて、もう何日も経つということを今更思い出した私は、すぐそばにある彼の手に自分の手をそっと重ねていた。


「ちょうど、さ」


 私の方を見ないまま少しおどけたように彼は口を開く。


「息が詰まっていたんだ。

 これから、結婚をして、生まれ育った場所から離れて、領地を任されるってことが決まっている自分の未来に」


 アウルム様の横顔に一瞬寂しさにも似た、諦めのようなものが見えた気がした。

 彼は、私の方を見ないまま遠くを見つめて尚も言葉を続ける。


「だからさ、あの日兄さんと狩りに出かけて大変なことはあったんだけど…。

 それでも、ここに来れて…君に会えて今はよかったって思ってる自分がいる。

 だから…」


 彼は、そう言って私の方に向き直ると、重ねていた手を一度振りほどき、その美しい五本の白く長い指で私の手を握り直してこういった。


「ありがとう、リンチェ。

 これでも僕は、色々な意味で君に救われているんだよ」


 アウルム様のその言葉と、柔らかく全てを包んでしまえるような、恥も外聞も投げ出して泣き喚いて抱きついてしまいそうな優しい笑顔を向けられて、心の中の何かが少し軽くなった気がした。

 そんな私の気持ちを見越してか、アウルム様は私の頭を胸に抱えると少し力を込めてくれる。

 それが心地よくて、私は喉をゴロゴロと鳴らして、人間でいう眉間の辺りを彼の胸に擦り付けた。

 人間であったなら、きっと涙の一つでも流していたんだろうな…。

 そんなことを考えた時だった。

 目の前が開けるというか、頭の中の引き出しが空いて目の前に光が溢れるような感覚に包まれる。



「あの夢は、私の記憶だったのね」


 光と共に頭に次々と流れてくる穏やかで幸せだった日々の記憶を見ながら、私は思わずそう呟いていた。

 5歳の時の精霊の加護を受けるための祝福の儀、兄の成人のお祝い、毎年楽しみにしていた収穫祭の様子…様々な出来事が湧き出るように蘇ってくる。

 なんで忘れてしまっていたんだろう。大切な両親のことも、兄のことも、良くしてくれた乳母のことも、我が家に仕えてくれていたみんなのことも…。


「…ンチェ…リンチェ!」


 肩を揺すられて我に返ると、目の前に心配そうな顔をしたアウルム様がいる。

 そう、これが現実。

 私は猫の化け物で、両親も兄もどこにも見当たらない。


「思い出したの…昔のこと。

 ここは、私の家、私の城…」


 心配しているアウルム様に抱きつきながらそう言うと、彼は私の頭を撫でて私の背中に回した手に力を入れてくれた。

 どうやら話し終わると私は寝てしまったらしく、私が目が覚ました時は、もう真夜中だった。

 私の隣でアウルム様は寝息を立てている。ずっとそばにいてくれたのだろう。

 彼もああは言っていたけど、生まれ故郷を離れてさみしいはずだ。それなのに私の話を親身になって聞いてくれて、こんな化け物を女の子として見てそばにいてくれている。

 なんとか、彼に恩返しをしなければ。ずっとこんな化け物の城に閉じ込めていくわけにはいかない。

 でも、彼はしようと思えばいつでもこの城から出ていけるとも思う。

 何故、ここに留まってくれているのか、タイミングがつかめないというのもある。でも、それよりも怖くて聞けないという気持ちが大きい。


 アウルム様を起こさないように、私はそっと寝床を抜け出すと廊下へと出た。

 忌々しいことは多いこの体だが、夜目が効くというのは便利なことの一つだ。


 昼間、アウルム様ときた時はわからなかったけれど、今ならわかる気がする。

 なんの確証もないけれど、きっとできると信じて私は渡り廊下を飛ぶように走り、書庫へと向かった。

 書庫の扉を開き、埃まみれの本たちの背表紙を眺めると、予想通り、昼間は意味のわからない線の羅列だったものが読めるようになっている。

 歴史書、聖典、魔術の書、図鑑…とざっくり本の背表紙を指でなぞりながら確かめる。

 何か、城がこうなったことがわかるものは…。

 手掛かりが見つからなそうな事に少し落胆しながらも本棚を見ながら書庫の中を歩き回っていると、一冊だけ不自然なくらい綺麗な背表紙が目に入った。

 吸い寄せられるようにその本の元へと近付いた私は思わずその本を手に取りページを開く。

 乾きたてのインクの匂いがしそうなくらい綺麗なその本は、こんな埃まみれの書庫にあったにも関わらず汚れも埃もない。

 その本の周りには埃が積もっており、長らく誰も触らなかったであろうことがわかる。

 持ち込まれたわけでもないこの本はいったいなんなんだろう。

 そう思いながら私はページを更に捲った。

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