第9話 アークウィザード めぐみん

「うひぃっ!?」


 ドボグシ ザザザザー


 と、カズマは俺のケリをくらい盛大に地面を転がり、幼女が悲鳴を上げ、俺がしたり顔でカズマを見下す。


「……ちょっとアスカ……何しているの? どうして面接している最中にカズマに飛び蹴りをくらわせたのか教えて欲しいんだけど。」

「……えっ?」


 『プークスクス』と笑うと思っていたアクアがいつになく冷めた目で見てきていて戸惑う。腐っても美人。美人の冷たい目は強い。いや、何かがおかしい。

 そんな俺にカズマが起き上がってすぐに俺が蹴った事を理解したのか怒り心頭に詰め寄てきた。


「てっめー! アスカ! いきなり何してくれやがる!」

「何言ってんだ! このクソ忙しい時間帯に真面目に働く俺に悪戯したんだから当然の報いだろが!?」

「はぁ!? 悪戯? 悪戯だと思ってんのかテメー! わざわざお前にも逐一情報提供してやった俺が悪戯したと!? もし俺がお前を呼ばずに事後報告してたら面倒な事になるかもと気を使った俺が、なんで蹴られにゃあイカンのだ! あぁ?」


 カズマの剣幕に少し押され気味になりながらも幼女に目を向ける。

 すると幼女はいきなりカズマに飛び蹴りをくらわせた俺を危険人物を見るような危ない人を見るような目で見ていた。


 どう見ても普通の女の子だ。


 俺は悪戯を再度確信して勢いを取り戻し、カズマに張り合う。


「じゃあ何か? このちびっ子が面接相手だってーのか? それも募集内容通りだとしたら上級職になるんだぞ? いや、別に上級職云々はどうでもいい! 中級者だったにしろ、あんな募集で見に来るなんてまともなヤツじゃねぇことくらいカズマにはわかるだろう!」


「「 なっ! 」」


 俺の言葉に対して、一生懸命書いた募集内容を貶されたアクアと、『ちびっ子』そして『まともじゃないヤツ』呼ばわりされた女の子が厭気いやけを含んだ声を上げる。


「当たり前だろう! 俺だって頭おかしいと当然思うわっ! だがなぁ『アークウィザード』だっつーんだぞ! それにアクアが言うには紅魔族とかいう種族でなんか魔法がすげーらしい! それを聞いたからこそお前を呼んだんだが!?」

「……え?」


 なんとなく自分が間違ってカズマを蹴った感を感じ始めた頃、アクアと女の子の視線は『俺だって頭おかしいと当然思うわっ!』とカズマが言った事で『ブルータスお前もか』状態でカズマを見ていた。


 カズマは俺が怯んだ事を見て、畳みかけるように続ける。


「おいロリっ子! コイツも俺達の仲間でな、もう一回自己紹介を頼む!」

「ろっ、ロリっ!? ……我が…ロリ!? 紅魔族随一の魔法の使い手てたる我が……ロリ……」


 自分の両手を見つめながら、わなわなと戸惑い震える女の子。ロリと呼ばれた事がどうにも腑に落ちないように見える。


「いーから! さっきやったのと同じこと繰り返せば、コイツ料理人だからメシのリクエスト出来るかもしれねぇぞ?」

「我が名はめぐみんっ!」


 ロリっ子のさっきまでの戸惑いと震えは一瞬で消え、変なポーズを取り出した。


「アークウィザードにして紅魔族随一の魔法の使い手! そして最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」


 キュピーン☆


 ……とでも音が聞こえてきそうにポージングをする女の子。


 気が付けば俺は眉間にこれまでにない程の皺が寄り、ただ下唇を噛んでいた。


 なぜなら、どう見ても『ごっこ遊び』に見えるからだ。

 さらに言えば、高らかに宣言した名前も、ただの『あだ名』でしかない。


 めぐみんとやらの宣言を受け、さっきまで『もしかして悪戯じゃないのかも……』と思い始めていた俺は、やはり悪戯だったと再び確信し始めていた。


「アクア! ほら! 紅魔族について説明! もっかい!」


 カズマが俺の様子にすぐさまアクアに補足説明を促す。


「え~……まぁいいけど。彼女達紅魔族は、生まれつき高い知力と強い魔力を持ち、大抵は魔法使いのエキスパートになる素質を秘めているの……そして、大抵変わった名前を持っているわ。」


 アクアを見て、めぐみんを見て。

 そして再度アクアを見て、めぐみんを見る。


 アクアはこの世界に詳しく、こういった情報は結構信頼できる。

 だが、高い知力を持っているのであれば、なぜあんな大仰な自己紹介をするのだろうか。どう考えてもまともじゃない……


 カズマが落ち着いた雰囲気で、俺の肩にポンと手を置く。


「なぁアスカ……お前、この世界がまともじゃないって分かってるだろう? お前が言ったんだぞ? 野菜が……動くってな。」


 気が付けば俺は膝から崩れ落ちていた。


「……そうだったーっ! 頭オカシイのがデフォルト設定の世界だったんだー!」

「おいっ! その反応はなんだっ!? お、お前も私の名前に何か文句があるって言いたいのか!?」


 崩れ落ちた俺に慰めるように手を当てるカズマが、めぐみんに口を開く。


「親御さんの名前を、もう一度教えてくれるか?」

「母はゆいゆい。父はひょいざぶろーっ!」

「あああああああっ!」


 俺はめぐみんが間違いなく、このおかしな世界の住人である事を確信してしまい、本当にアークウィザードである可能性が高いことが分かってしまっていた。


「ぉいっ! だから私の両親の名前について言いたい事があるなら聞こうじゃないかっ!」


「……すまんかった……カズマが正しかった。すまん。蹴った事は謝罪する……ごめん。」


 カズマは優しく微笑んだ。

 そして途端に自分を抱きしめるようにして転がり悶え始めた。


「っぁああああっ! 痛いっ! アスカに蹴られた所が超痛いっ! あーー! 痛いなー! なんにも悪いことしてないのに蹴るとか酷いなー! あーーーー! いたいー!! ゴメンで済んだら警察はいらねーよなー! 誠意ってなんだろうなー!? 別に形にしろとは言わないけど誠意ってなんなんだろうなぁぁぁ!」


 転がりまわりながら時折ガン見を織り交ぜてくるカズマに、つい当たり屋に遭遇してしまったような気持ちにならざるをえず、わざとらしすぎる見苦しさに視線を逸らしながら舌打ちしてしまう。


「ちっ! わーったよ! 飯を奢るっ! それで許してくれっ!」


 俺の言葉にめぐみんが反応し、そして空腹なのを思い出したのか、その場で座り込んだ。だが、カズマはそんな事を一切気にする様子も無く続ける。


「はぁっ!? まさかアスカさん? その程度で謝罪になるなんて思ってませんよね? 思ってませんよね? あー痛い! いたいなぁー。これはボクもう冒険に出てクエストとかこなせないかもしれないなー。大変だなー。補償がいるよなー。」

「そ、そろそろ……何か食べさせてくれませんか……ポージングは極度の体力を使うのです。もう流石に限界が近いです……」


 めぐみんの囁きは俺達の耳には届かない。


「ちょ、てめーカズマ! さっきまで平気な顔してたくせに、いきなり大袈裟にしてもムリあんぞ!」

「時差だよ時差。後からムチウチになるとかよくあるだろ? あー痛いなー! 動けない分の補填がいるよなー。あれ? そういえばだけど……ボク、アスカにお金を借りていたよね?」


 コイツ悪魔か?


「お前、まさか借金消せとか言わないよな?」

「言わないよー? ボクはそんなこと言わない。でも誠意ってなんだろうね?」

「痛いなら治すわよ? ヒール!」


 アクアがカズマに向けて手をかざし、手から淡い光が放たれ俺達二人は沈黙する。

 俺にはアクアが女神に見えたし、きっとカズマには悪魔に見えたことだろう。


 ありがとう。

 ありがとうアクア様。

 初めて女神に見えた気がする。


「……ま、なんだ……その。蹴って悪かったな。カズマ。」

「…………ん。」


「はい治ったわよ。そんなしょーもない事よりも、いまはその子の方が重要でしょう? ほら! 全員そろったんだからもっと詳しく聞きましょ!」


 俺達の視線を集めためぐみん。だがめぐみんは、座り込んだ状態からさらに崩れ、地面に寝そべっていた。

 力の無くなったカズマを放置し、めぐみんに声をかける。


「その、騒がしくして悪かったな。俺は一応料理人だから腹が減ってるならメシ作るけど……何かリクエストはあるか? 特になければなんか消化に優しそうな料理とかにするけど……」


 めぐみんはガバっと起き上がり、力強く口を開いた。


「とにかくお腹に溜まる物がいいですっ!」

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