第7話 仲間募集の前に

「仲間を募集しましょう! アレは私達だけじゃどうしようもないわ!」


「あ~……カズマ。なんかアクアらしからぬ、まともな意見が出たんだけど……どうしよう? 」


 アクアの力説に、こんがり焼いたカエル肉のハムに合うと思って試しに作ったスパイスソースをカズマに渡しながら問う。


 カズマはソースを手に取り、軽くスプーンで少しだけカエル肉ハムにソースを乗せて齧り、数回考えるように口を動かしてから、ハムをパンに挟んで手製のスパイスソースをたっぷり塗り始めた。


「うん。コレなかなかイケるよ。うまい。まぁ捕食されたショックのあまり、まともになったんじゃないか? ほら、ショック療法的なあれで。 仲間募集内容自体は俺は悪くないと思うよ。」


 そう言ってから、むしゃりとホットドッグのような状態にしたパンを噛み始めるカズマ。

 アクアは俺とカズマの言い分に文句がありそうな顔をしていたけれど、カズマの使ったソースを見て『私もそのソース使ってみたい』と全身でアピールし始めている。

 カズマはそんなアクアにソースを渡して、噛んでいた物を飲み込んでから言葉を続ける。


「――たださ、こんな初心者しかいないパーティに参加したいヤツなんていると思うか?」

「あ~……確かになぁ。なんかこっちから謝礼金でも積まない限り、まともな人間は来なさそうな気がする。」

「だろ?」

「まにひっへうお、ほおああひあいふんあから――」

「飲み込めーぃ! 飲み込んでから喋れー!」


 カズマの叱り声に、きちんともぐもぐゴクンと飲み込み、ごっごっ と水で喉を鳴らしてから改めて口を開くアクア。


「っぷぁあー! ……まったく何言ってるのかしらあなた達は。この上級職のアークプリーストのアクア様がいるのよ? 仲間なんて募集をかけたらすぐにやってくるに決まってるわ! 最底辺のあなた達と違って私はあらゆる回復魔法も使えるし、蘇生魔法だって使える。そんな私の仲間にしてほしいって人なんて腐るほどいるんだから!」


 訝しげな目線をアクアに向けるカズマを見ながらも、俺はアクアの言葉の中に気になることがあったので聞いてみることにした。


「蘇生魔法って……それって、死んでも生き返るってことなのか?」

「おおおひんえおああひがあーっおひひはえはへへ」

「ちゃんと飲みこんでから喋れーぃ! 2回目だぞー。」


 またもおとなしく、もぐもぐゴクンと飲み込んでから再度口を開くアクア。


「そうよ。死んでも私がパーっと生き返らせてあげちゃうわ。あ。でも消し炭とか跡形もなくとかの死に方はやめてね。場合によっては蘇生できなくなるから。」


 俺とカズマはアクアの言葉に顔を見合わせる。

 どうにも死の価値観が違いすぎる気がしたのだ。


「……なぁアクア。この世界って、その蘇生魔法って一般的なのか?」


 俺の質問に、またも口に物を入れたまま喋りだそうとしたアクアに対して、カズマが指を3本スっと立ててアクアに見えるように出すと、アクアは慌ててもぐもぐゴクンと飲み込んでから口を開く。


 仏の顔もなんちゃらというヤツだろう。


「ふぅ。このソース、ピリっとするけど、なんかクセになるわね。って、蘇生魔法が一般的? はんっ! そんなワケないじゃない! アークプリースト自体が珍しいし蘇生魔法を使えるアークプリーストとなれば早々お目にかかれるものじゃないわ。それに、死んでも1回は蘇生魔法で復活できても2回の復活はできないはずよ。」

「なにそのシェンロン縛り。」


 カズマのツッコミ。

 そしてカズマはツッコミを入れた後、考え始める素振りを見せ、涌き上がったであろう疑問をアクアにぶつける。


「なぁ、アクア……2回の蘇生は無理なんだよな?」

「そうよ。天界規定があるから。」


 カズマの言葉に、俺も気づいた。


「……俺とカズマって、ある意味生き返ったようなもんだし……もう蘇生魔法は効かないって事?」

「んー。まぁ、そうとも言えるわね。でも女神たる私がいるし、それにアスカの幸運を後輩にいじらせた時に、この世界の管轄してる女神が私の後輩ってのも分かったから、先輩特権で何度でも復活させて見せるわっ! つまりっ! 私は唯一にして無二のアークプリーストなのよ! どう、そんな私が声をかければ集まって当然でしょう。」


「あぁ、うん。アクアが凄いのは分かった。分かったから任せる事にするよ。カズマもそれでいいか?」

「あぁ……やらせないと五月蠅いだろどうせ。」


「ふふん。少しなんだか納得いかない気もするけれど、あなた達にしては英断よ。

 そうと決まれば早速募集内容を書いて張り出さないと! やっぱり私の横に並ぶのだから、底辺職は論外よね。もう足手まといが二人もいるんだしやっぱり――」


 アクアが盛大に独り言をかまし始めたので、聞いた内容を自分の中で反芻する。


 確かにアクアの能力はスゴイ。

 むしろ反則レベルの能力なんじゃないだろうか。腐っても女神は女神という事なのだろう。

 生き返りが保障されているのであれば、俺も死ぬ気になって戦ってみても良いのかもしれない。なんせ本当に死なないのであれば安全マージンを気にしないゲームのように行動しても問題ない。


 そんなことを思いながらカズマに問いかける。


「なぁ、カズマ……ジャイアントトードを倒してレベル上がった?」

「ん? 上がったぞ? 2に。」

「スキルポイントは?」

「1増えたな。」


 ギルドでカエルを運んでもらう手配をした時に妙な箱に冒険者カードを通してもらったが、その時に改めて冒険者カードを見なおしたら、記載されていたレベルが変わっていた。


 俺のレベルはカズマと同じく2なのだが、スキルポイントは元よりも2ポイント増えていたのだ。

 もしかしたらカズマもと思い聞いてみたのだが、どうやら違うらしい。


 ――俺は【成長促進】という能力を持っているから、その影響だろう。



「なぁカズマ……アクアの話を聞いて思ったんだが、俺もレベルが上がって新しくスキルポイントが手に入ったから、いっちょ片手剣のスキルを覚えてみようかと思ったんだがどう思う?」

「おぉっ! いいんじゃないか! いや、いいよ! うん。いいと思いますよぉっ!」


 カズマに意見を求めた俺がバカだった。

 コイツ既に俺を前線に立たせて高みの見物する気満々になってやがる。


 ……だが、昨日みたいにアクアに万が一のことがあったとしたら、俺たちは生き返ることができなくなる。

 安全マージンの前提としてアクアが死に瀕するような事態だけは避けなければならないのは間違いないはず。


 そして現状俺がカズマよりも防御が堅いから適任。

 それにカエルを倒せば成長もできる。


 俺個人の感情を抜きにして考えれば『俺が戦う』という選択をすることが最もメリットが大きい。


 心から甚だ不本意ではあるが、俺の日当8千エリスの仕事よりも、ジャイアントトード5匹を楽々倒せるようになった方がずっと生活が楽になる。

 クエスト完遂で10万エリス、それに加えてカエル肉の買い取り価格もおまけされるのだから、3日でこなせる力量さえあれば冒険者の方が金が貯まりやすい事は分かった。


 アクアは魔王討伐が目標らしいがカズマは様子を見る限り確実にそんなことはする気はないし、俺だって危ない目には合いたくない。できるだけ平和に生きたい。だが平和に生きるには金が必要だ。

 その金を手に入れる為に『戦い』という茨の道を選ぶ方が近道というジレンマ。


 この世界に来た時に、ありがたいエリス教会のシスターがスキルは誰かに教えてもらえれば取得ができる事を教えてくれたし、俺はギルドの調理場で働いているから、簡単なスキルであればつまみ一品サービスくらいで教えてくれそうな冒険者にも巡り合いやすい。


 それにこのマジックダガーは大枚をはたいたのだから、そうそう手放すつもりはないし自衛の手段の一つとしても片手剣スキルを覚えておいて損はない。


 さらにさらに実のところ、俺は上級職のクルセイダーを勧められたことからも、スキルポイントは元から12ポイントもあったのだ。

 だから今はカズマに伝えていないが合計で14ポイントある。1ポイント使うくらいどうという事もない。


 今回はクエストが簡単だと思って甘く見ていたから、いつか強力なスキル取得に大量にポイントを使うことを想定して使わず温存していたが、ジャイアントトードと対峙して出し惜しみは良くないと気付かされてしまったので、もう今は考えが違う。




 戦う。


 戦うのだ。



 ――戦う。



「――俺が戦えるのかなぁ~?」


 つい、これまでの考えとは裏腹に自信の無さからその場に突っ伏す。

 カズマは何かを察し、俺の心が折れるのを防ごうと喋り始めた。


「大丈夫だって! ほら、アレだ、それ、え~っと。そうだ! アスカには23万エリスもするマジックダガーがあるじゃないか! いや~。俺のショートソードとはやっぱり切れ味が全然違ってたよな。マジでスパーンって感じで一閃って! 片手剣スキルを覚えたらもっとすごいことできるんじゃないか? きっとできるって!」


 このゲス野郎。

 もう俺を最前線に送り込む気でいやがる。決定稿になってやがる。


「いや、でもよぉカズマ……ジャイアントトードって、まさかあんなでかいとは思ってなかったし、俺やっぱ戦える自信ねーよ。だいたい俺が調理する時ってもうブロック肉の状態になってたし、せいぜい豚くらいの大きさかと思ってたのに……牛も真っ青なほどデカいってどうよ!」

「まぁ……確かにあの大きさは…無いよな。」


 アクアが何か気が付いたように俺に声をかけてくる。


「あれ? ちょっと待って。なんでアスカはジャイアントトードを知らなかったの? おかしいよね?」

「はぁ? なんだよ? そんなこと言うアクアの方がおかしいだろ? なんで生粋の日本生まれ日本育ちの俺が異世界のジャイアントトードなんてモンスター知ってるんだってんだよ。昨日初めてアクセルから出たし、モンスターと遭遇するのも初めてだったっつーの。」


「だってだってだって、ほらアスカは【料理上手】の固有スキルを持ってるでしょ?」

「あ? おう……そりゃああるけど、あのスキルは食材を見てたらなんとなく料理法とかが思いついて『こんな味が作りたいなー』と思ったら、それにピッタリの調味料を選び出して丁度いい分量使ってくれるって感じの能力だろ?」


「プー! 何言ってるの? アスカはあの時『食べ物の知識とか料理法』って言ったし、私はそれを与えたはずよ。私が能力を与えるミスなんてするはずないし料理素材としての『ジャイアントトード』をアスカは知っていたはずよ。じゃないと捌き方とか絞め方がわからないし本当の料理上手なんて言えないじゃない。」


「……え?」


 アクアの言葉にぼんやりとではなく、はっきりと【料理上手】のスキルを意識する。

 すると、すぐさま脳裏にはっきりとネット料理辞書のような存在が現れた。


 試しに『ジャイアントトード』と思い浮かべて検索してみると、詳細な情報が写真付きで表示されるのだった。


「……マジだ。俺、わかるわ……」

「ふっふー。でしょう? でしょう! まったく私が助言をしてあげないと能力の一つも使いこなせないなんてダメねー。アクシズ教徒として活動をするのなら私が面倒を見てあげないでもないわよ。」


 アクアの言葉は無視して能力を興味本位でいじってみる。

 脳裏に浮かんだネット料理辞書は、逆引きはもちろん項目検索もでき、とりあえず『野菜』欄を開いて中身を見た。


 瞬間――


「っンーーっ!」


 俺は、表示された内容のあんまりさに頭を激しくテーブルに叩きつけずにはいられなかった。


「どど、どうしたアスカっ!?」

「ちょ、ちょっとアスカ!? パンク? 情報量に足りない頭がパンクしちゃったの!?」


 俺は枯れたような声でカズマに救いを求める。


「あー…………大変だぁカズマ……この世界だと……この世界だと! キャベツも! ジャガイモも! タケノコや大豆まで! 全部が全部モンスターだっ!」

「……何言ってんのお前?」


 カズマの冷たい声が、俺の心をさらに荒れさせた。

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