第6話 ジャイアントトード
全力で駆ける俺とカズマの後を巨大なカエルが同じくらいのスピードでついてくる。その差は詰まらず離れず一定の距離を保っていた。
「は、はやっ! はやいぃぃいっ!」
「やべぇっ! あのカエル絶対カバ並みにやべぇ生き物だって! 初心者が相手にするってレベルじゃねーぞ!」
「ああああ、アスカ! お前が初心者向けって自信満々に言ってたんだから責任とってなんとかしろよ! いや、なんとかしてくださいっ!」
「無茶言うなよっ! アレぜったい丸飲みされて終わりだって! そ、そういうカズマだって難易度のハンコ見て『これなら余裕だろう』とか言ってただろうっ! お願いだから余裕を見せてくださいよカズマさんっ!」
「状況を考えろよっ! いいか! 俺はお前と違って能力なんて何一つもらってないんだぞ!? お前はどうだ! 防御がステータスカンストまでしてるんだろう!? なんでそんな強者がカエルから逃げてんだよ! 戦えよっ!」
「俺のもらった能力は防御と魔力っ! 魔力! そう魔力なんだよ! 後方要員特化なんだよ! そんな後方要員候補に、ちょっと固いからって近接戦闘頼むとかバッカなのか!? バッカズマなのかっ!?」
必死に駆けながらも生存本能を振り絞って生き残る術を探すべくカズマと俺は情報交換をしあう。
別の言葉で言い換えると押し付け合いとも言う。
まだ辛うじてそんな事をする余裕のあった俺たちの間に、突如カエルの舌が超スピードで割って入ってきた。
「「 ――っ! 舌ぁぁっ!? あああああああっ!! 」」
余裕のない状況であることを把握した俺たちは同時に決意する。
「こここ、こうなったらアスカ! 二手に分かれよう! まとまってる方がヤバイ!」
「お、おう! 確かにっ! 追われた方は逃げて、追われてない方は対策を考えよう!」
「よし! それでいこうっ!」
そう。ようやく協力しあうことを決めたのだ。
その内容は『どっちかが尻尾切りの尻尾になれ』とも言い換える事ができる。
「いち――、にの――」
「「
掛け声を二人同時に放つと、俺たちは直角に折れる形で二手に分かれる。
実のところ俺には勝算があった。なんせ俺はぶっちぎりの幸運の持ち主なのだ。で、あれば間違いなくカエルはカズマの方へと向かうはず。
振り向けば逃げ惑うカズマを見ることが――
そう思い振り向くと、そこには俺を追いかけるカエルの姿と走るのをやめて肩で息をするカズマの姿があった。
「なんでだぁぁぁあああっ!!」
どうしようもない気持ちに満たされた俺は競技場のトラックを回るように大きくカエルを引き連れながら駆ける。
俺の様子を観察していたカズマは、俺が何を考えているのか予想がついたのかまた走り出し始めた。
「おまっ! アスカてめーっ! なんでコッチに来るんだよ! 来るなっ! 来るなぁああっ!」
「ああああああっ! もうなんか対策思いついたんだろう! なぁ思いついたんだろう!? 思いついたよなカズマ! カズママァァアッ!!」
俺から逃げるカズマ。
カズマを追う俺。
俺を追うカエル。
終わりが無い地獄が始まる――かに思えた。
「お、おいアスカっ! 聞け! 大事なことを思い出した! 俺たちには最終兵器があった!」
「なんだよ! もうなんでもいいから早くなんとかしてくれよぉぉおっ!」
「アクアだよアクア! 俺たちと違って上級職のアークプリースト様だよっ!」
「あぁっ!? そうだったっ!! あ、アクアーーっ!」
アクアを絶叫に近い声で呼びながら姿を探すと、アクアは膝から崩れ落ちる体勢になって震えていた。
……もしかして恐怖で固まってしまったのだろうか?
無理もない。
こんなモンスターは想定外だ。
「――プーークスクスクスクスクスクスクス! ひ、必死! 必死になってる。プークスクスクス。 『あ アクアー』だって! 『さま』をつけなさい。『さま』をっ!」
ただの対岸の火事だった。
普通に俺たちを見て笑っているだけだったのだ。
「……なぁ、カズマさんや――」
「……あぁアスカさんや――」
カズマはスピードを少し落として、俺の隣に並ぶ。
俺とカズマの気持ちは一つになり、俺たちの進むべき目標は、もう決まっていた。
「「 アクア様ーっ! 」」
尊敬は一切ない怒声を叫びながら俺達はアクアの下へ駆けていく。
そんな俺達の姿を見て、アクアは肩にかかった髪を後ろに払いながら口を開いた。
「しょうがないわねぇ。下っ端冒険者達。いいわ。助けてあげる。でもその代わりアクシズ教に入信し私を
どうでもいい事で思い悩むアクアの姿はもうすぐそこまで迫っている。
「おいアクア! もう接敵するんだから変な事言ってんじゃねぇよ! ほんとに大丈夫なのか!?」
「ふふっ、この私がカエル如きに遅れをとると思っているのかしら?」
アクアが右こぶしを引く。
すると、ブワっとその拳からまばゆい光が放たれ始めた。
なんかわからんがイケる!
きっとアクアがやってくれる!
なにしろ話題になる程の職業! アークプリースト様だ!
俺とカズマは一度目を合わせて頷きあい、アクアに向けて一層スピードを上げ、そしてアクアの両側を最高速度で通り過ぎた。
アクア通り越して振り返ると、ジャイアントトードはアクアの構えなど、まったく気にする様子もなく追いかけてきていて、やがてアクアと真正面から対峙する。
その時、アクアの拳が一段と強い力を放つ。
「ゴッドブロー!」
アクアが動いた。
「ゴッドブローとは、女神の怒りと悲しみを乗せた必殺の拳っ! 相手は死ぬぅぅっ!」
アクアの拳が光り輝き、一直線にジャイアントトードへと向かって行く。
間違いなくアクアの言う『必殺の拳』はジャイアントトードを捉えるだろう。
「……勝ったな。」
「……あぁ。」
俺とカズマはそう呟き、アクアの行動を見守った。
ボイン。
カエルの腹を打つような柔らかい音が響き渡る。
「「「 へっ? 」」」
呆気にとられた次の瞬間。
俺とカズマはアクアの足が地上を離れ、そして天を指す姿を目にするのだった。
「「 食われてんじゃねぇぇぇっ!! 」」
★・。・゜☆・。・。★・。・。
「う…ううううぐ…ううう! ひぃ…く…ぅうう、ひいっく…ぅううう……」
目を両手の甲で押さえながら泣き崩れるアクア。
肩で息をする俺とカズマ。
ジャイアントトードは捕食時は無防備になるらしく、戦闘経験のない俺とカズマでも攻撃を加えることができた。
カエルの身体は刃物に弱いのか、カズマのショートソードはもちろん有効で、俺の23万エリスのマジックダガーも驚くほど簡単にダメージを与えた……が、やはり巨体に対して俺たちの獲物では長さが足りてはおらず、アクアを救出するまで何度も何度も何度も切りつける必要があり、それまで全力でダッシュしていたこと、そして見た目よりも重い剣を振るいまくったことで、俺とカズマの疲れは、もうすでに限界に達していた。
「うぅ……ぅっ! かじゅまぁ……あしゅかぁぁ…ありがと……うっ! うううっ!! ありがとねぇぇっ!!」
俺とカズマの足に縋りつき、抱きつき始めるアクア。
喋らなければ絶世の美女だから、すがりつかれて悪い気がするはずも――
「「 生臭いっ! 」」
俺達の反応と態度に絶望した表情を浮かべるアクア。
「ふ、ふふ。私は……穢された……穢されちゃった……全身ヌルヌルのベッタベタ……生臭い汁に全身汚されちゃった。」
「言い方ァっ!」
「おい、アクア……今日はもう帰ろうぜ。とりあえずジャイアントトードがどんなモンスターなのかも分かった、これだけでも大きな収穫だったじゃないか。」
「そうそう。まだこの世界に来て日の浅い俺たちには経験が足りてなかったから、良い経験になった。刃物はよく効くみたいだし、俺の23万エリスのマジックダガーを薙刀っぽく改造したら安全に戦えるかもしれない。」
「そうだよな。このクエストは期限まで3日もあるんだから、とりあえずは帰ってから戦い方を検討しよう。誰かに戦い方聞いてもいいもんな。アスカは飯食いにきた冒険者に質問してみてくれよ。」
「おう。」
アクアは泣き止み、スっと立ち上がる。
動き出したアクアを見て、俺とカズマは一安心して――
「この女神アクア様がカエル如きに遅れをとったなんて知れたら、アクシズ教の女神たる名も廃るわっ!」
――まさか。
能天気で回復力と物忘れの早さに、俺とカズマから定評のあるアクアではあるが……そう俺たちが思った瞬間。
「うぉぉぉぉおおおおおっっ!」
アクアは遠くに見えていたカエルの下へ叫びながら走り出していた。
俺とカズマは獲物を手に取り、すぐにその後を追うことしかできなかった。
――この日。ジャイアントトード5匹討伐のクエストの内2匹を討伐することに成功し、無事に3人でアクセルの街へと帰還。
もちろんアクアは、また泣きながら俺たちに礼を言い、一層の生臭さを身に纏っていた。
そんなアクアにすがりつかれたせいでカエルの匂いが移った俺とカズマもアクセルの街についてすぐに銭湯へ行く羽目になり、そのあとギルドでカエルの移送サービスを申し込んで夜飯を食い、そして馬小屋で泥のように眠った。
翌日。
ギルドで朝飯を食い始めると、アクアがカエルに対する怒気を孕む声を上げる。
「仲間を募集しましょう! アレは私達だけじゃどうしようもないわ!」
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