第5話 はじめての討伐

「おいおい見ろよカズマ! すっげぇ! クレイモアだよクレイモア!」

「おおっ! マジだ! おいおいおい、こっちのコレはバスタードソードってやつか!? すっげー!」


 マップ機能で見つけた比較的評判の良い武器屋を訪ね、豪壮に並ぶ『武器』という名のファンタジーを目の当たりにした俺とカズマのテンションはメーターを振り切っていた。


 日本だったら間違いなく銃刀法違反だとか法により持ってるだけで逮捕されるであろう品の数々。それを大っぴらに持ち歩いて良いというのだからスゴイ。


「うぉぉお! これバトルアックスってやつか!? こんなの絶対振り回せねぇって! おほほほっ! アテクシ育ちが良くてフライパンより重いものは持ったことがございませんのぉぉ!」

「くっそやべぇな! マジやべぇな! コレはハンマーか!? なんかワケわからん魔法文字みたいのが刻んであるぞかっけぇ! ――っ! マジかよ……あっちにフルプレートアーマーがあるぞっ!」

「ナ、ナンダッテー!!」


 わー! と、おもちゃ売り場に来た子供のように駆け出す俺とカズマ。

 そしてそれを物凄く呆れた目で見守るアクア。


「なにやってんだか……」


 海辺を走るように、アハハ ウフフ 感を丸出しで走っていた俺とカズマは飾ってあるフルプレートアーマーの値札が目についた瞬間に世の不条理を認知した目へと変わり、その足もトボトボ歩きへと変化し、そして立ち止まる。


「カズマさんカズマさん…………カズマさんのご予算はいかほどで?」

「……4万エリス。」


 俺は思わず驚愕に染まった顔でカズマに向き直る。


「はぁっ!? おまっ、少なすぎだろっ!」

「あー!? てめーっ! 3食職場で賄いメシ食えてるお前と一緒にすんなよ! こちとら朝昼晩全部、ぜーんぶちゃんと金払ってんだぞっ! しかも汗だくになるのに作業着とかねーし毎日の風呂に洗濯! 着替えなんも全部やりくりしてようやく貯めた金なんだぞ! 日当の5千エリスから考えたら上出来だろうがっ! そういうお前はどうなんだよアスカ! ああん?」


 確かに約30日で節約しながら貯めたとしたら貯まった方かもしれない。

 いや、むしろ良く貯めたと言えるかもしれない。


 クリムゾンビア飲むの控えてたらもっと貯まっていただろうが、飲みニケーションも必要な世界だ必要経費みたいなもんだ。カズマはちゃっかりゴチになってたような気がしないでもないが、よくやったと褒められて然るべき。


 ただ、自分の財布の中身と比べてしまうと、どうしてもツッコミたくなってしまう。


「……黙秘します。」


 俺の返答を聞いたカズマの視線の温度とテンションが下がるのが分かった。そして不気味なまでに人懐っこい声色に変わるカズマ。


「ねーカトーさん? 人に聞いて自分は教えないって言うのはー、それはどうかと思うんだー人としてさー?」

「……黙秘します。」


 カズマは顎に人指し指と親指を直角にした手を当て、俺を見据えたまま何かを考え始める。


「えーっと……まずアスカは食費が浮いてるだろう? それに風呂もたまにしか銭湯を使わないが、その割りに働いている時は小奇麗にしているから……おおよそギルドの宿舎かどっかに頼み込んで朝の内に使っているに違いない……それになんかを買って物が増えた様子もない。

 ――って、ことは日当をほぼ全額貯金できていると見て間違いないよなぁ……」


 聞こえる独り言を発しながら推理を始めたカズマを放置して、俺は一人武器を見に行こうと足を踏み出す。

 

 ガッ


 肩に強く手が当てられ、俺の歩みは強制的に止められた。


「……俺の予算の10倍か?」


 ビクン!


 俺は一度だけ大きく反応してしまう。

 無意識に反応してしまったことを自分自身でも感じ、恐る恐るカズマの方へと向き直る。


 するとカズマは、顔全体で『マジでか!?』と言いださんばかりの表情をしていた。


 そう。

 当たらずとも遠からず。


 俺の日当は金一封含め8千エリス。休みなく働いていたし、もともと10万近い現金も持っていた。


 カズマの言う通り、朝風呂を借りたし料理服は借り物。

 支出らしい支出は下着とか服くらいだし、残った有り金の全部30万エリスを今日の予算としていたのだ。


 カズマの表情は驚愕の表情から一転して、詐欺師のようなイヤらしい笑顔へと変わっている。


「ねーアスカさぁん。同じ最底辺職で同郷の日本人同士、ここは助け合って生きていくべきだと思うんだーぼくー。」


 俺は一息ついてから向き直り、精一杯のいい顔を作る。


「あぁカズマ。いいことを言うな。 その通り。その通りだと思う。カズマの言うことは何一つ間違っていない。血のつながりもない、ただの他人同士ではあるけれど、この広い世界で巡り合えた数少ない同郷だものな。この世界はモンスターどころか魔王まで存在する、ひっじょーに危険な世界だ。俺たちは助け合ってこそ生きていけるよな――」


 俺は手元にあった革の小手のような物を手に取る。

 ちらりと見える値札は2万エリスと書いてあった。


 俺は小手を戻し、全力の笑顔をカズマに向けて詐欺師のようなカズマの肩に手を乗せ、聖人のような声色で仲間の証明を伝える。


「安心してほしいカズマ。もちろん俺の買い物が終わってから金を貸そうじゃないか!」


 俺のカズマの肩に置いた手をカズマがガシっと掴む。


「ありがとうアスカ。ただ一つだけ聞きたいんだが――予算全部で使い切るつもりじゃないよな?」


 カズマがにっこり微笑む。

 俺もにっこり微笑み返す。


「あははははは。」

「あははははは。」


 笑い合いながら、俺が力づくでカズマの肩の上の手を引き離そうとするとカズマが強く握って離そうとしない。

 俺は空いている手も使って離させようとするが、カズマも両手で応戦しだす。


「あはは。どうしたんだい! 手を放してくれないかなカズマさん!」

「さっきの質問に答えてくれたら喜んで放すよアスカさんんっ!」


「あははははは。」

「あははははは。」


「「 ふんっ! 」」


 俺が渾身の力を籠めると同時に、カズマもそれを阻止すべく力を発揮する。


「こんの! 離せカズマっ! テメー土建作業で妙に筋肉だけ付けやがって! 俺が稼いだ金を俺の為に使って何が悪いっ!」

「あっ! てめーっ! もう隠すつもりもねーのかよっ! 言ったな!? 本音を言いやがったな!?」


「だからちゃんと貸してやるって言ってるじゃねーか! 余ったら貸してやるって! 余ったらなっ!」

「使い切るき満々じゃねーかよっ! お前には人の心てもんがねーのかっ!?」


「人の心はあるさっ! 『死んでたまるか』ってな! 俺は防具も買う! 何があろうと買うぞっ! 生き延びる為に!」

「てめーコノヤローっ! 俺だって死にたくねーわっ!」


 醜い争いへと発展した頃、まるで武器防具に興味のなかったアクアが面白そうな物を発見したように近づいてきた。


「ねぇねぇ、ちらっと聞こえたんだけどー」

「「 なんだよっ!? 」」


「アスカにはこの付近のモンスター相手なら防具は必要ないと思うんだー? だってもう私が防御ステータスいじって、私と同じくらいにカンストしているはずだし。」


「「 ………… 」」


 カズマは沈黙しながらアクアに向けていた視線をゆっくりと俺に向けてくる。

 俺はその視線に耐えきれず逸らすことしかできない。


「もちろん私の方がこの神具を装備している分アスカなんて目じゃないんですけどね。そう、私がどうやっても一番なのは揺るがないの。プークスクス。」


 カズマがにっこり微笑みながら穏やかに口を開く。


「俺は……今ほどアクアを連れてきてよかったと思ったことは無いよ。

 やったなぁアスカ。女神のお墨付きだぞ『お前に防具は必要ない』ってな。」

「こんの駄女神がぁぁぁーー!!」


 俺の絶叫が響き渡るのだった。



 ★・。・゜☆・。・。★・。・。



 結局、俺は武器だけは優先し、魔力が強いことも活かして素人でも扱いやすい23万エリスのマジックダガーを買った。


 不本意ながらも残りの7万エリスという大金をカズマに貸す事にして、カズマも11万エリスになった予算を目いっぱいに使って、ちょっと良いショートソードに、小さ目で取り回しやすいバックラーや具足なんかをそろえて、冒険者らしい姿へと変貌した。


「馬子にも衣装ね。ヒキニートがそれっぽく見える。」

「あぁ、本当にな……本当なら俺がそれを――」

「しつけーぞアスカ! お前は防御力がカンストしてるんだからいいだろうが! 実際俺のステータスにこの防具の防御力を足したところで全然追いつきようもねぇ差があるんだぞ!? むしろそんだけ防御たけぇ癖にどんだけ心配性なんだよっ!」


「カズマ……お前はアクアに『大丈夫』と太鼓判を押される事が、どれほどの不安を生むのか分かってくれないのか?」

「さ。クエストは何があるかなー!」


 カズマは俺の問いかけには答えずクエストを見に行くのだった。


 ギルドではちょうど良いタイミングで張り出された【ジャイアントトード5匹討伐】のクエストがあり、それを受注。

 俺達はクエストをこなすべく、初めてアクセルの街の外へと踏み出した。


 初めて街の外に出て新たな発見があった。街の外でも俺の【マップ】の能力が有効で、近くで動く人の動きや活動しているモンスターの動きがマーカーで表示されて分かったのだ。


 街の外は冒険者達が討伐を進めている地帯であり、結構歩かないと目標のジャイアントトードには辿りつけそうにはなく、俺の能力を活かして一匹だけでいるジャイアントトードの下へと足を進める。



「よし、そこに一匹ジャイアントトードがいるぞ。」


 俺が視界にリンクさせたマップの能力が指し示している地面を指さすと、カズマとアクアは眉間にシワを寄せながらそこを見る。


 どうにもただの地面だ。


「「 本当に? 」」


「よーし、アクア。お前が能力を疑うってことは、お前が与えた能力を疑うってことなんだぞ。お前は自分の与えた能力に自信がないんだな。」

「うん。いるわねあそこに。確かに居るわ間違いない。さぁ上級職のアークプリーストである私は、ここで待機しててあげるから、あなた達が口を揃えて何度も何度も何度も言っていたファンタジーを味わってくるといいわ。もちろんあなた達が困ったら助けに行ってあげるから安心して。」


 俺とカズマはあからさまに当て馬にされているのを感じながらも、アクアの言う事も一理あるとお互いを見て一度頷く。


 そう。新しいおもちゃを手に入れた子供は、そのおもちゃを早く使ってみたいのだ。

 俺もカズマも日本では到底手に入れることが難しい『マジックダガー』や『ショートソード』という名のおもちゃを手に入れて、もう使いたくて仕方ないのである。


 俺達は、お互いに獲物を抜きジャイアントトードのいるであろう場所へと歩みを進めていく。


「覚悟はいいかカズマ。多分もう10メートルもないぞ。」

「おう。お前こそ大丈夫なんだろうなアスカ。」


「ふふふ……俺のダガーは、23にっじゅうすわぁん万エリスもするマジックダガー様なんだぞ? ふへへへへ……見ろよこの輝きを。モンスターの血を求めて舌なめずりしておるわ。」

「ふん。仕方ねぇヤツだなアスカは。本当の一流ってのは持ち物が何であれ結果が付いてくるもんだってのを見せてやるぜ。」


 そんなことを口走りながら、5メートル、4メートルとじりじりと足を進めていくと、突然地面がボコォッと音を立てた。


 俺とカズマは身構え、初めてのモンスターのジャイアントトードが出てくるのを待つ。


 ボゴォっ! 


 地面が音を立て、ジャイアントトードの手が出てくる。

 俺とカズマは後ずさって様子を見る。


 ボコココ。


 地面を割りながら、ジャイアントトードが顔を出し、そして『よっこいせ』と言わんばかりに、体を地表へと持ち上げはじめた。


「…………おいおい。」

「……おいおいおい。」


 俺とカズマはまたも後ずさる。


 ジャイアントトードは体をすべて地面から出し終わり、そしてプルルルと体を震わせて、体についている土を落とした。


「「 ……でかすぎねぇ? 」」


 俺とカズマは顔を見合わせる。

 そして、もう一度ジャイアントトードに目を向けると、ギョロリとしたジャイアントトードの目が俺達を捕えているのが分かった。


 俺とカズマは再度顔を見合わせ、そしてコクリと頷く。


 ザッ


 と、俺たちが足を踏みしめる音が響いた後、静寂が訪れ……


 そして――



「「 ああああああああああああああああっ! 」」


 俺とカズマは並んで後方へ逃げ出した。

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