第4話 同郷の仲間

 俺の『エリス教の方が好きだぁぁ!!』という絶叫は、アクアの怒りを買いはしたが、俺を敬虔なアクシズ教徒だと思い込んで遠巻きにしていた調理場の同僚や、近寄らないように警戒していたホールの女の子達の誤解を解く事に成功した。


 なぜすんなり言葉が信じられたのか不思議がっていると、どうやらガチもんのアクシズ教徒は例え嘘であってもエリス教を称えるような真似はしないらしく、俺の絶叫は意図せず踏み絵の役割を果たして信頼が得られたのだ。


 おかげで、俺のアクシズ教嫌疑は晴れ、料理の腕や勤務態度を買われて料理人として働き続ける事の許可を貰う事まででき、なんとか胸をなでおろした。

 やはり『現金収入』と言う響きは何よりも素晴らしい響きがある。 


 なにより職場の誤解が解けた。


 そう。

 職場の誤解は綺麗に解けたのだ。



「――が、だ。」



 俺はギルドの酒場のテーブルの上に両肘をつけて手を組み、その手に額を乗せ、テーブルを挟んで向かいに座るサトウカズマと、むくれっ面のアクアを見据えて、ゆっくりと低い音程で言葉を発する。


 だが、宿舎の誤解は解けていなかった。


 ギルドの宿舎には俺のような料理人以外にも様々な職種の人間が寝泊りしていて、俺が叫んだのを聞いていない人間も多くおり、その人間達から


「アクシズ教徒がすぐ近くに居ると安心して眠ることができなくて怖い。」


 と、訴えが殺到し、結局俺は継続雇用と引き換えに与えられていた宿舎を出なくてはいけなくなったのだ。


「俺の住む所が無くなった。」


「まったく! エリス教 エリス教って、みんなあんな貧乳のどこがいいのよ!」

「うん。そこじゃないから空気読んで黙ろうなーアクアー。俺にはどーにもこの後嫌な話しが出てきそうな気がするんだー。だからだまろーなー。」


 カズマがアクアに抑揚のない声でつっこむ。

 そんなカズマの牽制を無視して口を開く。


「俺の寝床の事なんだから、サトウさんやアクアは関係ないと思っているだろう?

 あぁ。そう思って不思議はない。そもそもの原因が俺のアクアの名を絶叫したのだから当然といえば当然だろう。」


 息を吐き、一拍置く。


「だが! だ……そもそもの話として俺が絶叫するに至る原因に大きく絡んでいるとは思わないかい? サトウさん?」

「…………」


「え~……サトウカズマさん……ちなみに本日はどちらにお泊りの予定でしょうか?」

「…………」


 俺の質問の全てに無言を回答とするカズマ。

 おおよそこれ以上面倒事に巻き込まれまいと考えての行動だろう。


「何言ってるのアスカ? カズマは今日こっちの世界に来たばかりよ? 冒険者登録料すら持っていない無一文なのに泊まる所が決まっているはずないじゃない? バカなの?」


 カズマが表情を変えず首だけ動かしてアクアを見て『余計なこと言いやがって』と言わんばかりに牽制する。が、対するアクアは疑問符を頭の上に浮かべながら首を傾げるだけだった。


 そんな二人を見て俺は大きくため息をつきながら盛大に背もたれによしかかる。


「はぁ~……もうどうしようもねぇ。宿無しが3人って事か……こりゃあ馬小屋行きか。あ~あ……」

「馬小屋っ!?」

「馬小屋?」


 カズマが驚いたように声を上げ、アクアは何となく首を捻る。


「あーそー。馬小屋馬小屋。金が無いヤツが辛うじて寝泊りする為の底辺冒険者ご用達の宿こと馬小屋さ。」


 俺は左手で頬杖をつきながら説明する。

 それが気の抜けた恰好に見えたのか、カズマの警戒が薄れていくのを感じる。

 もう別に恰好つける必要も何もないので、ある程度の手の内を見せることにした。


「俺もまだ2週間しかこの世界にいないが、働きながら色々と情報は収集したからな。料理人って職を活かして冒険者と話をしたりしてさ。

 さらに俺にはマップの能力があるから、聞かなくても内々に集められる情報もあるし、人の動きからも推測する事が出来る。」


 自分の能力の説明も兼ねて言葉を紡ぐ。


「で、その俺が調べた結果。このアクセルの街は意外と人口密度が高い。

 駆け出し冒険者達は次々にやってくるし、なぜか出ていく冒険者が少ないみたいで冒険者は減るよりも増える方が多いんだ。

 長く滞在する事を決めた奴は次々と街の中で拠点を手に入れているから空家になる家も少ない。

 空家が少なく人も多いとなれば、きちんとした宿に泊まろうと思ったら高額さ。最低でも5000エリスは必要になる。

 だけどこの世界はとにかく身体が資本だから、メシをしっかり食わなきゃいけないし食費もバカにできないから金はどんどん無くなる。

 きっと俺がこの街に来た時みたいに、サトウさんも駆け出しの街だから初心者向けの金を稼げるクエストが豊富だと思っているんだろう? ゲームみたいにさ。」


「カズマで良いよ。違うのか?」

「ん。じゃ、俺もアスカって呼んでくれ。どっこい違うんだわ。

 冒険者が多いって事はクエストをこなす人間も多いって事だから割のいいクエストなんて争奪戦さ。張り出されればすぐに初心者は初心者向けを奪い合うし、中級者は中級者向けを奪い合う。

 言葉を変えれば『下の下』や『中の下』レベルのやりやすいクエストや金になる物は売り出すと同時に完売。

 残るのは『下の上』であったり『中の上』といった感じの二の足を踏みがちなクエストになるって事。」


「じゃ、じゃあ! 冒険者らしいファンタジーな事は!?」

「時と巡り合わせに頼るしかない。」


「マジかよ……」

「さらに悲報だ……腹は毎日減る。」

「って事は……」


 カズマの期待外れを全力で表している表情。

 俺はその表情から言いたい事を察してコクリと頷く。


「なんだよそれ! ……こんなファンタジー世界なのに……普通に働かなくちゃいけないのかよ。」


 俺とカズマは頭を抱える。


「なに? あなた達この私。アクア様の存在を忘れていない?

 駆け出しの街に似つかわしくない上級職のアークプリーストたるアクア様を。」


 チラっとアクアを見るカズマと俺。

 そして盛大に溜息をつく。


「なななな、なに!? なんなのその反応!」


 アクアを置いてけぼりにして苦笑いをする俺とカズマ。


「流石カズマ……わかってるみたいだな。」

「当たり前だろ? そもそもプリーストなんて回復か支援に特化したような存在だろ? 火力が期待できるわけがない。」

「で、俺達はといえば。」


 冒険者カードを二人そろってテーブルの上に出す。


「「 スキル無しの冒険者。しかも武器も無い。 」」


「だ、だから? どうしたって言うの!? このアクア様に任せておきなさいよ! あなた達みたいなへっぽこ冒険者が足を引っ張ってもどうって事ないんだから!」


 俺達は、どこか焦りながら憤慨するアクアを放置しながら二人で話を進める。


「でもやっぱりさ、折角この世界に来たからにはファンタジーを経験したいよな。」

「流石カズマ。俺もまったく同じ気持ちだ。」

「ちょっと! 二人とも聞いてるのっ!? 聞いてよー!」


 俺とカズマは下唇を噛みながら、お互いに苦渋の選択をせざるを得ないことを察する。

 何度となく顔を見合わせ、その都度『あぁ。わかるよ』『みなまで言うな』と言わんばかりに頷き合っていると、カズマがすっと右手を出してきた。


 俺は諦めたように小さく頷いて右手を取って握手する。



「「 一緒に馬小屋で暮らして働いて金を貯めよう。 」」

「ちょっとーっ!!」




★・。・゜☆・。・。★・。・。




 こうして俺達3人は馬小屋で寝泊まりしながら、金を貯める為に働きだす事にした。


 俺はギルドの調理場で、カズマは建築現場へ。

 アクアはといえば


「私が働く? バカなこと言わないでくれるかな?」


 とか抜かしていたが、一人で放置されるのは寂しかったらしく俺達が帰ってきた時に泣きながら『私もはたらくー!』と泣きついてきた。


 アクアは喋らなければ美人であることは間違いないので、最初は俺のコネを使ってホールの手伝いを始めてもらった。


 ……が、むやみやたらに宴会芸を披露して注文が滞ったりアクシズ教の布教をすすめたりしてあっという間にクビになった。


 もちろん俺はルナさんに土下座謝罪を繰り出して、俺の居場所を死守。

 後の事はカズマに押し付けた。


 事の他カズマとアクアは建築現場でうまくやっているようで、ギルドの酒場に同僚を連れて飯を食いに来ては宴会を連日開催。結構な人数で飲み食いしてくれて結構な額を落としてくれた。


 二人が大量の仕事仲間を連れて連日やってきてくれるおかげで、俺はクソ忙しく働く羽目になったけれど、知人が金を落としてくれているという事で金一封を貰えたりするから、疲れはするけれど得も大きい。


 ……それにしてもアイツら、スモークリザードのハンバーグと、クリムゾンビアー好きすぎだろ。

 ハンバーグをバレないように地味に増量してるから焼くのに手間がかかって面倒だが、金一封につながるなら仕方ないんだよ。


 アクアとカズマが飲み食い終わって帰り始めると、俺も上がらせてもらう事にしているのだが、馬小屋の作りは簡易も簡易。

 隙間風も隣の話声もよく入ってくる。その上、寝る時は藁の上に雑魚寝という快適空間。

 料金以外のメリットの無い寝床ではあるが、その代金を3人で折半しているから、どんどん金は貯まっていく。


 ……のだが……一つだけ困った事があった。



 それはアクアが一緒に寝ること。



 黙っていれば絶世の美女。

 絶世の美女なのだ。

 黙っていれば。


 そして普段はその性格で抑制されているが、黙って眠っていると、その太もものチラリズムがえらく刺激的に見えたりするのだ。

 着替えたりもするから衣擦れの音も聞こえたりする。コレがますますイカン。


 アクアを真ん中に挟んで川の字で眠る事にしているが、やはりとてもいい匂いがする。


 そんな環境の中。

 カズマも俺も考える事は一緒だった。




 そう。



 見えないように頑張ろう。



 もし万が一察しても、知らないふりをしよう。と。




 そんな少しスリリングな毎日を過ごしていたある日、3人で朝飯を前にしているとカズマが口を開いた。


「俺達……何で当たり前に普通の労働者やってんだ……」


 カズマの独り言のような言葉にアクアが反応する。


「そりゃあ、仕事しないとご飯食べられないでしょ? 折角まっとうに生き始めてたのに、またヒキニート復活したの?」


 カズマが両手を振りかざして訴える。


「違うっ! そうじゃなくて! こう、モンスターとの戦闘とか! もっとファンタジー世界のアレ! 俺……もうこのままだと、まっとうなただの労働者になっちまいそうだ!」

「そうだよな……俺もちょっと……流石に『もうそろそろ冒険しようぜ』って内心思ってた。」


「だよな! そうだよなアスカ! じゃあ、もう冒険しようぜ!」

「ちょっと! カズマ今日も親方に言われてる仕事あったでしょ!? そっちはどうすんの!」

「おう! 働かないっ!」

「何言ってるのヒキニート! 責任って物はないの!?」

「うるせー! そもそもアクアだって魔王倒さねえと帰れねぇんだろうが!」


「ん?」


 しかめっ面をして、片肘をついて顎に手を当てて考え込むアクア。


「――そうだった! そうよ! 討伐行きましょっ! 建設の責任が何よ。私が帰れるほ……いいえっ! 世界の命運の方がもっと大事じゃない!」


「よぉし。落ち着け二人とも。 とりあえず、装備を買う金は貯まったって事で良いんだよな?」

「おう!」

「えっ?」


「「 えっ!? 」」


 アクアの素っ頓狂な声に、素で疑問符を返す俺とカズマ。


「……おま……アクア……稼いだ金はどうした?」

「カズマ……お前まさか……」

「違う! きっちり日当は個々に払われてる! まるで俺がアクアを利用して搾取しているみたいな目で見るな!」


「お金は飲みに使っちゃったわよ? でも安心して、プリーストって言ったらやっぱり素手じゃない? メイスもいいけど、素手でモンスターを相手にしちゃう武闘派美人僧侶ってかっこいいじゃない?」


 俺とカズマはアクアから視線を逸らす。


「……じゃあ、今日はいつも通り働いて、明日って事にするか?」

「そうだな。明日武器と防具を買って、そのまま受けれそうなクエストに行こう。」


「え? なんで? 今日これから討伐いくんじゃないの!? このアークプリーストアクア様が華々しく活躍するんじゃないの!?」


「「 いただきます。 」」

「ちょっとー!?」


 俺達。明日。3人で初めてのクエストに出ます。

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