第3話 あっという間の再会

「おーい。アクア様ー……? アレな女神ことアクア様~? アレア様~?」


 朝、目覚めてすぐにアクアに声をかけてみる。

 普段通りであれば、寝ぼけた感じの機嫌の悪そうなアクアの声が聞こえてくるのだが一切の反応が無い。


 俺は心を落ち着かせながら声をかけているつもりだったのだが、自分自身でも声が震えているのが分かる。


 なぜならば、俺はアクアにずっと便宜を図ってもらえると思っていた。

 下手に体をいじられたら怖いようにも思えていたので、困ったことが出てきたらその都度、便利な能力をアクアにおねだりすればいいと思っていたのだ。


 そう考えてスキルを貰うのを先延ばしにしていたおれが、今現在、アクアにもらっている能力は


 ・転移した後にアクアに色々と便宜を図ってもらえる能力

 ・超便利マップ機能

 ・超幸運

 ・防御力

 ・成長促進

 ・効果は抜群だぜ!

 ・魔力強化

 ・料理上手


 この8つしかない。


 だからこの事態は俺にとっては一大事も一大事。

 もっと楽に金が手に入る様な能力だったり、異性にモテモテになったりする能力だったり……アクアと連絡が取れなくなると分かっていれば、もっともっと色々お願いしておいたのにっ!

 特にモテモテだとか! ラッキ―スケベとか! すけべしようやぁとかぁっ!!

 性格はアレでも見た目は美人な女神のアクアが相手だから、ちょっと言い難くかったから遠慮してた結果がコレだよっ!


「あああああっ! アクア様ぁ! アクア様ぁ゛っ! お願いだから俺に声をかけてくださいよぉぉぉっ!!」


 俺の絶叫はギルドから与えられた宿舎に虚しく響き渡るのだった。



★・。・゜☆・。・。★・。・。



 ――嘆いていても仕方がない。


 何度も呼びかけても返答の無い現状に見切りをつける。


 なぜなら俺には今、ブラック企業も真っ青な労働環境が待っている。

 だが、それでも働かなければ食っていけないし寝床を追い出されてしまうワケにはいかない。

 追い出されれば馬小屋を借りて眠るような生活まっしぐらだ。


 折角人間らしいベッドという寝床が与えられていて働く環境もあるのだから、まずは、その環境がある内に自分の意識を『日本の常識』から『この世界の常識』へ修正して、この世界に慣れていくいく必要がある。


 慣れる為には人と触れ合う必要があり調理場のバイトはまさにうってつけ。


 調理場で働いていれば最低でも他の料理人やホールの人間と関われるし、それに時間が空けば冒険者達との情報交換だってできるのだ。

 なにより調理場はギルドに併設されているから受付嬢のルナさんが身近。ルナさんは本当にたわわだ。たわわ。


 だからまずはしっかりとギルドやルナさんを調査をする必要があり、信頼を得る為にも今日も一生懸命働くしかない。


 寝床を出る準備を整え気合を入れ働く準備をする。


 ――と言っても今の俺の荷物は、同僚となった料理人が恵んでくれた使い古しの巾着のような財布に入った、ここ2週間の日当。現金9万8千エリスだけ。


 その財布を持つだけだから、すぐに準備は整う。

 紙幣が増えてきた財布を見て少し気が重くなる。


 食費も宿代もかからないから料理人の日当7千エリスがそのまま貯金できるのは嬉しい。だが今は、その中身を使う暇が欲しい。

 剣の一つでも買って、冒険者らしい事をしてレベルを上げてみたい。


 いまだ得た能力で、有難みを実感できているのはマップと料理くらいだ。その他の恩恵も余すところなく味わいたい。


 そんな泣き言が頭を過るが、それと同時にルナさんの谷間が思い起こされると、泣き言を言うのを止めて、さっさとギルドへ行かなくてはいけない気になってくる。


 それに今日は『物凄く美味いけど食ったら2週間は眠りから覚めない茸』を食って眠っていた料理人が目を覚ます。

 人員が増えれば調理場も大分余裕ができるはず。

 そうすれば俺も冒険者として活動する余裕ができるだろうし、本格的な冒険の始まりだっ!




★・。・゜☆・。・。★・。・。



「おはようございます!」

「お……おう。おはようアスカ…さん。」

「あっ!? そそ、そう言えば俺は仕込みがあったんだったイソガシーなー!」



 …………なんだ?


 俺が支給されている調理服に着替えて調理場に入り挨拶をすると料理人の同僚がよそよそしい態度を取っていたり、ホールの女の子がヒソヒソ話をしている気がした。


 なんというか腫れ物に触るような扱いというか、みんながみんな俺と出来るだけ口をきかないようにしようとしているな、距離を置こうとしているように見える。


 たった2週間とはいえ精いっぱい愛想よくしてそこそこ親しくなったつもりだし、実際に昨日までは混んでさえなければ比較的和気藹々とした雰囲気の職場だった。

 それに料理スキルも手伝ってかなり役に立っていたと思うし、一目おかれるような存在になっていたと思っていたのだが……俺……なんか下手こいんだろうか?


 少し考え思い当たる。


 ……あぁ。


 『物凄く美味いけど食ったら2週間は眠りから覚めない茸』を食って眠っていた料理人は、睡眠の衰弱から今日一日は休むらしいが明日から正式に復活する。


 そいつがきっと有能なヤツで、ソイツが復活したら俺は用済みになるのかもしれない。

 もしかしたらクビになるかもしれないし、その辺の情報が曖昧にふわっとした状態だからみんな気を使ってこんな扱いなのだろう。


 そっか


 俺はもともと人数が足りていないピンチヒッターでしかなかったから、そういう可能性もあるのか。


 ……まぁなんだ。もしクビであればルナさん当たりが俺に伝えにくるだろうし、それまではしっかり働こう。


 そして、もし『クビ』と言われたらルナさんにすがりついてみよう。とりあえず、あの太ももを思い切り抱きしめるレベルで。

 なんなら足も舐めると言おう。なにせルナさんの足なら舐めるのも吝かではないからな。


 そんな事を悶々と考えながら大人しく働き昼のピークが過ぎた頃、ホールが一段と賑やかしくなった気配がした。


「ん? なんか騒がしいけど、なんかあったんスかね?」

「おぉ! なんかすっげぇパラメーターのアークプリーストが出てきたんだってよ! 上級職だから、みんな勇者だ勇者だ! って盛り上がってるよ!」


「へ~……まじかー。アークプリーストってどんな人だろ。」


 調理場が落ち着いている事もあり、俺は興味本位の野次馬をしにホールへ向かう。


 するとそこには――



「あぁはっはっはっは。

 まぁまぁまぁまぁ。

 やぁやぁやぁやぁ。

 あっはっはっは。」


 見知った顔の美少女が褒め称えられ、賞賛を送ってくる人達に対して語彙の少なさしか感じさせない返答を振りまいていた。


「アクアっ!」


 気が付けば俺は驚愕のあまり大声を出していた。


 俺の声に気が付いたアクアは、自分を称える声に満足そうな表情を浮かべながら周りに手を振りつつ、まるでハリウッド女優がレッドカーペットからファンに対してサインを書きに来るように俺に近づいてくる。


「ふふ。絶世の美女にして稀代のアークプリーストのアクア様に会いたいからって大きな声で私を呼んだのは貴方かしら? なあにサイン? でもごめんなさいね。そういうのはしていないの。でもね、今日は特別にいい気分だから握手をしてあげるから我慢してね。」


 満面の笑みでそう言い放ちながら、上から目線で俺に右手を差し出してくるアクア。

 俺はその右手を握る。


「アクアは……アクアで間違いないよな。」


「あら? 緊張してるのね。ふふふ。無理もないわ。何せ私は女神アクア。女神にして稀代のアークぷりぃィイタタタタタタタっ! イタイッタイ! 手っ! 手ぇっ!」


 俺はアクアの右手をゴリラが如く握りしめる。


「……俺の便宜図るって約束放り出して、その女神様がぁ……こんなところで何をしていらっしゃいますかねぇぇえっ!」


「イタタっタタっ! って! あ、アスカ! アスカじゃない! イタイ! いや、コレはその、私じゃどうしようもなかったってゆーか! 私が巻き込まれたってゆーかぁぁああっ!! 痛いから! もう手が痛いから離して欲しいんですけどーっ!!」


 俺を思い出したようなので、強く握っていた手を離す。

 するとアクアは手をぶんぶん振りながら俺から距離を取る。


「で? 巻き込まれたってどういうことだ?」


「いきなりの力任せのご挨拶は心の底から勘弁してほしいんですけど……はぁ。

 そこで自分のパラメーターの低さにいじけているサトウ カズマが、能力とかじゃなくて、よりにもよってこの私を指名したのよ。だから私は巻き込まれたの! 被害者なのっ!」


「はぁっ!?」


 アクアは怒りが再燃したのか若干怒りながらサトウカズマらしき人を指さす。見ればこの世界の住人らしからぬジャージを身に纏った少年が居た。


 少年はこちらの様子を伺っているようだが、その眼はどこか少年と呼ぶには似つかわしくない濁りをみせている気がしないでもない。

 そんな様子に若干二の足を踏みつつも、俺にとっては貴重な同郷の人間という存在であり、とても嬉しい物なので少年の下へと足を進めた。


「えっと、初めまして。俺もアクアにこっちに送られた日本人でカトウ アスカと言う。今から2週間前にアクセルに送られてきたんだ。」

「ども……初めまして。」


 あからさまに俺を値踏みするような視線。確かに同じ日本人であれば能力や神器を与えられているのだろうから、それが何か探っているんだろう。

 で、あればこちらの手の内を話の拍子にでも打ち明ければ距離も縮まるはず。


「しかし……サトウさんは賢いな。アクアを連れてくるなんて俺には思いつかなかったよ。」

「いや……まぁアレはその場でのノリというか、あまりにアイツの態度がアレだったからむしゃくしゃしてやったというか――既にあまりのポンコツさに後悔し始めているくらいで……」


 濁った眼にデス フィッシュ アイが加算されていくカズマ。


「えっ? ポンコツって……女神だろう? 俺みたいにずっと能力を与え続けてもらうつもりで連れてきたんじゃないのか!?」

「はっ? えっ? なに? 能力を与え続けてもらうって?」


 カズマは興味深そうに問うてくる。

 その表情から察するに、どうやら俺とは違った意図でアクアを連れてきたらしい。


「俺がアクアに願った能力は『転移した後にアクアに色々と便宜を図ってもらえる能力』だ。これなら困ったことがあったら、その都度アクアに便宜を図ってもらえばいいだろう? だからそう願ったんだ。」


「へ~? なるほどな~……いやいや、それ通るの!? ってあんたがココに居る以上通ったんだろうな……」


「あぁ。俺もまさか通ると思ってなかったからビックリしたよ。現に料理のスキルだったり、幸運だったり防御力だったりの能力を貰って、それは冒険者登録のパラメーターに表れてたんだが……そのアクアがポンコツ?」


「なになに? 二人で私の事を話してなあい? 私もココに居るんだから聞かせてほしいんだけど。」


 俺とカズマは同時に能天気なアクアに目をやり、そして同時にお互いの顔に視線を戻す。


「……なぁサトウさん…………いや、カズマくん。まさかとは思うけれど……アクアが女神の力を失った……とかそんな事……言わないよね?」


 カズマはスっと目を逸らす。

 その態度に俺が驚愕していると横からアクアが口を挟んだ。


「アスカ? 何言ってるの? 私は女神。女神アクア様よ! 制限はされてても力そのものを失うはずなんてないじゃない。」


「……ならよかった。俺に便宜を図ってもらえるの続いてそうって事でいいんだよな。直接話ができるようになったんであれば俺も話やすくて助かる。」

「あぁ、それはもう管轄が違うから無理ね。」


 The ノータイム返答。


 固まる俺。


 カズマは嫌な予感を察知したのか、少しずつ後ずさりながら俺から距離を取り始めている。

 俺は膝から崩れ落ちながらも力を振り絞り崩れる力をバネに変えて、後ずさるサトウカズマにショルダータックルをかました。


「どどどどどーしてくれるんだよ! 俺の能力ウハウハ万歳作戦が! モテモテになってハーレム直行能力とか、桃色酒池肉林とか、バラ色未来を掴む為の能力がぁぁっ! 返してっ! 俺のちょっと褒めておだてたらよく考えもせずホイホイとんでも能力をくれそうなアクア様をっ! 操り易いアレでアレなアクア様を返してぇぇぇっ!」


「だぁぁぁぁっ! 離せ! 喜色悪いっ! もう仕方ないだろうっ! 俺だってついカっとなってこんな駄女神連れてきて、なんの能力ももらってない事を後悔してるんだから! 少しでももらえてる分どんだけマシなんだよ! 俺を見ろよ! もうそっとしておいてくれよぉっ!」


「ちょっと! 私の扱いが大分おかしいんですけどっ!! 私すっごいアークプリーストで、女神なんですけどぉっ!」


 泣きわめく俺、切れるカズマ、つられて切れるアクアの三者三様をもって場は混沌と化していく。

 その混沌に区切りを打ったのは、慌ててやってきたルナさんだった。



「あのっ! も、もうその辺でそろそろ落ち着いてください!」

「「 はい。 」」


 俺とカズマは、たわわなルナさんが、わざわざ前かがみになって止めにきたとなれば止まらないはずも無く、すぐに落ち着きを取り戻した。


 とりあえず俺達は立って話を聞くのも何なので、二人でルナさんの目の前に座り込む。別にアレがアレとかそんなアレじゃない。ただ二人とも座りたかっただけだ。


 ただし、アクアは立ったままキれ続けている。


 が、もちろん俺とカズマは無視する。

 もう俺にとっての女神アクアは死んだのだ。

 アレはちょっとアレなアレだ。


 俺達が聞く体勢になっている事を見てルナさんは口を開く。


「冒険者同士のトラブルは困ります。お知り合いのようですが、そこはきちんと弁えてください。」

「「 はい。すみませんでした。 」」


 ルナさんのお小言が続く。


 だが、座っている俺達に前かがみでお小言を言ってくれるルナさんの言葉であれば、真摯に聞き入れるのは俺達にとっては当然のことである。

 現状活動はしていなくとも仮にも冒険者。ギルドの受付嬢の言葉には真剣に耳。そして目を傾けるべきなのだ。だから当然真剣に見る。真剣に見ると書いてガン見とも言う。


 非常に良い。うん。非常に良い。


 ――そうしてしばらくの時間が過ぎた頃、ルナさんが少し申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。


「……えぇっと……アスカさんには大変申し訳ないのですが、料理人のバイトは今日までという形でお願いできませんか?」


 おっと話のついでに来たか――


 そう思いながらまずはクビの原因を探る。

 原因さえわかれば泣きつく方法だってわかる。


「理由をお教え願えませんか? 一応作る料理の評判は悪くなかったと思いますし……」

「そのぉ……確かにそれはその通りなのですが……」


 ルナさんはチラ見を繰り返し大変言い難そうにしている。

 だが、諦める気の無い俺の様子を見て溜息をついてから続けた。


「アスカさんは……敬虔なアクシズ教徒のようですので……」

「――はっ?」


 予想外の言葉に思わず呆気にとられる。


「いえ、もちろん信仰は自由ですし、そんな理由での解雇はあってはならないことです。ですが……アクシズ教徒の方といえば奇行であったり非常識な行いであったり、昼夜問わず改宗を迫ったり壺を売り出したりと……トラブルを起こす事が多いので……アスカさんは元々臨時ということもありますし、解雇という形には当たりませんから――」


「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待ってください! 俺、いつからアクシズ教徒になってたんですか!?」


「えっ!? いえ、宿舎からの報告では朝に時折『アクア様』と呼びかける声が聞こえてきて怖いとクレームが上がってきてましたし、特に今日の報告では宿舎全体に聞こえ渡るほどの大声で盛大にお祈りされていたとか……それに今もアクア様アクア様と熱心に……」


 今日の朝の絶叫が決定打となり、俺はいつの間にか周囲の人間から熱心なアクシズ教徒と思われていたらしい。

 余りのショックに呆然としつつも、みんなの態度の変化はこのせいだったのかと納得する。

 エリス教会のシスターに聞いた狂信者の一員と思われたのだから当然だ。


 そんな俺の横からアクアが嬉しそうに顔を出す。


「なになに? アスカは熱心なアクシズ教徒だったのね? うふふふ。良いわ! 私が直々に信徒と認めてあげるから喜びなさい! さぁ、アクシズ教をもっと広めるのよ!」


 寒気だろうか。


 それとも怖気だろうか。


 身体中に震えが走る。


「ちっがーーーう! 俺は狂信者なんかじゃなあぁぁいいっっ!! エリス教の方が好きだぁぁぁっ!」


 ギルドに俺の絶叫が響き渡るのだった。

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