第2話 調理場のカトーさん。

 女神たるアクアに多大な便宜を図ってもらえる事になった俺こと加藤かとう 飛鳥あすか


 俺は今、慣れた手つきで蛙肉をから揚げにしながら多大な便宜こと俗にいうチート的な能力をくれたアクアを思い出していた。


 そう、あれはアクアと友情を確認し合って、とにかく俺が欲しい能力候補を次々と挙げていった時のこと――



★・。・゜☆・。・。★・。・。



「――多すぎっ! いくらなんでも要望多すぎっ! 無茶言わないで欲しいんだけどー!」

「そうか? 生き残るだけじゃなくて魔王と戦うってことを考えたら、どれも必須な気もするんだが……まぁ本来は一つだけしかもらえないってのを考えれば欲張り過ぎっちゃあ欲張り過ぎなんだろうけどさ……」


「アスカの言う能力や神器を全部もってったら、そりゃあ魔王もイチコロでしょうね! でも流石の私も無茶をし過ぎたら怒られちゃう! 絶対怒られちゃう! ……うぅ……やっぱりアスカに便宜図るのやめようかな。もうこのまま送っちゃおうかしら。いいわよね?」

「おおぃっ!? そこは諦めんなよっ!? もっと頑張れよ女神様だろう! 水の女神アクア様なんだろう!? アクア様に二言は無いんじゃないのか!?」


「だ、だぁってだってだって! 創造神様を怒らせちゃったらとんでもないことになるし! アスカの言うの全部叶えたら間違いなく直接怒られるし! 私怒られるのイヤだしー!」


 涙目になって真剣に抗議を始めるアクア。

 そんな様子を見ているとコイツは本当に女神様なのか、ただの駄々っ子なんじゃないのかと認識が曖昧になってくる。


 その時、ふと閃く。


「……ん? ちょっと待てよアクア。」

「ん? なになになぁに?」


「俺がアクアに『今』与えてもらう能力が一つであれば問題ないんだよな?」

「うん。そうね。それならみんな平和で波風起きなくて私は幸せね。私が幸せなんだからアスカはきっぱり諦めてそうあるべきだと思うの。」


 アクアの催促は無視して言葉を続ける。


「例えばの話なんだが……俺の望む能力を『転移した後にアクアに色々と便宜を図ってもらえる能力』にしてもらう。なんていうのはダメなのか?」

「――はぁ?」


 アクアの顔を見るとハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。いや、むしろ『何言ってんのお前』と言わんばかりの表情のように見える。


「いやスマン、やっぱダメだよな。『願い事を一つ言え』に対して『願い事が叶う数をもっと増やしてくれ!』っていうようなもんだもんな。「それよっ! やるじゃないアスカ! とりあえずそれを試してみましょ!」悪い……えっ!? ちょ、マジでっ!?」


 どうやら『何言ってんのお前』ではなく『なんてこと思いつくの!?』の表情だったようだ。

 嬉々として動き出すアクアを見て、俺は少しアクアの事が心配になってきた。


 そう。


 この子はきっと『アレ』で『アレ』で『アレ』なんだろう。


 この後きっと、さっきから上司みたいな感じで名前の出てきていた創造神様とやらがお怒りになって、リアルにアクアにいかずちでも落とすんじゃなかろうか――


 そう思い、目を閉じてなにやら申請っぽい事をしているアクアからじりじりと距離を取りながら見守る。


 ――だがアクアは創造神様とやらに怒られる事も無く、無事に申請を通してしまった。

 海外旅行の時に適当な税関職員に対応されたように無茶な内容が通ってしまった現状に戸惑う俺は、嬉しそうなアクアにそのままアクセルの街に転移させられる運びとなった。

 もちろん俺としても結果的に最高の結果なのだから嬉しくないわけはなかった。



 だが、転移させられた直後のアクアの声にその気持ちは壊される。



『無事についたー? 馬鹿になってない?』

「おいちょっと待て! 馬鹿になるってなんだっ!?」


 転移直後、頭の中に響き渡るアクアの声。アクアの声が聞こえる事を不思議に感じる以前に、発せられた言葉の内容にとてつもない不安を覚え、つい口が勝手に動く。


 俺の目の前を通った子連れの親子が俺の声に驚くと同時に、すぐさまお母さんが『アレを見ちゃいけません』と言わんばかりに子供を抱えて逃げ、その様子を見て我に返る。


 どうやらアクアの声はテレパシーのようなもので俺にしか聞こえていないらしい。盛大に独り言をぶちかませば……そら不審者以外の何者でもないわな。


『えっとね。神パワーで言葉とか理解させると時々パーになっちゃう事があるのよ。あはははは。』


 ああ……もう……コイツは。どうしようもねぇ。


「……とりあえずは……大丈夫そうだ。いや……どうなんだろう……多少パーになってるかもしれない。」

『そう。よかったわね。』


 不安が襲い掛かってきそうになったが、アクアのどうでもよさげな返答で不安は霧散する。腹立つ。


『で、どうするの? 私は何をすればいいの? そろそろ次の人来ちゃうから、私その人の相手したいんですけどー。』

「あ。おう。悪いな。ただ……今、自分自身がどこに居るかもわからんくて混乱してるから、ちょっと待って欲しい。」


『じゃあ。はい【マップ】の能力。『マップ』って言ってみて。』

「? ……マップ」


 唱えた瞬間、自分の脳裏にインターネットで利用できるマップのような物がはっきりと浮かびあがる。

 マップは脳内で縮小拡大も自由自在。さらに地名、店名、マップ上の家の家主の名前、自分の居る位置、歩く人達の動きに至るまでわかった。


 さらに少し考えてみるだけで、マップ上から動く人のマークを消したり、地名以外を消したり、家や店を目的地登録したりする事も出来、さらにそのマップを3D化して自分の視界にリンクさせる事もでき、今、自分が街の何通りにいるか、目前の建物が誰の家かなどといった情報まで分かるようになっている。


「おおおっ!? 超ナビゲーションシステムっ!」


 また独り言を発してしまい通りゆく人に変な目で見られたが、もうそれどころじゃない。こんな能力便利過ぎる。流石女神製マップ! チートってヤツだ!


 3D化した視界リンクを外すよう念じ、マップ状態に戻して確認を進めると近所に『冒険者ギルド』の名前を発見。

 これはもうセオリーに乗っ取って向かうしかないとテンションも上がる。アクアが『まだー』と言う言葉も忘れて冒険者ギルドへと向かうことにした。


 そして意気揚々とギルドに乗り込み、冒険者登録を申込み――金が無い。


「おいアクア! 金が無い!」

『流石にお金を用意とか現物は無理だよー。』


「えっ? ……えっ!? …………ええっ!!? ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待って!! じゃ、じゃあ神器とかは!? 絶対防御的な盾に、なんでも切れる剣! 魔法を跳ね返す鎧とかっ!?」

『もちろんムリに決まってるじゃない。何言ってるの? せいぜいアスカ自身を変化させるくらいしかできないわよ。』


 俺はその場に崩れ落ちた。


 アクア様。 あぁアクア様。

 あんたやっぱりアクア様だよ。


「ホーリーShitっ!」

『……と、とりあえず、なんだかわかんないけど……いい事があるように【幸運】を、めいっぱいに上げておくわね。うん。上げちゃう。

 あっ、でもちょっとコレの反映させるのは少し時間かかるから待っててほしいな。私がいじるよりも後輩にいじってもらわないと最大まで上がらないだろうから――ちょ、ちょっと行ってこようかしら。』


「ありがとうございます……ちょっとだけ………一人にしてください。」


 蚊の鳴くような声でアクアに礼を言う。

 するとアクアも察したのか声がしなくなっていた。


 ――金も無く、心が半分折れた俺がとりあえずマップを見るとエリス教会という名前が目についた。


 アクアという女神様が居たのだから、この世界の神様もきっと居るはず。

 そう思い少しの希望を胸に救いを求めてエリス教会に向かってみる。


 教会に到着すると、そこに居たシスターはとても慈悲深く、何も知らない俺に対してじっくりとこの世界についてを教えてくれた。

 どうやらシスターは元冒険者らしく、お金の稼ぎ方、お金が無い時の過ごし方に、冒険者の生き方、自分が経験したナイト職の生き方に至るまで、懇切丁寧に説いてくれて、そのおかげで荒んだ俺の心は少しずつ癒されてゆく。


 そして俺が興味本位で『アクア』の名を出した事をきっかけに、アクシズ教という狂信者の集団。そしてアクシズ教徒が崇める女神の名を知った。


 ……『アレ』は、やはり『アレ』だったのだ。『アレ』には必要以上に関わらない方が良いかもしれない。


 それに対してエリス教は素晴らしい。

 そんな事を思っていると『アレ』の面倒臭さを一切隠さない声が聞こえ始める。


『ちょっとちょっとー。まだなのー? 私はもう後輩にお願いし終わっちゃってて待機状態にも飽き飽きしてきてるんですけどー。』


 やはりエリス教は素晴らしい。


 だけれども俺は現状ではアクアに頼らざるを得ない以上、背に腹は代えられん。

 シスターから学んだ事、そしてアクアの扱いをしっかりと考えながら恵んでもらった冒険者登録料を持って心新たに再度ギルドへ向かい、その道すがらアクアに望みを伝える。


「俺もとりあえずこの世界についての話が聞けて、なんとなく分かってきた。モンスターも多いらしいし神器や神具が無理でもなんとか防御を固めたい。さっき幸運をいじるとか俺自身をいじる事はできるって言ってたし、もし俺のステータスをいじれるのであれば、せめて死なない為に防御を上げてもらう事はできるか?」


『うん。いいわよ。ぐいぐいあげちゃお。』

「えっ? あ。うん? ……ありがと?」


 アクアの言葉に一抹の不安を覚えた。

 身体構造に関わりそうなもんを、ぐいぐい上げてもいいもんなのか? ねぇ。本当に? 本当に大丈夫なの?


「あの、一応、身体発信での問題が起きない程度におねが――」

『終わり―!』

「……ん…………ありがと。」


 怖いがとりあえず不調は感じない。

 大丈夫そう。

 よかった。


 とりあえず、アクアが適当そうに、やっつけ仕事をな感じでやってる今なら色々無茶も聞いてもらえるかもしれない。後になればなるほど『やっぱりダメだって』ってなる可能性は捨てきれない。

 焦る気持ちを隠しつつ続ける。


「あ、後。この世界では『スキル』が物を言うことが分かった。そのスキルを覚える為にはスキルポイントが必要な事も。

 このスキルについては冒険者という職業だけが全スキルを覚える事が出来るが専門職の使うスキルよりもずっと弱いスキルになってしまうらしい。

 まさに冒険者は広く浅く、専門職は狭く深く。だな。」

『へ~。 で?』


 まったく興味なさげなアクアの声。


「お、おう……であれば、スキルポイント無限沸きとか――」

『無理』


「即答ですか。」

『当たり前でしょ?』


 もちろん難しいかもしれないと思っていたので、すぐに腹案を出す。

 何事も一番無理そうな事を始めに出せば次のハードルが下がるものだ。


「じゃあ【スキル取得簡略化】とか【レベルアップ簡略化】は? 通常のポイントの半分以下でスキルが取得できたり、レベルアップが簡単になるとか。」

『ん~……?』


 悩むって事はできる余地があるって事だ。今だ! 畳みかけろ! そう俺の中で何かが呟いた。


「それと【スキル効果倍増】なんてものがあれば、流石アクア様! って感じなんだけど。」

『いいわ! 【成長促進】【効果は抜群だぜ!】も付けてあげる!』


「さ、流石アクア様っ! あと【魔力の増強】と、この世界の【食べ物の知識とか料理法】も、どうか宜しくお願いします。なにせ食べて大丈夫な物とか分からないと死んじゃうしさ! ねっ! 女神の中の女神ことアクア様!」


『ふふん。このアクア様に任せておきなさい! 【魔力強化】……と【料理上手】ね。

 ――あ。お客さん来たから、今日はここまでね。』

「お? おう。」


 アクアのシャットアウトによって強制的に頼みごとタイムは終わりを告げ、俺は大人しくギルドで冒険者登録を行うことにした。


 どうやらアクアのステータス調整は終わっていたようで、珍しいくらいの防御力の高さと魔力の高さ、そして更に異常な程の幸運値を驚かれ『クルセイダー』を窓口のお姉さんに勧められたが、シスターの話を聞いて全てのスキルを覚える事ができる冒険者にしようとあらかじめ候補を絞っていたので断り冒険者にすると露骨に残念そうな顔をされてしまった。


 あまりにあからさまな落胆ぶりに心苦しくもあったが、狭く深くな職業ではなく、広く深くを目指したいから仕方ないのだ。


 こうして無事登録を終え冒険者カードを手にし眺めてみると、異世界に来たのだという実感がわいてきて心が奮い立ってくる。


「よしっ! これで俺の冒険者人生が始まった!」


 そうやる気に満ちた心で強く拳を握る。



 ドンガラガラガラ! ガッシャーン!

 バリバリバキバキグシャボエー!



 突然の轟音。


 驚いて窓口を見る。すると窓口のお姉さんも驚いていた。

 轟音はギルドの裏方の方から響いたようで、薄く聞こえてくる喧騒に耳を澄ます。



「あぁ! なんてこった料理人がぶっ倒れた!」

「おいちょっと待て! もしかして、さっき自慢してた『物凄く美味いけど食ったら2週間は眠りから覚めない茸』を食ったんじゃないか!」


「ああん! 嘘だろ!? 『物凄く美味いけど食ったら2週間は眠りから覚めない茸』が無くなってるっ! 『物凄く美味いけど食ったら2週間は眠りから覚めない茸』なんて食ったら2週間の間こいつはどうやっても起きないぞ! ただでさえ人手不足で戦場な厨房で欠員が出たらもう戦場ってどころじゃねーっ! でもコレほんっと美味いんだよなチクショウ! あああ! 誰か代わりはいないのかっ!?」



 ……どうやら後先考えない料理人が居たらしい。

 そして俺は、アクアに頼んで【料理上手】の能力を手にしていて幸運はぶっちぎり。


 となると……この状況は……


 窓口のお姉さんに向き直る。


「俺……料理できるんですけど……良かったら手伝いましょうか?」



 そんなこんなで、俺は調理テストを受ける事になったが、スキルのおかげで無事テストをこなし調理スタッフとして手伝う事になった。

 そして、今に至る。


 調理場は朝も昼もそこそこに賑わい、夕を過ぎると冒険者達が大挙して押し寄せてきて酒を飲んでは長居するから、かなり忙しく夜遅くまで働く状況。


 幸いな事にギルドが寝床を用意してくれているし食い物も提供する側だけあって売るほどあるから食う寝るには困らない生活をさせてもらえていて助かる。

 むしろ、この恵まれた環境は『料理人……テメーを逃がさねーぞ』と暗に言われている気がしないでもない。


 慣れない調理場に調理道具という事もあり、馬車馬のように働く俺には中々落ち着いてアクアと話す事も出来ず、仕事の疲れから他のスキルについてゆっくり検討する事もできない日々が続く。

 そのため、固有スキルも最初に貰って以降は増えていない。


 そうこうして、ようやく調理場にも慣れて余裕ができた頃、毎日一言二言声をかけて来てくれていたアクアからの連絡が一切無くなったのだった――

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