このすばになろう(旧:めぐみんは俺の嫁っ!!)

卯月 風流

第1話 序章

「ようこそ死後の世界へ。

 私は、あなたに新たな道を案内する女神。

 加藤かとう 飛鳥あすかさん。

 あなたは本日午前11時07分に亡くなりました。

 ……辛いでしょうが、あなたの人生は終わったのです。」


 暗い世界から目が覚めると、俺の目の前には濃い水色の長い髪を後ろに結わいた美しい女性が豪華なイスに座っていた。

 辺りを見回すと、足をつけているはずの地面も魔法陣のような模様が淡く光を放ち、中空は宇宙を感じさせるような空間が広がっている。

 その非現実的な空間に、自分が知っている世界とはまるで違う世界に入り込んでしまっているのを否応なく感じさせられた。


 そして、何よりも美しさと神々しさを感じさせる女性。

 不思議と自分の中に落としこまれた言葉にあった『女神』という単語も、かくありき。と納得できてしまう。


 そんな女神に告げられた死亡宣告。


 自分自身にも死ぬ直前の記憶があるから間違いない。


 その記憶は――


 思い出そうとすると、恐怖が襲い掛かってきた。


 俺はたまらず自分の身体を抱きしめながら、その場に崩れ落ちる。

 身体も意思とは関係なく震え始め、俺の制御はもうきかなくなっていた。


 ――圧死。


 俺はついさっきまで会社で新人の指導をしていた。


 溶接の為に天井クレーンで持ち上げていた製造途中の産業機械。

 その持ち上げた機械の下に新人のバカが居て……俺は直感的に新人の危険を感じて新人の作業着を引っ張った。

 俺の直感は正しく、その機械が……


 ……本当に一瞬の事だった。

 痛みを感じる間も無かった。


 だが、俺にはタキサイキア現象という、俗にいう周りをスローモーションに感じる現象を感じ、ゆっくりと自分の身体がつぶされるような感覚を感じてしまっていたのだ。


 ゆっくりと自分の身体が壊れていく感覚……あれほど恐ろしい物はなかった。


 ――どれくらいの時間が経ったのか震えが収まり手の自由がきくようになって、辛うじて落ち着きを取り戻した俺はようやく女神に口を開く。


「アイツは……あのバカは…大丈夫だったんでしょうか?」

「えぇ。あなたのおかげで傷一つありません。」


「……そうか……良かった――」


 俺は死んでしまった。これはもうどうしようもない。

 だが、その代わりにバカの命を救えたのだ。

 これだけでも俺自身の死が無駄ではなく救いがあったような気がしてくる。


 俺が完全に落ち着きを取り戻したのを見て女神が声を発した。


「……さて、死んだ貴方には、いくつかの選択肢があります。」

「選択肢?」


「えぇ。天国へ行くか、もしくは日本で生まれ直すか。」

「天国……ですか?」


「そう。天国。肉体という呪縛から解き放たれ、精神体として争いの無い世界で永遠に平和に過ごせるの。」

「……精神体? 永遠?」


 女神の言葉に顎に手を当てて考える。


「精神体って事は……」


 言葉を続けて良い物か悩んでいると、したり顔かつ、どこか見下した感じの目を向けながら女神が口を開く。


「そうね。もちろんエッチな事なんて何一つできないわ。なんせ身体がないんですもの。しようにもできない状態ね。大丈夫。そもそもそんな事したいって気持ちすら起きなくなるから。」


「……マジか。」

「マジよ。」


「永遠?」

「永遠。」


 精神だけで欲求が生まれず、死の無い永遠の世界が天国?

 ――それは永遠の牢獄……地獄なんじゃないか?


 女神は俺の様子を気にすることなく少し鼻を鳴らしてから続ける。


「次の日本で生まれ変わる場合は、ちゃんと肉体があるわよ。

 でも生まれ変わるわけだから、もちろん今のあなたの記憶は全て無くなるわ。」


 女神の言葉は俺に大きな衝撃を与えた。

 『記憶が無くなる』という事は、それはある種の『俺自身を殺す』という事に他ならないのではなかろうか。


 永遠の牢獄か、殺害。


 この女神は俺にそんな二択からどちらかを選べと言うのか? 本当は悪魔なんじゃないだろうか。

 恐る恐る女神に質問する。


「……ほ、他の選択肢はないんですか?」

「あら~? 天国か生まれ変わり。人が選べる最高の選択肢だと思うのだけれど加藤さんはこの選択肢がご不満なのかしら~?」


 少しニヤつくような顔の女神。

 さっきからニヤニヤニヤニヤしやがって。流石に少しイラっとする。


 気持ちを落ち着かせる意味でも、いったん身体を動かし顎に手を当てて考える。気持ちを落ち着かせてみると、この女神の俺を小馬鹿にしたような雰囲気は、実は何か裏か他の策があるからこそ漏れ出た余裕があるような気がした。


 どちらかを選択しても地獄の選択肢に、なにか腹案のありそうな面倒臭そうな女神。


 あぁ。もう。

 どっちにしろ死んだ身の上。面白半分に鞭打たれるのであれば……いっそのこと――



「じゃあ、俺。どっちも選択しません。ここに居座ります。」

「ん? はっ? えっ?」


「その選択肢だと、どっちを選んでも良い感じにはならなさそうなんで、それならここで綺麗な女神様と過ごした方が幸せそうだし。」

「ちょ、ちょっと待って! 確かにこのアクア様は魅力的だろうし夢中になっても仕方がないとは思うけれど! それはダメよ! この後もどんどん詰まってきてるし! ダメダメ!」


「いや、俺は別にそちらの都合とか知らないんで。さっきの2択しか選択肢ないんでしょ? それならこのまま魅力的な女神様の近くの方が幸せですし。あわよくばですし。おすし。」

「ちょっと! あわよくばって何考えてるの! やめてよ! 変な事考えないで! 分かったから! ちゃんと別の選択肢もあるから! お願いだから変な目で私を見ないで!」


「ほう? 別の選択肢?」

「あーもー! ……そうよ。今、日本とは別の世界でちょっとマズイ事になってるのよ。なにかって言うと、その世界には俗に言う魔王軍ってのがいて、その世界の人類みたいなのが随分数を減らされちゃっててピンチなの。」


「……なんかゲームみたいな状況?」

「そう思ったら理解しやすいでしょうし、そう思ってなさいな。」


「んっ? まさかとは思うけど……」

「あら察しがいいわね。そうよ。その世界で死んじゃった人類が、そんな魔王の居る世界で生まれなおすの嫌だってわがまま言いはじめて生まれ変わるのを拒否し始めたから、そこに別の世界から生まれ変わりをあっ旋してるのよ。」


 女神の腹案の内容に呆れ返り、ほうけた顔で女神を見つめる。

 俺の視線に気が付いた女神も口を止め『何変な顔で見てんだよ』的な表情へゆっくりと変わっていく。


「それ別の最悪の選択肢が増えただけじゃねーか! つっかえねー!」

「なによ!? まだ話の途中じゃない! 全部聞きなさいよっ! 全部聞いてから考えなさいよぉっ!」


「はっ! どうせ魔王と戦えってんだろ? 碌なもんじゃねぇっ!」

「そりゃそうだけど、ちゃんと特典が付くの! 肉体と記憶はそのままの状態であっちに行けるし何か一つだけ向こうに好きな物を持って行ける権利を上げるの! 強力な固有スキルだったり神器だったり! どう? すごいでしょう!? それさえを持っていれば、その世界の人類達みたいに、そうそう簡単にポンポン死ぬことはないし安心でしょ?」


 過酷な別の世界というデメリットに対して、俺のまま生き返れるわけだし、さらに強力な生きる術までもらえるというメリット。

 この女神の提案内容は一理あるし、ここに居座り続けるという選択よりも検討の価値はあるように思える。


「……待てよ……別の世界って事は言葉や文字なんかは?」

「それは神パワーで問題ないわ。言葉、文字だけでなく通貨なんかも理解できるようにしてあげる。」


 ――ますますもって悪くない。

 なんとなく地の性格が見え始めている女神ではあるけれど、この第三の選択肢は悪くない。


「――好きな物を持っていける?」

「そう。好きな物。」


 再び顎に手を当てて考える。

 魔王軍と戦っているんだから……


「じゃあ、名前を書いたら死ぬデ○ノート」

「馬鹿なの?」


 the ノータイム返答。


「はぁっ? 好きな物って言ったから好きな物を言ったのに馬鹿扱いされるんですか!? 魔王の名前書いたらイチコロで平和になるのに、それがバカなんですかー? ねぇー!? それと馬鹿って言う方が馬鹿って言葉知ってますかー?」

「あー! 何よその言いぐさ! カチンときたーっ! 物には限度ってものがあるでしょう!? それに私は女神なのっ! なにその死神に頼むようなものとかやめてくれる? 私を汚さないでほしいんですけど!?」 


「はっはーん。なるほどなるほどー。死神にも劣る女神様なんですね。わかりますん。」

「なにアンタ? もしかしてもしかしなくてもケンカ売ってるのかしら? このアクア様。売られたケンカは買うわよ?」


「えぇー!? 女神様なのに暴力的ー。うわー『女神様』のイメージ崩れるわ~。 あぁ。そっか戦争とか血の女神様なんですね? わかりますん。」

「いちいち腹の立つ人ね! 私は水よ! 水の女神アクア! 恐れ入ったらひれ伏しなさい!」


「ははー! 水の女神アクア様ー。死神にも勝てない水の女神アクアサマー!」


 突如アクアは激昂する事をやめ、ニコリと微笑む。

 俺もそれを見て、ニコリと微笑み返した。


「ゴッドブローーーっ! ゴッドブローは女神の怒りの拳! 食らった相手は死ぬっ!」

「既に死んでますー!」


 ただのパンチだったので避ける。


「避けるな! ゴッドブローーっ!」


 女神様との追いかけっこが始まるのだった。



 ★・。・゜☆・。・。★・。・。



「は、はぁ……ハァ…………あんた…中々やるじゃない……」

「ふ、ふぅ……ハァ……ゼェ……アクアも…な……」


 30分程全力で鬼と化した女神との鬼ごっこが開催され、お互い肩で息をしながら見つめ合う。見つめ合ったアクアの目からは、もう敵意など感じられなかった。


 よろ、よろ っと歩み寄る俺とアクア。


「「ふんっ!」」


 がしっ!っと固い握手が交わされる。


「やるじゃない……私をここまで本気にさせるなんて、そんな相手は久しぶりよ。」

「へへっ、俺も久しぶりに本気で走ったぜ。流石女神アクア様だな!」


「ふふっ」

「へへっ」


「「 あっはっはっは 」」


 声を出して笑い合う。

 そこには既に憎しみは存在しておらず、ほのかな友情さえ芽生え始めていた。

 笑いにより刺激され、ほのかに出てきた涙を指でぬぐいながらアクアが口を開く。


「あ~。もう。わかったわ。わかったわよ。流石にデスノートはダメだけど、私が出来る限り便宜を図ってあげるわ。」

「いいのか? あまり無理させるのは心苦しいんだが?」


「今更何言ってるのよ。私はアクア様よ。女神アクア様。あなた一人の便宜を図るくらいでどうにかなると思っているのかしら?」

「へっ、まったく頼もしい女神様だぜ。」



 ★・。・゜☆・。・。★・。・。



 アクアと話し合い便宜を図ってもらう内容が決まった。


 能力を手に入れた俺は魔王の居る世界へと飛ばされるべく、アクアの女神の力でまばゆい光に包まれながら空中に浮かんでいる。

 力を行使すべく目を閉じているアクアは、やはり女神の名に相応しい美しさを称えていた。そんなアクアの目がゆっくりと開く。


「じゃあね。気をつけなさいよ。次にアスカが死んでも、もう管轄が違って私の所には来れないんだから、いくら私に会いたくなっても死んじゃダメよ。」


 見た目女神でも口を開けばアクアだった。

 その様子に、つい失笑する。


「はっ。ぬかしおる。」


 言葉と共に右手人差し指でアクアを指しウィンクをすると、アクアも口角の片方だけをあげて微笑み、俺に指を指し返してウィンクをした。


「私が頑張って色々してあげるんだから、しっかり頑張りなさいよ。」

「おう。いっちょ頑張ってみるぜ。」




 ――――こうして俺は、冒険者の街。アクセルに降り立った。




 そして


 今


 俺は冒険者ギルドで料理人のバイトをしている。

 

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