なんでもない君の誕生日を
考えるだけ無駄だ。
そう、きっとなんの意味もない。気まぐれ、思いつき、暇潰し。きっとそうだ。
切り分けられた苺のショートケーキも、こんがり焼かれたチキンも、甘い匂いのシャンメリーも、やかましい音だけ鳴らして部屋を散らかしたクラッカーも、絶対に意味なんてない。
「……なにしてるの?」
「ユキちゃん、誕生日おめでとう!」
「誕生日じゃないけど?」
頬を指先で掻きながら「まあそうだよね」なんて、ネコさんは言う。馬鹿みたいなことをしてる自覚があるのか、声はどこか頼りない。なんとなくやりにくくて、息を吐いた。
時刻は午後六時きっかり。この時間に事務所へ来てほしいなんてネコさん直々に言われたけれど、用件がこんな突拍子もないこととは誰が思うだろう?
「いやぁ、ユキちゃんの誕生日教えてくれないから、いつ祝ったらいいかわからなくて」
「そもそも、祝わなくていいよ。誕生日って嫌いだからさ」
「そうなの?」
まんまるの目を更に丸くして驚くネコさんに頷く。今に始まったことじゃないけど、ネコさんはわかりやすい。その単純さ、素直さは美点でもあると思うけど、いつか痛い目を見そうで少し怖い。
ネコさんが痛い思いをしたところで僕は何もわからない。わからないからこそ。
「だから別に、無理に祝おうなんてしなくていーよ」
「うーん……でもほら、用意しちゃったしさ」
ほら、の声と共に指されたテーブルの上。僕とネコさんの二人だとしても、少し多めにと用意された食べ物を前に、眉間に皺が寄るのがわかった。食べ物に罪は無いし、食べるのは別に構わない。僕のためにと用意してくれた気持ちは、ネコさんには言ってやらないけど嬉しい。
でも、だけど、だってさ。
「……誕生日、嫌いなのに」
ぽつりと言葉を漏らす。なるべく辛そうに。ついでに物悲しそうに、痛そうに口から零してやる。そうすれば思った通りに、ネコさんが慌てたみたいな顔を浮かべるのがちょっと面白い。
ほんのちょっぴり気が晴れた。
祝われるのは相変わらず嫌いだし、もう二度とこんなことしてほしくないのは本音。より効果的に、ネコさんに釘を刺すのならこれが一番だ。
「でもね、ユキちゃん」
さっさと座って食べようかな、なんて考えていたらネコさんは僕の手を両手で掴んだ。簡単に振り払えてしまいほうなほどか弱い力加減で、痛くもなんともない。縋るような手つきでもないのに、その手がどうしても振り払えやしなかった。
それ以上に、僕自身が戸惑って、恥ずかしいなんて。
「ユキちゃんが生まれてきてくれて、私はすごく嬉しいよ。生まれてきてくれてありがとうって。ユキちゃんは嫌だろうけど、私はユキちゃんが生まれたことが嬉しいんだ」
「……それは、えっと」
「生まれてくれて、出会って。思い出を一緒に作れることがとっても嬉しいの。その事もね、祝いたいんだよ」
予想してなかったわけじゃない。
ネコさんのことだから、何かしらのアクションを起こすとは思っていたし、誰かにおめでとうって心から言える人だ。そのくらいわかってた。
ただ、本音みたいに聞こえる言葉が、思ったより受け止めるのが難しい。歯が浮きそうな台詞を言うんじゃないかって思ってたし、実際そうだった。推測通りの展開だ、ここから軽く流してやってさ、鼻で笑ってやればいい。なのに、僕の顔に熱が集まるばかりで声すら咄嗟に出なかった。
今は少しだけ、ネコさんの顔が上手く見れない。必死な顔してるんだろうな、って言うのは伝わるし、からかっただけだよってせめて言ってやらなきゃいけないんだけど、それ以上に、言われて恥ずかしい、とか思っちゃって。
「……手、離して」
絞り出せた言葉はたったの五文字。
か細くて、弱々しい声だった。
「あっ、ごめん!」
「大丈夫。あと、ちょっと静かにして」
「ごめんね……なんかこう、言わなきゃって思って」
「もういーから。わかったから。伝わったから。ちょっと黙ってて」
「でもさぁ」
「ネコさん」
「…………」
やっと黙った。掴まれていた手を解いて、自分の顔に手を当てる。そのまま深呼吸を一回、二回。
手のひらで触る自分の顔が熱い。ほんとに恥ずかしかった。手を握られることもそうだけど、真剣な顔であんな言葉を言われるのは慣れていないし、ここまで心に響くなんて思ってなかった!
「……ネコさんの苺、くれたらいーよ」
「いちご?」
よくわかってないネコさんの横を通って、テーブルの前に座る。深く沈むソファの柔らかさが妙にむず痒かった。
フォークを取って、ケーキの上に乗った苺に刺す。苺の時期じゃないからか、実が固い。
「今日だけでたくさん嫌がらせしてきたネコさんを、苺一個で許してあげるって言ってるの。わかった?」
「えっ、う、うーん……」
「わかった?」
少しだけ強めにもう一度。ネコさんは困ったみたいに笑って頷く。
「わかったら、もういーよ。ほら、さっさと座って」
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