夜に食べるご飯は美味しいとかなんとか

 

 とんとんとん。

 ぽとんぽとん。

 ぐつぐつぐつ。


 お母さんの音がする。


 ゆっくり身体を起こした。ふわふわのタオルケットがずり落ちる。

 欠伸を一つ、携帯を叩き起こして画面を見る。時間はまだ深夜の一時過ぎ。


「……おかーさん」


 ごろごろ、べたん。あんまり足に力が入らない。

 とにかくベッドから出て、廊下を歩く。電気はついてないけど、怖くない。ただお母さんの顔が見たいなって。

 少しずつ、足が早くなってる。ぺたぺた歩くのから、早足で階段を降りて、駆け足で廊下を抜けて。最後には飛び込むみたいな感じでキッチンを開けた。


「お母さん!」

「誰がお母さんだ」


 キッチンに立ってたのはもちろんお母さんじゃなくてらんらんだった。暗いところに居たから、電気の明るさが眩しい。ついでに私に向けられてる長いお箸も眩しい。明るいとらんらんの金髪がきらきら輝いて綺麗だなって思うけど、お箸を人に向けるのはお行儀悪いんだ。


「……らんらん、何してるの?」

「らんらんじゃなくてライカな」


 ぐつぐつなにか煮込む音。ぺたぺた近付いて、中身を覗き込んだ。

 じゃがいも、たまねぎ、にんじん、とりにく……。カレーか、シチューかな。


「カレー食いたくなってな。起こしたなら悪かったな」


 カレーみたい。そういえば、今日の夜ご飯はまだ食べてないっけ。

 ちょっと気分が乗ったから張り切って練習しちゃって。帰ってそのままだらだらしてたら寝ちゃったんだっけなあ。


「気にしてないよー。ていうか私もカレー食べたぁい」

「寝起きで食えんのかよ」

「天才様だからね」

「天才関係無くねえか」


 鈍く折れた音。パキッ、っていうより、ぽくっ、ていうか、ぽろっ、とろっ、ぺしゃん。さすがに違うか。


「カレールーだ」

「カレールーだな」

「普通だね」

「スパイスからやれと? 時間ねぇし事故るぜ、それ」

「ダメダメだなあ、らんらんは」

「らんらんじゃなくてライカ。つか、あんたは出来んのかよ」

「天才様が出来るわけないだろ!」

「威張って言うな、威張って」


 キッチンいっぱいにカレーの匂い。おいしそう。

 不意にぴーぴー言い出す炊飯器。お米炊いてたんだ。らんらんはぐるぐるお鍋をかき混ぜて、炊飯器は無視してる。


「ご飯混ぜないの?」

「ちっと放置しとけ。蒸らすから」

「なんで?」

「……なんでだろうな?」


 特に深い意味は無いみたい。だったら!

 天才様はお皿としゃもじを装備した!


「らんらんどれくらい食べる!?」

「ライカだっつーの。……あー、俺が食いそうなくらい適当に盛ればいいんじゃねえか」

「おっけー任せろ!」


 疲れてるみたいならんらんの「テンション高ぇな……」って言葉を聞きながら炊飯器を開けた。ほんとうにちょっぴりだけど、お米の甘い匂いがする。でもお米は真っ白。


「なんで黄色くないの?」

「サフランライスにしてる暇無えから」

「なんか入れるだけじゃん!」

「俺がやると紫色になんだよ」

「えっ、なにそれこわい」

「知るか」

「むむ……でも、それもある意味才能だね!」

「嬉しくねえフォローだな」


 私の分は少し。らんらんにはたっくさん! お皿いっぱいお山にしてみました!


「遊んでんじゃねえぞ」


 あ、はい。

 でもらんらん、たっくさん食べるから、とりあえずカレー掛けれるくらいまで減らしてみる。足りないならおかわりすればいいもんね。


「でもカレーは普通だね」

「あ?」

「黄色くする粉入れるだけなのに紫色になるって」

「カレーはまともに作れんだよ。切って煮込むだけ。練習もしたしな」

「シチューも作れるじゃん」

「シチューはへどろみてぇになった」

「ルー違うだけじゃんー!」

「近所迷惑」


 お皿を渡して、カレーが掛けられた。やっぱり美味しそうな、スパイシーな匂いがする。お米とカレー、お皿に半分ずつ。

 私の分を受け取って、らんらんの分を渡したらじとってした目で見られた。いや、見えないんだけど。髪邪魔で見えないけど、じーって見られてる気がする。

 そんなに量多いかな。結構減らしたはずだけど。

 はぁ、ってらんらんは溜め息を吐いて、大人しくカレーを掛けて渡してくれた。見た目はなんか、丼物みたいだ。


「スプーンとお茶は任せたー」

「へーへー。ほら、さっさと運べ」


 両手にカレー、落とさないように気を付けて。

 リビングのテーブルまで持ってってことん、ことん。ランチョンマットとかは残念、天才様は使わないのだ。

 とりあえずらんらんが来るまで座って待ってる。そういえばカレー、辛さってどれくらいだろ。あんまり辛いと食べれないなあ。


「ほら、天才様。とりあえずスプーンやるよ」


 横からにゅっと伸びてきた腕。天才様にスプーンを握らせて、水滴でべちゃっとしたコップを二つことん、ことん。

 使われてたお盆をテーブルに置いて、らんらんも席に座った。


「お茶じゃないのかよー」

「自分で出せ」

「はーい」


 スプーンを親指で挟んで、両手を合わせて、


「いただきます!」

「いただきます」


 この時間からカレー。デブ活。

 ……美味しいものはいつ食べたっていいよね。それに今日はまだご飯食べてないし!

 カレーを食べるより先に、お水を飲んで、改めて。


 お米とカレーの中間を掬って、頬張った。ぴりっとしたカレーの辛さと、溶けたじゃがいものとろっとした少しの甘さが口に広がる。

 びっくりしたのは思ったより辛くないこと。甘口ってほど辛みがないわけじゃないけど、中辛ってわけでもない。どうしてだろう、なんて小首を傾げてると「カレールー、二種類混ぜたんだよ」ってらんらんに言われた。なるほど。


「おいひ……へろっ、あっふい……」

「食ったまま喋んな汚ぇ」


 もぐもぐ。ごくん。


「美味しいけど熱い!」

「カレーだしな」


 さっきまで煮込んでたし、なんて付け足して、らんらんはスプーンいっぱいのカレーを口に持ってった。

 私だってちょっと涙目になるくらい熱いのに、ペースが早くって、食べるっていうより飲み込んでるみたい。

 見てるだけでお腹いっぱいになりそうだけど、折角作ってくれたんだから残したくないな。


 カレーをもう一口頬張って飲み込む。やっぱり美味しくて、楽しくて、思わず笑っちゃった。


「ねえらんらん……じゃないや。ライカくん!」

「……なんだ?」


 カレーを食べる手を止めて、まっすぐライカくんを見る。時間は深夜、もう遅い。明日は遊びに行くからちょっと早く起きなきゃいけない。でも今、この時間が嬉しくて、気持ちがふわふわする。


「ご飯作ってくれてありがとう!」


 こんな気持ちになるのはライカくんがご飯を作ってくれたから。ならお礼の一つ二つは言わないと失礼だって。お礼を言うならちゃんと真面目に、誠意が伝わるように。

 あれ、これ誰に教わったんだっけ?


「……どういう風の吹き回しだ?」

「ひどーい! 天才様から百パーセントの誠意なのに!」


 ぺしぺしつま先でらんらんを蹴って抗議してると、急に吹き出して、ふるふると肩を震わせる。何が面白かったのかわかんないけど、らんらんにとっては面白いみたい。そっか。


「ふっはは……あー、どういたしまして」


 笑って涙が出たのか目尻に指を持ってって拭う様子を見て、なんだか安心した。私の誠意はきちんと伝わったかな?

 伝わってると、いいな。


「あ、ねえ。らんらんにとってカレーは飲み物なの?」

「んなわけあるかよ。……あと、らんらん言うのやめたと思ったら続けんのな」

「らんらんだしね」

「意味わかんねえ」


 こうしてるとらんらんと家族になったみたいだなって思う。今は一緒に暮らしてるからね! ……新しいお家が見つかるまでの居候だけど。家族じゃないけど、でも、一人でご飯食べるのってつまんないじゃん。

 だから、こうやって誰かとお喋りしながらご飯を食べるの好きだなー! って思うのです!

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