召喚(参)

 目を覚ますと牢屋にいた。


 身体が痛く、ベットではなく床に寝ているのを思うと優しく運ばれたって事はないな。


「……うぐぅ」


 胸が痛い。

 隊長が何かした衝撃で上半身がめちゃくちゃ痛い。


 ぶつかったのかソファーじゃなくてドアだったら死んでたんじゃないだろうか。


 起き上がる事叶わず、這いずってベットに移動した。


「……何で。……何でこうなった」


 随分と昔に枯れたと思っていた涙が零れる。


 俺が何をしたと言うんだ……。

 こんな目に遭うような事をしたのか?


 真守の最後の顔が鮮明に浮かぶ。


 涙や鼻水や涎でグチャグチャにあり、目には絶望と悲しみが見えた。

 そして、俺の顔も写っていた。


「うぅぅ……ぐぅおぉええぇぇ」


 吐いた。


 だが、何も出てこなかった。


 ……頭が混乱する。


「落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け……」


 震える身体を抑え、憑りつかれたように呟く。


 ダメだ……。


 もうダメだ……。


 あぁ、このまま狂えたらどんなに楽だっただろう?


 こみ上げるのは恐怖と絶望。


 ではなく、


 怒りと言う激情のみ。


「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”~~~!! クソッタレが~~~~~~~!!」


 神がいるとしたら一発殴るだけじゃ済ますモノか!

 気が済むまで殴ってやる!


 神に性別があって女性だったら結婚を前提にお付き合いを申し込んでやる!


「威勢が良いな……」


 隣から声がした。


 俺の他にも誰かいたのか……。


「誰だ」

佐々木ささき慎吾しんごだ。アンタは?」

伊藤いとうつぼみだ」

「そうか」


 そう言うと佐々木と名乗る男は黙った。


「何か用があったんじゃないのか?」

「名前を聞きたかったんだよ。……それだけだ」


 怒りや混乱が収まらない。

 知らない人に八つ当たりしてしまいそうになる。


「混乱とか怒りとか痛みで最悪なんだ。少し静かにしてくれないか」

「仕方ねーさ。俺の時もあったからな」

「っ!」


 その言葉で俺は少し冷静になった。


 この牢屋にいるってことは俺と同じ境遇の人って可能性が高いのを失念していた。


「……すまない」


 静かになる。


 そうか。

 この人も同じ目にあっていたのか……。


「お前は誰か知ってる人だったか?」

「いや……。会った事のない人だった」

「そうか……」

「アンタは知り合いだったのか?」

「……いや。俺じゃない。違う奴がな……」

「それはヒドイ……」


 考えられないな。


 今の俺でこの状況なんだ。

 想像できないし、考えたくない。


「……良い奴だな。お前」

「何だよ。当然……」

「俺は死んだのが、俺じゃなくて良かったと思ってるんだ……」

「……」


 考えてもいなかった。

 違うな。

 考える余裕が俺になかったんだ。


 もう少し冷静になったら分からない。

 それに俺はそんな良いヤツじゃない。


 世界に喧嘩を売れるくらいに不満を持った人間だ。


「すまない。気を悪くする事を言った……」

「……気にするな」


 今の状況じゃ仕方ないさ。


 それから佐々木さんと話した。

 日本にいた頃の話を佐々木さんは喋ってくれた。

 

 内容は奥さんと娘さんが好きかって事だった。

 聞いてもいない初めてキスをした場所やホテルを話されても俺としては盛り上がらない。


 俺の地獄の6年間とか裏切りの3年の話をすると佐々木さんはドン引きしていた。


 佐々木さんと喋って数十分が経過した辺りでガチャッという音がした。

 俺の様子でも見に来たのか?


「俺の番か……」

「佐々木……さん?」

「最後に楽しかった。……ありがとうな。伊藤」

「え? どう言う……」


 複数の兵士が俺の牢屋を過ぎると隣の佐々木さんの牢屋に止まった。


「出ろ。時間だ」

「あぁ」


 ガチャガチャという音がする。


 兵士の一人が持っていた枷を佐々木さんに取り付けているんだろう。


「行くぞ」

「引っ張るな。自分で行く」


 佐々木さんが俺の牢屋の前を通る。


「別れを言って良いか?」

「……少しだけだぞ」

「おい!!」

「構わんだろう。最後だ」

「後で何を言われても知らないぞ」

「あぁ。……早くしろ」

「悪いな」


 佐々木さんと俺は牢屋越しに対面した。


 佐々木さんはかなり痩せていた。

 ゲッソリと言った方が正しいかもしれない。


「伊藤。どうなるか俺も分からないが、次があるなら達者でやれよ」

「どういう事だ?」

「……じゃーな」


 俺の質問に答えないで去ってしまった。


 現状、どうすることも出来ないのにどうしろと言うのだろうか。


 その言葉を聞いた数時間後に俺は佐々木さんの言葉を意味を理解する。


 ガチャっとドアの開く音がした。

 そして一人の兵士が俺の牢屋の前で止まった。


「何の用だ」

「先ほどの男は死んだ」

「……クソが」


 ポツリと小声で呟く。


 心の奥底から怒りが再び込み上げてくる。


「死ぬ前に男が言った望みが受領された」

「……望み?」


 佐々木さんは日本に帰れたのか?

 いや、違うか。


 兵士が死んだと言っていたしな。


 それなら佐々木さんの望みって何だ?


「……お前は釈放となる。出ろ」

「はぁ!?」


 どういう事だ?

 なんで佐々木さんは俺を助けるんだ?


 少し会話した程度じゃないか。

 そこまでする義理も理由もないだろうに……。


「早くしろ」


 兵士が俺の服を掴み、引きずる。


 引きずられながら考える。


 俺を助ける理由を。


 いくら考えても分からない。


「これでお前は自由だ。……あの男からの伝言だ。『最後にお前に会えてよかった』だ、そうだ」

「い、意味が、分からない……」


 俺は混乱の最中にいた。


 いつの間にか外に出され、放り出されていた。

 最後の言葉を聞いてもあの人の心は分からない。


「忠告として城には今後一切近づくな。再び殺されたくなければな」


 そう言って兵士が俺に何かを渡した。


「一食分の水と食料だ」

「あ、あぁ」


 袋の中には栓のしてある樽とパンが入っていた。


「あの日が落ちる前にここを去れ」

「あぁ」


 そうか。

 そう言う事だったのか。


「じゃーな。本当にさようならだ。じゃーな」


 そう言って去っていく兵士の背中には牢屋で去って行くあの人と同じように見えた。


「さ―」


 俺が声を出す前に俺を出した扉がしまった。


 時は既に夕刻。

 とても眩しい夕焼けと異世界の街並みを見た時、佐々木さんの言葉が浮かんだ。


『次があるなら達者でやれよ』


 俺はあの人に救われたんだ。


 その事を実感した。


 それだけが分かった。


「っっっぁぁぁぁああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!」


 人生で初めて人に感謝して泣いた。


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