召喚(弐)

 真守のテンションが高いまま、一時間ぐらい経過した。


 牢屋がある部屋のドアの鍵が開いた音と共に、数人の足音がする。

 俺たちの牢屋は手前の方にあるが、ちょうど俺たちの牢屋の前で足音が止まり、牢屋の鍵が開かれた。


 数人の兵士っぽいのが入ってきたので俺は少し警戒を強め、真守は特に警戒もしていないようだ。


「こんな場所に入れてすまない。こちらの手違いであなた達をこんな場所にお連れしてしまいました」

「本当に申し訳ございません」


 胸ポケにぶら下がるバッチが多い兵士の中でもお偉いそうな、おそらくは隊長らしき兵士と俺たちをこの牢屋に入れた兵士が謝ってきた。


 ……2人とも目に感情が込められていない。

 ますます警戒心を強める。


「いやいや~。間違いは誰にでもありますから別に気にしてませんよ! 牢屋に入れられるって貴重な経験が出来て楽しかったです!」


 真守は気が付かないのか!?


「そう言って頂けると助かります。では、付いて来て下さい」

「おい! まも―」

「おや? 少し顔色が悪いようですね……」


 俺が真守に声を掛けようとしたら隊長が割り込んできた。

 俺はその隊長を睨む。

 だが、隊長は穏やかな表情とは裏腹に目が冷え切っていた。


 働いていた会社のトップの方々が俺たちを見る目と一緒だ。

 人を自分たちの道具としか思っていないような、そんな表情だ。


 一体何を企んでやがる……。


「そんな怖い顔をしないで下さいよ。ささ、こちらに」


 出口に行くように催促されるが、警戒した俺は動かない。


「おっさん。行こうぜ」


 そう言って真守が俺を牢屋の外で手招きする。

 警戒は緩めず、俺は現状どうすることも出来ないのを理解し付いて行くことにした。


 暗黒会社と同じ匂いがする。

 隙あらば逃げよう。


 牢屋を出て、前方が隊長で後ろが兵士と挟まれた状態で誘導される。

 隊長は前方を見ずに常に俺たちを見ながら案内を続ける。


「こちらに来て何も口にしていないでしょうから、お食事も用意されています。」

「うわ~。楽しみです~」

「お口に合えば良いのですがね」


 隊長の案内の最中、真守が隊長といろいろと話していた。


 と、言っても下らない事だ。


 エルフはいるのか。

 人魚はいるのか。


 等々。


 まったく、警戒の欠片もない。


 ……そうか。エルフはいるのか。


「こちらのお部屋でお待ちください。お食事をお持ちしますので」

「は~い!」

「……」


 終始、俺は兵士を睨んでいた。

 とても胡散臭い。


 何を企んでるのか。


「ここって俺とおっさんが初めて来た部屋じゃないか?」

「……そうだな」


 俺は部屋に入って真守の話を聞き流すと大きな窓に近づき、窓を開けよとするが、開かない。


「仕方ないな」


 俺は近くにある椅子をドアの前に引きずって移動させ、持ち上げる。


「おっさん!? 何を―」


 俺は思いっきり椅子をドアに叩き付けた。


 椅子がガラスを突き破る事を予想していたが、その予想は裏切られた。


 ガラスの手前の何かに当り、椅子が跳ね返ってきたのだ。


「あぶね!!」


 力が反射したように俺に目掛けて向かってくる椅子をギリギリで躱す。

 マジでギリギリだった。


「何やってるんだよ!? おっさん!!」

「逃げるんだよ」

「何で!」

「お前は気が付かないのか! 胡散臭すぎるこの現状に!」

「な、なに、キレてんだよ……」


 真守は俺が大きな声を出したことで少しビビッてしまったようだ。

 大人として少し大人げなかったな。


「ここは危険だ。お前も逃げるのを手伝え」

「わ、分かった」


 真守は理解しているってより、俺が怒ってるから従ってるって感じだな。

 現状で言い争いをする時間はないから助かる。


「ドアの前にモノを置いて奴らが入ってくる時間を少しでも確保しよう」

「あ、あぁ」


 ドアの取っ手をカーテンを結ぶ紐で結んだり、テーブルを移動させてその上や下にソファーなども積む。


「困りまるな」

「「!?」」


 俺のから不意に声がした。


 俺は後ろ振り向き、声の人物を確認した。


「一応、言っておくがちゃんとドアから入ったぞ? お前らは気が付かなかったがな」


 そこには先ほどこの部屋に案内した隊長がいた。


 俺は隊長から目を離さない。


 だが、頭の中はパニック状態だ。

 どうやってこの部屋に入ったのか。

 腰にぶら下げた剣を抜いている現状をどうしようか。

 何か言い訳を。

 どうしたら。

 どうやったら。

 何をしたら。


 そんな事を考えていると体長が口を開いた。


「……やはりお前が合格か」

「はぁ?」

「ギャァァァアアアアアアア!!」


 突如、横から悲鳴がする。

 横にいる人物が真守なのは知っているが、なぜ悲鳴を上げるのか分からなかった。


 隊長から視線を外し、横にいる真守を見ると左腕の肘から下が無くなっていた。


「は?」


 真守の腕からボタボタと流れる血とその臭いで吐き気がするが、意味が分からずに棒立ちしてしまう


「し、しししし死ぬ!! イヤだ! イヤだ!! 死にたくない!! 助けて!!お願い!!! じにだぐないいいぁぁああぁああああぁぁぁぁ」


 パニックになった真守は何故か隊長に近寄る。


「バカ野郎! そいつに近寄るな!!」


 何かしたのはそいつで、近寄ってはいけない相手だろうが!


「戻れ! 真守!」

「た、たす……たすけ……て……」


 俺の声が聞こえてないのか!?


「待て! お前、何をする気だ!」


 隊長は剣を振り上げた。


「おねがい!! じにだぐない……」

「や―」


 やめろ!!


 ―シュン。


 そんな音がした。


 その後に、


 ―ゴトッ。


 と音がした後に、ドサッと音がする。


 とても静かな部屋の中で、俺の耳にはその静けさが痛いほど怖かった。

 自分の血の気も引き、足腰に力が入らなくなりその場で倒れこむように尻を床に打ち付けた。


「今回も失敗か」


 隊長のその言葉が聞こえると同時に嗚咽し、胃の中のモノをその場にぶちまけた。


 なぜなら隊長が斬った真守の頭が転がって俺の近くまで来たからだ。

 俺はその頭を見ると目が合ってしまった。


 頭は真っ白だった。

 今になって自分の心臓の鼓動の音がする。


 真守の首と胴体が分かれた瞬間を俺は見ていた。


 音がしたと思ったら真守が死んだ。


 いや。


 殺された。


 目の前の男に。

 何の躊躇も無く。

 あっさりと……。


「目覚めなかったか。残念だ」


 その言葉に俺は言葉に出来ない感情が芽生えた。


 数々の理不尽を経験してきた俺でさえもそんな理不尽は知らないし、知りたくもない。

 命を奪ったお前が悲しそうな顔をしてんじゃねーよ。


 お前が殺した奴には家族とかいたんだぞ。


 妹と弟に自慢話が出来るって嬉しそうに語ってたんだぞ。


 被害者はこっちなのに何でお前が。


 お前が。


 お前が!!


「おぉぉまぁぁあえぇぇぇえがあぁあああぁあああ!!!!」


 俺は隊長に突進していた。


 考えるより先に身体が動いてしまった。


「鬱陶しい……」


 剣を握る方とは逆の手を俺にかざした。


「ガハァ!」


 肺に入ってる空気がすべて外に出る程の衝撃がした。

 ドアの方に吹っ飛び、積んであったソファーに衝突し跳ね返りゴロゴロと床を転がった。


 意味が分からない。

 何をした?


 何が起きたんだ?


「お前は再び牢屋行きだ」

「……クッソ……タレが……」


 俺は気を失った。

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