第3話 月曜日

月曜日が来た。週末は悶々と横手教授と見合い相手の事を考えていてあっという間にすぎてしまった。しかし中田くんは昨夜決意したのだ。


この一週間、横手教授が結婚したらどうなるのか具体的に想像してみて、心が折れたらやめる。耐えられそうなら続けるぞと。

ううう、ドンと来い!美人妻。妄想助手をなめんなよ。(ちなみに一応お伝えしておくと、横手教授はまだ見合いもしていない。中田くんは非常に準備のよい人間なのだ)


「おはようございます!」

隣の研究室の秘書にさわやか声をかけ、中田くんは今日も朝早くから研究室のドアを開けた。窓を開けて換気をし、コーヒーを沸かす。

横手教授の机を適度に片付けて適度に散らかしたままにしておく。これは学内で中田くんだけができる技である。スッキリ綺麗にすると横手教授は不機嫌になる。置いた場所がわかんなくなるのがイヤらしい。なので中田くんは、机を美しく水拭きしてから乾拭きし、元の資料から不要なもののみを抜いて机上を再現する。そして横手教授を淹れ立てのコーヒーと共に迎える。


「おはよう」

横手教授は今日もけだるそうだった。

ベージュのチノに薄いブルーのシャツ。本当にけだるいわけではないのだが、横手教授はなぜかいつもけだるい。特に朝は眠そうにしている。

「おはようございます」

中田くんがコーヒーを出す。2つめのボタンがとれかかっている…!横手教授のお母様は大ざっぱな人なので、横手教授のボタンはよくとれかけている。


中田くんはシャツに合う糸があったかな、と思いつつ想像してみる。特に変哲のない今日の服装が美人妻のチョイスでしゃれたネクタイなんかしてきちゃって、ボタンも取れずにいたとしたら…!中田くんの裁縫箱は用無しになる。なおかつ家で濃いコーヒー飲んで、スッキリした顔で出勤されちゃったりして。あぐ…!

中田くんは12のダメージを受けた(最大100)。

「先生、今日教授会なのでよろしくお願いします」 

「ん」

「あと今週は2本締切があります。火曜と木曜。木曜の方が伸びないやつです」

「ん」

コーヒーを飲む横手教授は新聞を読みながら中田くんの話を聞いている。今日は大学院の講義がある日なので少し忙しい。

中田くんは教授が講義に出かけた間にクリーニングを受けとり訪ねて来た業者の話を聞き、書類を三本完成させた。そしてコーヒーをランチ後に間に合うよう準備した。


教授が研究室に戻ってきた。月曜は近所のとんかつ屋に行くのが教授のスタイルである。ちなみに教授には特にこだわりはないが、いつの間にかそうなったらしい。

中田くんは再び想像してみる。愛妻弁当を持参する教授。おいしそうですね!と世辞を言う自分。あぐ…!

ちなみに中田くんは料理もできる。中田家は両親が離婚しているので小さい頃から中田くんは料理をしている。母はキャリアウーマンだが家事はろくにできない。愛情は注いでくれたので不満はない。「あたしが作るより美味しい!すごーい」とか「そうじもあたしよりキレイ!」とかうまいこと言われて、中田くんはいつの間にかスーパー家事ができる子になってしまったのだ。

自分だったら、横手教授の好みと健康のバランスをとって、今日ならポークチャップにする。横手教授は舌が子供だから、キャベツをマヨネーズであえて添える。卵焼きと彩りにはブロッコリーとミニトマト。少食だからおにぎりは小さめ。

無意味…!!無意味な妄想をしてしまった。中田くんが愛妻弁当を作る日は来ない。中田くんは25のダメージを受けた。


教授会の前にシャツのボタンをつけ直して、ジャケットを渡す。行ってらっしゃいと見送る。中田くんはどっと疲労感を覚えた。月曜からこんな事で、一週間持ちこたえられるだろうか。


教授会から戻った横手教授は不機嫌だった。中田くんは濃い目のコーヒーを出し、換気扇のスイッチを入れる。案の定、横手教授は煙草に火をつけた。(学内禁煙です)

「やってられねーな…文科省は何もわかってない」

横手教授は研究バカでぼんやりしていることもあるが、こと学問の事となると硬派だ。言うべきことは言うし、わかってない人には辛辣だ。

「文系の学問削ってばっかでどうすんだ、クソが」

中田くんは知っている。横手教授が誰よりも論文を書いていることを。文化人類学の若手としてはエースと言っていい。横手教授は言うだけの努力をしている。中田くんはそっと教授の好きなレーズンサンドを出した。コーヒーを飲みながら勢いでそれを食べていた教授は、食べてから好物に気づいた。

そして少し笑った。

「ありがとな、いつも」

中田くんは嬉しさのあまり涙がこぼれそうだった。

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