第2話 今回の問題の要点

これまでにも横手教授には、幾度となく結婚話が持ち上がった。研究バカとはいえ、健康で見た目のいい教授なのだ。見合いは数多持ち込まれた。しかし横手教授はいつも「忙しいので」とさらりとかわし、いつも通りの生活に戻った。


今回の結婚話がなぜ本気でまずいのかというと、断れない相手からの物だからだ。横手教授の師匠、T大比較文化研究アジア専攻の松山教授、つまり日本のアジア研究の首領である。

松山教授の姪が今回のお相手である。26歳、中高一貫の女子高からT大に進み、イギリスに留学し戻ったばかり。横手教授の研究をリスペクトしていて、今後は自分も研究(国際関係学らしい)を進めながら横手教授をサポートしたい…だと…!

非の打ち所がない…!


そう、非の打ち所がないのだ。これまで中田くんが倒してきた(直接手は下していない)アホ女子学生やメンヘラ大学院生とは違う。見合い写真も、これまで横手教授は見もしなかったが、今回は松山教授の手紙が入っていたので真面目に見ていた。(しかもそっと覗き見たところ、美人だった…!)


また、恐ろしいことに仕事ができそうではないか。中田くんのアイデンティティ「教授に最も役立つ人間」を、手料理や服装選びや盆暮れの付け届けやお礼状書きで奪うに違いない。(現在、すでに中田くんは手料理以外のほぼ全てをこなしている。ちなみに横手教授は未だ実家暮らしなので料理はお母さまが作っている)


あああ。どうすればいいのだ。


耐えられるかな?

中田くんは自問してみた。美しい妻が整えた服装で、横手教授が毎日大学に現れることを。大学に適当に置かれたネクタイやジャケットはなくなり、予定も自分で管理とかしちゃうのかな。今は中田くんが学会の予定も論文の締め切りも全て管理して、それに合わせた出張セットだって作っちゃってるのだ。


一週間。一週間想像しながらがんばってみよう。それでダメなら、辞めよう。辞めてロースクールでも入ろう。


そして中田くんの勝負の一週間が始まった。ちなみに何と勝負するのかというと、自分の想像とである。中田くんはアホではないので美しい見合い相手から教授を奪おうなどと思っていない。アホになれるならなりたいが、そんな根性は中田くんにはない。だから今週、あらゆるシーンで結婚したらこうなる妄想をして、心が折れたら辞める。

横手教授は誰と結婚しようときっと変わらない。だけど、中田くんは必死で自分が築いた地位が脅かされるのがイヤなのだ。こんなに頑張ったのに。もっと頑張れるのに、裏切られるのはイヤなのだ。勝手な話だが。


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