4話「やみをかけるぶらっくじゃがー」
泳げないウソを連れていくわけにもいかないし、ここで一人にするのも気が引ける。となると、おのずと選択肢は一つに絞られる。
「ジャガーが帰ってくるまで、ここで待つしかないね」
サーバルの考えに反対するフレンズは、一人としていなかった。きっとこれも何かの縁だ、一緒に遊んだり話したりしてたのしー時間を過ごすとしよう。
「ほんと!? わーい!」
無邪気に両手を上げて辺りを駆け回るウソ。その猪突猛進っぷりは、草木でさえ抑えることができない程だった。
「うっ……」
「ウソ!?」
ウソは、短い悲鳴を上げて姿を消した。どうやら、何かに躓いて転倒してしまったらしい。
「痛いけれどたーのしー! あはは!」
笑いながら転げ回るウソから視線を外した私は、彼女を転倒させた何かの方を見た。青くて小さな身体からは短い足と長い耳、それに尻尾が生えており、自力で起き上がれずにじたばたしている謎の生物。この子もフレンズなのだろうか?
「あっ、ボス!」
ボスは、サーバルの声には答えなかった。それどころか、一切の反応を示さなかった。
「知り合いなの?」
上から、暴れるボスを覗き込む。すると、ボスは黒くて大きな瞳をキラリと輝かせた。
「初めまして。僕は、ラッキービーストだよ。よろしくね」
ラッキービースト……変わったフレンズだ。それに、とても不思議な声をしている気がする。
「ボスが喋った……」
「ん? サーバル、何か言った?」
「ううん、何でもないよ!」
……気のせいか。
「ラッキービーストは、ここで何をしていたんだー? 狩りごっこか!?」
「君の名前を教えて」
「私はターバル!」
「私はスーバルよ」
自己紹介をしながらその小さな身体を起こしてやると、ボスはジャパリパークについて話し始めた。その内容は多岐に渡り、とても一回では理解しきれない量だった。可能な限り頭に入れておこうと奮闘した私だったが、いつの間にか意識は途切れ、夢の世界へと誘われていった。
私達は、できるだけ多くのフレンズと交流するためにあえて昼間に活動をしている。しかし、本来サーバルキャットは夜行性の動物だ。多少の努力と無理程度では、遺伝子レベルで刻まれた体質には敵わない。ましてや、そこに難解で長ったらしい話が加わるとなると、起きている方がおかしいとさえ思えてくる。私の入眠は本能であり、正常だ。たとえ危険を知らされていたとしても、その場所が死と隣り合わせであったとしても、私は普通なのだ。
「危ない!」
私を目覚めさせたのは、サーバルの声だった。宙に浮かぶ感覚を感じた私は、そっと目を開け、辺りを見回す。じゃんぐるちほーにはすっかり夜の帳が下りており、光はほとんど消失してしまっていた。
「サーバル、どうかしたの?」
現状を把握しきれていない私は、大きな欠伸をしながらサーバルにそう聞いた。
「私達、襲われているんだよー!」
私を抱きながらそう言ったサーバルは、ただひたすらに大地を蹴って駆け回っていた。
「もしかして、セルリアン!?」
もしそうならば、こうしてはいられない。私も戦わないといけないし、何よりサーバルの両手を塞いでしまっているこの状況は最悪の展開に他ならない。早く降ろしてもらわなければ、大変なことになってしまうかもしれない。
サーバルは、意外な答えを返してきた。
「フレンズだよ! 私達と同じネコ科の!」
「えっ!?」
フレンズが、どうしてまだこのちほーに来て日が浅い私達を狙う必要があるのだろう? 私達は何かいけないことをしてしまったのだろうか? いや、そんな時はサーバルが注意してくれるはずだ。であれば、私達が襲撃される理由はどこにも見当たらない。少なくとも、私には思い付かない。
「どうしてそんなことに……」
「ジャガーが言っていたでしょ? 今日はここで眠らない方がいいかもって! きっとそれだよ!」
ジャガーは、既に襲撃者の存在を知っていた……?
「夜はオレの時間だ。誰も逃れることなどできない……食らうがいい、オレの渾身の一撃を!」
夜に紛れて見えにくくなっているフレンズは、足音すら立てずに一気にこちらへと接近してきた。振り上げられた右手に生える爪が、月明かりによって光を纏う。
「はあっ!」
爪が振り下ろされると思った直後、横から迫る別の声を私の鼓膜が捉えた。
「えーい!」
うっすらと見える耳と尻尾。このシルエットはターバルだ!
ターバルは、全身を使ったタックルで襲撃者を吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
襲撃者は体勢を立て直し、憤怒のこもった声で発言する。
「セルリアン風情が、あまり調子に乗るなよ……!」
黒い毛皮を持ったフレンズは、顔の前で爪を構え、獲物であるターバルに狙いを定めた。乱れていた呼吸を整え、跳躍する。
「これがオレの一撃だ!」
負けじと応戦するターバルも、走って二人の距離を詰めていった。
「にゃにゃにゃにゃにゃー!」
交わった二人は即座に踵を返し、相手から視線を外さないようにしている。
「オレの一撃を躱した、だと……?」
襲撃者は、動揺を隠せていないようだった。きっと、彼女は必殺の一撃を得意とするフレンズだったのだろう。つまり、それを放った後に相手が立っているという状況とは無縁だったわけだ。
「その爪、すごいなー! でも、私も負けないぞー!」
「ん?」
何かに気付いた襲撃者は、ターバルにこう尋ねた。
「お前、フレンズか?」
「うん! サーバルキャットのターバルって言うんだ!」
ターバルの名乗りを聞いた襲撃者は、身に纏っていた緊張感を一瞬で消し去った。
「襲って悪かった。オレはブラックジャガー。たまにそこの川を泳いでいるジャガーの姉だ」
「ジャガーのお姉さん!? じゃあ、絶対にいい奴だね!」
「いい奴かどうかは知らないが、少なくともお前達の敵じゃないことは確かだ」
ブラックジャガーは、武器である両手をぷらんと下げて敵意がないことを示した。
「終わったみたい……だね」
肩の力を抜いたサーバルは、優しく私を地面へと降ろしてそう言った。
「ジャガーの忠告、もっとしっかり聞いておくべきだったね」
「そうね……」
何をしたわけでもないが、ドッと疲れが溜まってきた私はたまらずその場に座り込んだ。
「ブラックジャガーは、どうして私達を襲ってきたの?」
疑問を呈した私と輝く瞳を合わせたブラックジャガーは、とても落ち着いた口調でその理由を語り出す。
「少し前から、アンイン橋付近にフレンズを模したセルリアンが出現するようになったんだ」
「フレンズを模したセルリアン!?」
ブラックジャガーの影は大きく頷いた。
「奴らの存在を危惧したオレは、この爪で一体一体セルリアンを倒していくことにした。お前達を攻撃したのは、単なる勘違いだよ」
ブラックジャガーは、見かけない姿をした私達をフレンズ型のセルリアンと思い違いをしたと語った。夜に溶け込んで一撃を食らわす戦闘スタイルのブラックジャガーにとって、相手に存在を認知されることは最悪手であり、もっとも避けるべき状況だ。そのための手段が、今回行われた先制攻撃だったらしい。
「もしもあの一撃が当たっていたらと思うとゾッとするよ。おかしな言い方になってしまうが、上手く回避してくれてありがとう」
「う、うん。次からは、攻撃しないように気を付けてね……」
「肝に銘じる」
サーバルの言葉を聞き届けたブラックジャガーは、仕事を再開するために話を変える。
「では、オレはもう行くよ。まだここが安全になったわけではないからな」
セルリアンに気を付けるよう注意を喚起したブラックジャガーは、完全に闇と同化し、この場を去った。
「怖いけれど、しっかり者のフレンズだったね」
「それに、すっごく強かった! また戦いたいなー!」
戦闘の余韻に浸るターバルに苦笑を贈った私は、あることを思い出して二人に話しかけた。
「そういえば、ウソとボスは?」
二人は知らないと答え、顔を動かしてウソとボスを探し始めた。
「あっ!」
声を上げたターバルの向いている方に視線を向けると、そこには震えるボスを抱いて眠るウソの姿があった。
「むにゃむにゃ……」
私達は驚愕と絶句の入り混じった表情を浮かべると同時に、言葉を失った。
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