3話「かわったかわうそ」
森林エリアにあるあるアンイン橋の傍には、ジャパリバスと呼ばれる乗り物が発着するバス停が存在する。としょかんまではかなりの距離があるので、その乗り物を活用すべきなのだとサーバルは言っていた。また、アンイン橋に行くついでに、会っておきたいフレンズもいるらしい。一体どんなフレンズなのだろう。今から楽しみだ。
「もうすぐ川に出るよ!」
じゃんぐるちほーはさばんなちほーと違い、熱帯雨林気候になっている。この過ごしやすい気候からかフレンズの数が多く、度々遭遇することができた。
サーバルは、ウキウキした様子で木々の間を駆け抜ける。
「狩りごっこ!? よーし、負けないぞー!」
後に続くターバルは勘違いをしているようだが、まぁいいだろう──
「ま、待ってー!」
──二人の影を視界から外さないようにするだけで精一杯の私に比べれば。
「おぉ……!」
熱帯雨林のトンネルを抜けた先には、静かに流れる広い川があった。そこにはよく似た三人のフレンズがおり、楽しそうに遊んでいた。
「たーのしー!」
「おもしろーい!」
川の中央辺りにある三角形の木の上をから水中へと落ちていく二人のフレンズ。彼女らはただ滑るたけではなく、時には転がりながら、時には走りながら落ちては上りを繰り返していた。残る一人は川の畔におり、三体のセルリアンでお手玉をしていた。
「たーのしー!」
「えぇ!?」
「危ないよー!?」
「すっごーい!」
確かにすっごーいが、それにも限度というものがある。何しろセルリアンは、あのサーバルでさえも恐れる相手だ。それで遊ぶなど、言語道断の極みだ。
「あっ、初めましてだねー!」
「よそ見しないで!」
こちらに視線を移してきたフレンズにそう注意しながら、私達は彼女の傍まで慌てて駆け寄った。
「私はコツメカワウソのウソ! あっちにいるのはカワウソとカワだよ!」
「たーのしー!」
「いえーい!」
……何だか、すごいフレンズと遭遇してしまった気がする。
「それ、危なくないの?」
サーバルが心配して声をかけると、ウソは笑顔でこう返してきた。
「危なくないよ! それに、とってもたのしーんだ!」
ウソは、調子に乗って手を動かす速度を上げた。
「すごいでしょー?」
得意げな顔を見せてくるウソをヒヤヒヤしながら見ている私達に気付いた他のカワウソ達は、泳いで川岸に上がってきた。
「久しぶりだねー、サーバル!」
「う、うん……」
流石のサーバルも、この状況には困惑の表情を隠せないようだ。
「遊びに来てくれたの?」
「としょかんに行くから、どうせならカワウソにも会っておこうと思って!」
「そうなの? じゃあまたジャガーに乗せていってもらうといいよ!」
この川には、ジャガーというフレンズが泳げないフレンズを目的地まで運んでくれるというサービスがあるらしい。サーバルはこれで二度目の利用らしく、乗る時の注意点や景色の見所などを得意気に語ってくれた。その口ぶりは、物語を語るように流暢で明るかった。
「それじゃ、ジャガーが来るまでゆっくりしていってね!」
カワウソはそう言い残して川の中へと潜っていった。
「たーのしー!」
その後ろをカワが追いかける。
「あなたは行かないの?」
小首を傾げるサーバルに、ウソはこう告げた。
「滑り台はもう十分堪能したからね! 今はやっぱりセルリアンお手玉だよ!」
「私に教えてー!」
「ターバル、やめておいた方が……」
日が昇り、じゃんぐるちほー一帯には蒸し蒸しとした熱気が漂っていた。しかしながら、私達は一言たりともその熱に苦言を呈したりはしなかった。暑くなれば、目の前の川に入ればいい。今の我々は、完璧な環境を手にしているのだ!
「すーずしー……」
濡らした身体を横にし、天を仰ぐ。さっきからずっとこの繰り返しだ。サーバルは石のお手玉に励み、ターバルはカワウソ達によるセルリアンの投げ合いゲームの審判をしていた。本来の目的を忘れてしまいそうになるほどたのしー空間に酔いしれていると、誰もいないはずの川から水の跳ねる音が響いてきた。
「ん?」
顔を上げて見てみると、サーバルキャットによく似たフレンズが泳いでいる姿を確認することができた。フレンズは大きな木の板を引っ張っており、こちらを横目で見ている。
「乗ってくかい?」
乗る──少し前に聞いたことのある単語だ。いつ聞いたのだったか……
「あっ、もしかしてジャガーさん!?」
そうだ、先程カワウソから聞いたのだった。ちゃんと過去を思い出せた私は、泳ぐフレンズにそう聞いた。フレンズは口角を上げ、答える。
「おっ、知っているんだ!」
「おーい、ジャガーちゃーん!」
カワウソは、水面から顔を出しながらジャガーに手を振った。
畔に戻ってきたカワウソは、サーバルと共に事情を説明して私達を運ぶよう提案した。ジャガーは快く提案を承諾し、早く乗るよう促してくる。
「私も行きたーい!」
ウソは立ち上がり、自分も連れて行くよう説得していた。
「乗せてあげたいのはやまやまなんだけれど、これ、五人乗るのはちょっと厳しい感じなんだよねー……」
私達サーバルキャットが三人、サーバルと積もる話のあるカワウソが一人。この時点で四人いるため、ウソも乗ると定員オーバーになってしまう。
「えー、乗ーりーたーいー!」
それでも駄々を捏ねるウソに、カワウソは、
「じゃあ、私はいいよ。ウソにもこの楽しさを知ってほしいしねー!」
と、大人の対応を見せた。
「やったー! ありがとー、カワウソ!」
両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねるウソ。存外簡単に解決した定員問題は、あっさりと解決した。
「「すごーい!」」
柵から身を乗り出して辺りを見渡すターバルとウソは大はしゃぎだ。かく言う私も、新体験の連続で心が踊っていた。そんな私に、サーバルは言う。
「スーバルも、思ったことや感じたことを素直に言葉にしていいんだよ?」
その言葉に、私の心は動かされた。
「すっごーい!!」
自分でも驚くくらい大きな声で、私はそう叫んだ。その大きさたるや、あのターバルが目を丸くする程だ。
「す、すごーい……」
言い直したところで、私の発言が撤回されるわけではない。分かってはいても、そうしないわけにはいかなかった。俯く私の両肩を、白い手が掴む。
「すっごいよなー、これ!!」
「それに、とーっても面白いよねー!」
「……うん!」
サーバルは、優しい笑みで私達を見つめていた。
「楽しんでもらえて、私もうれしーよ!」
ジャガーは、耳をぴょこぴょこ動かしながらそう発言した。更に、彼女はこう続ける。
「しっかり捕まってなよー!」
その言葉を皮切りに、ジャガーの乗り物は加速した。
「「「「たっのしー!」」」」
流れる景色は色だけを残して溶け、跳ねる水は暑さを吹き飛ばしていく。ジャガーの乗り物は、サーバルさえも納得する楽しさを持っていた。そう感じたのも束の間、ジャガーは急速に速度を落とした。突然の変化に首を傾けていると、ジャガーは息を切らして私達にこう言った。
「つ、疲れた……」
それからしばらくして、サーバルは背の高い建物を指差しながら口を開いた。
「あそこがアンイン橋だよ!」
「すごーい!」
空まで届いていると錯覚する程長身の建物は、一体何故あの場所に建っているのだろう。アンイン橋という名前なのに、橋が架かっていないのはどうして? 私の好奇心は尽きない。
「サーバルとここに来るのは久しぶりだね~」
「うん!」
「あの時はどうなることかと思ったよ。皆揃って、私にバスの頭を運べって言ってくるんだもん……」
「最終的には、私が運ぶことになったんだよね! バスの頭はすっごく重かったよ……でも、皆笑っていて楽しかったよね!」
「そうそう!」
先輩フレンズ達は以前会った時の話に花を咲かせているようだ。私達後輩フレンズも負けていられない。何か話題を考えよう。
「ウソっていつ生まれたの?」
今にも柵から落ちそうだったウソは、きちんと座って私の質問に答えた。
「少し前だよ。夜は二回経験したかも」
「じゃあ、私と同じくらいね」
「私もだぞー!」
私は、さばんなちほーで一回、じゃんぐるちほーで一回の計二回の夜を見た。もしかしたら、他の新顔フレンズも同じ時に生まれたのかもしれない。ヒポやカワはいつ生まれたのだろう。こんなことならば、出会った時に聞いておくべきだった──いや、カワのことは分かるかもしれない。
「カワはいつ生まれたのか分かる?」
「全く同じかは分からないけれど、ほとんど同じ時だと思うよ。すごいよね!」
後輩サーバルキャットと後輩コツメカワウソがほぼ同時に誕生したということは、ちほーによる後輩誕生時期の差が極めて少ないということを意味する。勿論、もっと遠くのちほーが同様の結果を保持しているとは限らないが、少なくともさばんなちほーとじゃんぐるちほーには大きな違いがないと見ていいだろう。
「もう到着するよー!」
ジャガーは、岸辺に近付くにつれ速度を落とし、やがて泳ぐのを止めた。
「ありがとう、ジャガー!」
「いいっていいって!」
自分の力をふんだんに使って、他のフレンズの足りないところを補う……何と格好いい生き様だろう。私も自分の得意なことを見付けることができた暁には、ジャガーのように優しいフレンズになるのだ。私は、そう心に誓った。
「あ、そうだ! 言い忘れていたけれど、今日はこの辺で寝ない方がいいかも。ちょっと危ない目に遭うかもしれないから……」
何故か申し訳なさそうに言うジャガー。しかし、その忠告はちゃんと受け取った。
「何から何までありがとう、ジャガー」
「楽しかったぞー!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ! 自分達のこと、分かるといいね!」
「……ええ!」
思いやりのあるジャガーに別れを告げ、私達は先へと進む──ちょっと待って。
「ねぇねぇ、次はどこに行くの、何をするの?」
「ウソ!?」
どうしよう、ジャガーはもう姿が見えなくなってしまったし……
「スーバル! カワウソは泳げるから、心配しなくても大丈夫だよ!」
「そ、そうだったわね! 心配して損したー……」
「損していないよ?」
「え?」
「私、泳げないもん! たのしー!」
私は、サーバルと顔を見合わせて固まった。そして、同時に大声で叫んだ。
「「えぇー!?」」
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