2話「むてきのかば」
水辺。我々フレンズが生存していくためには欠かせない場所だ。セルリアンや怖いフレンズがやってきた時以外は基本的に混み合っているらしく、時には順番待ちをしなければいけないとサーバルが教えてくれた。どうやら今日はそのどちらかがやってきた後だったらしく、フレンズの影は一つも見当たらなかった。水辺を独占できた私達は、堂々と渇いた喉を潤す。
「おいしーね!」
感想を述べたサーバルに同意したまさにその時、大きな影が私を覆った。
「あら……」
優しい声のした後方を振り返ると、そこには背の高いフレンズと低いフレンズが立っていた。
「カバ! どこかに行っていたの?」
彼女はカバのフレンズのようだ。カバはサーバルと親しい関係らしく、水を飲んでいたフレンズが彼女と分かった途端、安心した表情を見せた。
「少し、セルリアンを退治しに行っていましたの」
カバは、今日はいつもよりもセルリアンの数が多いと言った。サーバルが心配の言葉を発すると、カバはもう一人の小さなフレンズを紹介してくれた。
「この子もカバのフレンズなんですの。ほら、サーバル達にご挨拶を」
「カバだ」
小さなカバの自己紹介は、たったの三文字で終わった。その後に、大きな方のカバがこう補足を入れる。
「カバをカバと呼ぶと、何だか自分の名前を言っているみたいでむず痒いでしょう? だから、この子にヒポという名前を付けてあげたんですの!」
「ヒポだ」
無口なフレンズのヒポは、補足を参考にして再度自己紹介をした。自分達の紹介を終えたカバは、こちらの新入りに目を向けてこう煽る。
「そちらはサーバルが三人? ある意味、セルリアンよりも恐ろしいですわね~」
「そんなことないよ! ターバルもスーバルも、とってもいい子だもん!」
「サーバルは?」
「いい子だよ!」
「自分で言うなんて──」
二人が言い争いをしている間に、一体のセルリアンが水辺の向こう岸から顔を覗かせた。
「大きい……!」
今度のセルリアンは、先程の三体とは比べ物にならない程の巨体を持っていた。見えるところに石はなく、また両者の間に水があることから、私達には何もすることができない。しかし、カバは違った。
「ヒポ」
カバが名を呼ぶと、ヒポは一歩前に出た。
「任せろ」
そして、小さなその身体を水中へと落とした。動く敵を見失ったセルリアンは、再びこちらへと目を向ける。
「どこを見ている?」
その隙を、ヒポは見逃さなかった。水中から飛び出したヒポは、ガッチリとセルリアンを掴んでその身体を振り回した。
「すごい力!」
「格好いいなー!」
興奮する二人とは異なり、私はその先の展開に息を呑んだ。ヒポは、勢いの付いたところでセルリアンを上空へと放り投げた。
「その身体、さぞ重いことだろう……」
セルリアンは、背中を下にして落下した。その巨体は、地面と接触すると同時に弾け飛ぶ。きっと、あのセルリアンの石は背中にあったのだろう。
「見ました? 見ました!?」
息を荒げてヒポを指差すのはカバだ。
「すごい力! すごい大口! ヒポはすっごく強いんですのよ!」
「すっごーい!」
「私もあの力ほしー!」
すごい。本当にその言葉しか出てこない。
「やれやれ……」
肩を竦めながら水中へと消えたヒポがこちらに来るのを待ち、その姿が見えたことを確認してから話を再開する。
「あの攻撃、私達でも真似できるかしら?」
もし可能ならば、是非ともやり方を教えてもらいたい。走る速さは遅くても、別のところで二人の役に立ちたい──私はそう考えていた。
カバは、右手を出して私にこう促してきた。
「この手を全力で握ってみろ」
言われた通りにすると、カバは首を横に振って、
「無理だな」
と、結論を出した。
「そんな……」
落ち込む私を、サーバルとターバルが慰める。
「スーバルはよく気が付くフレンズなんだから、落ち込む必要なんてないよ!」
「そうだそうだー!」
「……うん」
正直、私はそれを自分の特徴だとは思っていなかった。サーバルとターバルは、私よりも足が速いし攻撃だって強い。それに、私が三匹目のセルリアンの石を見付けたのだってたまたまだ。言わなかっただけで、きっと二人も気付いていた。私には何ができるのだろう。その答えを、私はまだ知らない。
「三人は、どうしてここに?」
カバの問いに、サーバルが答える。
「としょかんに行くんだよ! 二人のことをもっと知りたいんだ!」
「まあ! それなら、ついでにヒポのことも聞いてきてくださる? 今まで同じ種類のフレンズを見たことなんてありませんでしたし、私も気になっていましたの」
「まっかせて!」
こうして、私達三人は水辺を後にした。心配症のカバによるアドバイスをしっかりと胸に刻んで、私達はとしょかんを目指す。
さばんなちほーの出口はもうすぐ。サーバルは、平べったい何かの前でそう発言した。
「あ、そうだ!」
サーバルが、平べったい何かの前にある透明な何かの中から、あるものを取り出して広げた。
「これ、すっごいんだよ! 今いる場所が分かるんだ!」
見せられても全然分からなかったが、どうやらこれはそういうものらしい。
「おー、すっごーい!」
「ターバルは分かるの!?」
「分かんないけれど、すっごいのは確かでしょ?」
それはそうだ。
「後ね、これはヒューって空を飛ぶんだよ! 紙飛行機って言うんだって! どうやるのかは知らないけれど……」
「空!? すっごーい!」
「一度、飛ぶところを見てみたかったわね……」
かばんちゃんというフレンズが、それを作ってサーバルを助けてくれたことがあるのだとか。世の中には、そんなにも頭のいいフレンズがいるのか。会って色々教えてもらいたいものだ。かばんちゃんに色々と教えてもらう妄想をしていると、突然ターバルが大きな声で叫び出した。
「セルリアンだ!」
「またー!?」
うんざりした様子のサーバルが、ターバルと同じ方向へと視線を向ける。その先には、セルリアンが五体もいた。
「数が多すぎるよー!」
五体のセルリアンは、全て背中に石を持っていた。ならば、回り込めば倒せる──その考えは甘かった。
「何、あれ!?」
五体のセルリアンは、背中を内側に向けて円を作った。
「これじゃあ倒せないよ!」
「とりあえず、前のセルリアンを攻撃してみるぞー! にゃにゃにゃにゃにゃー!」
ターバルの攻撃は、大したダメージにはならなかった。おまけに、セルリアンにとっての大きなチャンスを与えてしまうことにもなった。
「うわー!?」
近付いてきた獲物に反撃するセルリアン。ターバルは辛うじてそれを躱したが、バランスを崩してその場に尻もちを付いてしまう。動けなくなったターバルに、セルリアンはジリジリと近付いていく。
「もうダメだー!」
諦めるターバルを、サーバルは見捨てない。
「今助けるから!」
駆け出すサーバルよりも先にセルリアンへと近付く影。木陰から飛び出した二つのそれは、カバとヒポだった。
「行きますわよ、ヒポ!」
「いつでも構わん!」
大口を開いた二人はセルリアンを一体、また一体と上に投げていく。全て投げ終えた時、最初に投げたセルリアンは二人の頭の少し上まで落ちてきていた。
「カバの大口、受けてみなさい!」
両手で挟み込まれたセルリアンは四角い破片を飛ばして消えた。それを二度行ったカバ達は、最後の一体が落ちてくるのを心待ちにしている。その時が来たと同時に、二人は両側から自慢の大口を閉じた。
全てのセルリアンを倒したカバとヒポは、何やらブツブツと呟いたと思ったらすぐにどこかへと走り去ってしまった。
「えへへ、また助けられちゃった……」
「すっごーい……」
「本当に……」
感動。興奮。カバの戦いは力強く、美しかった。
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