三人のフレンズ

白鳥リリィ

1話「さんにんのさーばる」

 少し暑い空気と、腰くらいの高さまで伸びている黄色い草。木は草よりも青い空が好きみたいで、何倍も高く背を伸ばしている。

 ここはどこなのだろう──黄色も青も、何も答えてはくれなかった。

「にゃにゃにゃにゃにゃー!」

 後方から、誰かの声が聞こえてきた。私の耳が捉えたのは、その音だけではない。迫り来る足音は軽快で、何よりとても速い。慌てて振り返ってみると、そこには長い耳と尻尾を生やしたフレンズがいた。

「わー!」

 フレンズは私を押し倒し、こう言う。

「長い耳と尻尾! 私と同じだー!」

 耳? 尻尾? 頭を動かし、その二つの部位を視認してみる。耳……は見えなかったけれど、両足の間から覗いている尻尾とは目を合わせることができた。色こそ少し違えど、それは確かに目の前のフレンズと同じ形をしていた。

「あなたは誰?」

 このフレンズの正体は、即ち私の正体でもある。私は私のことを知るために他人に質問をしたのだ。

 フレンズは、ニッコリ笑ってこう答える。

「分かんないやー!」

 恐怖など微塵も含んでいない純粋な笑みを向けられた私は、考えることをやめた。そうだ、考えたって仕方がない。導き出した結論が何だかおかしくって、こちらまで頬が緩んできた。

「分かんないわよね」

「分かんない分かんない! にゃははー!」

 しばらくの間、私達は大声を上げて笑い合った。それが何かを目覚めさせるとも知らずに。

 フレンズの後ろの木から、何か大きな影が落ちた。着地の音。それから、大きくなっていく足音。そして──

「うわー!」

 後ろを確認したフレンズは、私を置いて走り去っていった。私も、顔を上げて先程の影の姿を見てみる。影は両手を上げ、目線をこちらに向けていた。

「わー!?」

 急いで起き上がった私は、草をかき分け精一杯走った。足音はこちらに付いてきている。

「みゃー! みゃー!」

 影の正体は、鳴き声のような言葉を発しながら追ってきている。走る速度は相手の方が速い。ならば、どこかに隠れるのが得策だろう。そう考えた私は、右方に木が生えていることに気が付いて進路をそちらに変えた。ちらりと後ろを振り返ると、ちょうど影の正体が地面を滑りながら方向転換をしている最中だった。

「どうしよ、どうしよ……!」 

 どうやら相手はすぐには曲がれないらしい。だが、その程度では足の速さという明確な差は埋めることはできない。とてもじゃないが、木まで逃げ切れそうもなかった。宛もなく右へ左へ曲がっていると、影の正体は私を見失った。

「あれ? どこだろう……?」

 チャンスだ! 私は足を一歩前に出し、木に近付いた。

「あっ!」

 何ということだろう! 相手はその足音を聞き逃しはしなかった。獲物を見付けた捕食者は、ただ真っ直ぐに栄養を追う。私は、逃げる間もなく捕らえられた。

「狩りごっこ、たのしーね!」

「えっ?」

 長い耳と尻尾。私は、デジャヴというものを生まれて初めて感じた。フレンズは明るい声で自分の名を名乗る。

「私はサーバルキャットのサーバル! あなたは?」

 先刻私を捕らえたフレンズと同じ姿の彼女は、サーバルキャットという種族らしい。この時私は、だんだんと空いた世界が埋められていくのを感じた。そう、私は──

「私は──私も、サーバルキャット!」

「じゃあ私もだー!」

 いつの間にか姿を現していた最初に出会ったサーバルキャットのフレンズも、嬉しそうに己の種族の名前を叫んだ。

 私達はサーバルキャット。サーバルキャットなんだ!

「うれしー!」

 抑え切れぬ感情を言葉にする。すると、仲間達も嬉しそうにしてくれた。

「私達、同じだね!」

「同じだ同じだにゃにゃにゃにゃにゃー!」

「あなた達には名前はあるの?」

 私はハッとした。同じだからこその弊害。それは、相手を呼ぶ時に困るということ。自分のことは何一つ覚えていない私に、名前などあるはずもなかった。

 私は何と答えればいいのだろう。素直に、今思っていることを話せばいいのだろうか。

「分からないわ……」

 そう言うと、サーバルは首を傾げて何かを考え始めた。

「うおー、一人狩りごっこもたーのしー!」

 その間も、サーバルじゃない方のフレンズは辺りを走り回っていた。あまりの騒がしさにサーバルの集中も切れたようで、彼女は閉じていた口を開いて軽く笑った。

「はは、あの子はたのしーフレンズなんだね──あっ!」

「どうしたの?」

「たのしーサーバルキャットだから、ターバル! どう!?」

 『たのしー』の頭文字を宿したサーバル……すごくいい!

「ぴったりね!」

「ターバル! 私はターバルだー!」

 ターバルは、名前を貰っていっそう上機嫌になった。

「じゃあ君は……」

 サーバルの首は、また斜めを向いた。しばらく唸っているサーバルを見つめていると、突然ターバルが切羽詰まった声を上げた。

「た、助けてー!」

 両手を前に突き出して駆けてくるターバルの後ろには、青い柔らかそうな生物が三匹いた。

「セルリアンだ!」

 どうやら、サーバルはあの生物のことを知っているらしい。

「セルリアンのフレンズ?」

「セルリアンはフレンズじゃないよ! とにかくターバルを助けなきゃ!」

 どうやら、ターバルは危機に直面しているようだ。フレンズの危機は私の危機。足の速さには自身がないけれど、何とかして助けてあげよう!

「みゃみゃみゃみゃみゃみゃ!」

 先陣を切ったサーバルは、爪を使って一番小さなセルリアンを引っ掻いた。すると、セルリアンは砕け散り、姿を消した。

「そうすればいいんだー!? にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」

 サーバルの動きを真似したターバルは、サーバルのそれよりも切れ味の増した攻撃をセルリアンにお見舞いした。

「二人ともすごい……私もっ!」

 一所懸命足を動かし、セルリアンに接近する。

「みゃー!」

 そして、力を込めて腕を振り下ろす。私の手はセルリアンと接触したが、全くダメージは与えられていないようだった。

「そんなー!?」

 不測の事態にパニックに陥る私をセルリアンが襲う。既のところで、ターバルが私を抱きかかえてセルリアンとの距離を取ってくれた。

「ありがとう……!」

「お安い御用だ! うおおお!」

 ターバルは、前線にいるサーバルと同時に攻撃を繰り出した。しかし、それらはどちらも大した打撃にはならなかった。

「どうしよう!?」

「くっそー!」

 セルリアンは、瞼のようなも身体を開いてサーバルとの距離を詰めていく。もはや攻撃することさえ忘れているサーバル。どうする……? このままではサーバルが……!

 ここで私は、セルリアンのある特徴に気が付いた。セルリアンの身体には、一部だけ他とは形状が違う部分がある。二人のフレンズに倒されたセルリアンには頭上に、そしてこのセルリアンには瞼のような身体の内側にそれがあった。私は、このことを二人に伝えた。

「その硬そうなところにならダメージが入るんじゃない!?」

「あっ、石だ!」

 サーバルは、石と呼ばれる部分に爪を当てた。刹那、セルリアンは霧散した。

「ふー……」

 激しい戦闘を終え、サーバルは一息ついてその場に座り込んだ。ターバルにとっては今の戦いは激しめの運動程度だったようで、爽やかな表情で空を眺めていた。

「大丈夫!?」

 二人のところに行くと、サーバル達は笑顔を私に向けてくれた。

「平気だよ!」

「楽しかったー!」

 この様子なら大丈夫そうだと、私は胸を撫で下ろした。

「セルリアンはね、石を攻撃しないと倒せないんだ!」

 サーバルは、私達にセルリアンの弱点を教えてくれた。だからサーバルは石が露出していない時に攻撃を仕掛けなかったのかと、私は感心した。

「よく石の場所が分かったね! あなたはかばんちゃんみたいに頭のいいフレンズなんだね! すごーい!」

 サーバルに褒められた私は、照れ臭くなって視線を地面の方へと移した。

「あっ、そうだ! あなたにはまだ名前を付けていなかったよね!」

 そういえば、と顔を上げると、サーバルは元気な声で、

「『すっごーい』サーバルキャットだから、あなたはスーバル!」

 と、命名した。

「スーバル……」

 私はサーバルキャットのスーバル。右も左も分からない新参者のフレンズ。だけれど、私はすごいサーバルキャットなんだ。

「よろしく、スーバル!」

 ターバルも、私をスーバルと認識してくれた。

 ああ、他者が私という存在を認めてくれている。私という存在が、どんどん形成されていく。何と心地いいのだろう。

「よろしく、サーバル! ターバル!」

「うん、よろしくね!」

 私達はサーバルキャット。姿形は同じだけれど、十人十色の存在。私は、私の知らないことを沢山知っていて、いっぱい持っている彼女達に惹かれていた。二人も、私のことをそう思ってくれていたら嬉しいな、なんて……

「ところで、何でサーバルキャットが三人も集まったんだろう?」

 サーバルは、一つのフレンズにつき一人としか出会ったことがないらしい。つまり、同じサーバルキャットが三人も集まるということは普通ではないということになる。

「もしかしたら、私とターバルはサーバルキャットじゃない別のフレンズなのかもしれないわね……」

「でも、たまにはそんなこともあるのかもしれないよ?」

「もしかして、私達は特別な存在なのかー!? 興奮してきたー!」

 一向に解決する様子のない疑問。それを解き明かすためには、もっと頭のいいフレンズに出会わなければいけないようだ。そこで、サーバルがある提案をしてきた。

「どうしてサーバルキャットが三人も集まっちゃったのか、としょかんに行って教えてもらおうよ!」

 そこに行けば、色々なことを教えてもらえるらしい。そうと決まれば話は早い。

「としょかんに行きましょう!」

 ここで頭を悩ませるよりもずっと効率的な選択だ。

「としょかんまでの道案内は任せて! 一度行ったことがあるから!」

「頼もしー!」

 こうして、三人のサーバルキャットによる冒険の旅が始まった。目的地はじゃぱりとしょかん。目標は、私達が何のフレンズなのかを知ること!

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