第15話 美月と慎吾

 水彩画のような空から、柔らかな陽射しが伸びていた。

 ふわりと浮いた風が、ほんのり甘い香りを運んでくれる午後。


 ガランとしたグラウンドには、校舎の影が静かに落ちている。

 1人、スタートラインへ立つ羽田美月の前に、真新しい白線が引かれていた。その白さが、とても眩しい。


 無造作に結ばれた髪。

 きゅっと結ばれた唇。

 真っ直ぐ開かれた瞳。


 トクン、トクン、トクン。


 集中する意識が胸の鼓動を感じ取る。


 高校生活最後の陸上部。

 このグラウンドで走れるのはあと少し。

 私は、何か残すことが出来たんだろうか。


 よし行こう。

 行くよ、私。


 位置について――。





 グラウンドを囲むフェンスを、伸びた桜の枝がそっと撫でている。

 外側に立つ2つの人影が、グラウンドの中へ視線を向けていた。

 ひたすらに、1人駆け抜けていく背中を見詰めている。


「懐かしいなぁ。私ね、高校時代陸上部だったんだよ」

「へえ」

「毎日毎日、汗と埃にまみれて真っ黒になってた」

「うん」


「ねえ、慎ちゃんは何か部活入ってた?」

「俺? 帰宅部」

「あ、それなんか慎ちゃんらしい」

「なんだよそれ」


「ね」

「ん?」

「痛まない? 傷」

「大丈夫、さんきゅ」


 歩き出した2人は、グラウンドを走る美月と、フェンス越しにすれ違う。


 ざあぁぁっと風が吹いた。

 ひらひらと舞い降りる花びらが、春に降る雪のように――。











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