第14話 慎吾 その7

 修復完了……修復完了……巡回開始。


 正常値。

 正常値。

 正常値。


 都田は、次々と切り替わるモニターに目を通しながら、金川に吹き飛ばされた場所へ新しいデスクを設置していた。宅間が用意してくれたものだ。

「貴様を監視するためだ」との理由で足繁く司令室へ顔を出しては、管理システムやシミュレーションの結果分析にさりげないアドバイスを置いていく。やはり彼は、この免疫機構に欠かせない存在なのだ。


 そうだ、これを金川に渡さなければならん。司令室に届けられたばかりの、真新しい戦闘スーツを手に取った。螺旋状の強化繊維で作られた白地に金の糸でNKの文字が刺繍されている。

 そう言えばあの時、俺に詰め寄ってきた奴のスーツは薄汚れ擦り切れていた。自分のことばかりで、目を向けてやれなかった俺は司令官失格だ。

 この部屋の後任を決めたら、一から修行し直す。


 柔らかな香りに、不意に思考が破られる。

「新しいデスクが届いたんですね。んもー、素敵じゃないですか。もう一度吹き飛ばしてみたい気分です」

「おい……」

「冗談ですってばー、司令官!お祝いにスコッチをスコッチだけ、いかがです?」

 疲労した様子を見せず、いつもの金川がそこにいた。新しい戦闘服を見付けると、素直に瞳を輝かせている様子は、若い娘そのものだ。


「こっちに来てみろ」

 ツカツカと歩み寄る金川に、情報部から寄せられた外部資料を見せる。

 慎吾は、アパートを引き払い、アルバイト先へ住み込みすることにして店の跡継ぎとやらを本格的に始めたらしい。

 注目すべきは、その慎吾を支えてくれているらしい女性の存在だ。

「へえ」

 資料をペラペラと巡る金川は「んもー、いいじゃないですか」と上機嫌である。

「慎吾の身体を管理してくれるパートナーが出来たことは、非常に喜ばしいことだ」

「ですね」


 少しして、金色の髪が都田に寄せられる。その口元から小さな声が。

「司令官、自分のパートナーになりませんか」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

「何?」

「ですから、自分がパートナーに」

「へ?」

「あなた1人では司令官として弱すぎる。ですから私と、これからもずっと一緒に」


 都田は、そのうっすらと赤く染まった頬を信じられない思いで見詰めていた。

 この俺が金川と? いやいやちょっと待て。確かに俺は弱い、ダメな司令官だ。いやそういう事ではなくてだな、こんな若い娘と一緒になるなんてっておい!一緒になる前提で考えるな、しっかりしろ、落ち着け。


 ガタリ。

 司令室の入り口で、ぱかっと口を開けた香中が巡回日誌を取り落としている。

「け、け、けつこんするでありますかっ」

「おい待て、これは違う。いや違わない、いや違うよな?……とにかくその言語をなんとかしろ」


 ふ……と笑いをこらえた金川が、金魚よろしく口をパクパクしている2人を置いて、モニターの前に座りデーターの更新を始めた。すらりと伸びた脚が美しく組まれている。


 名取慎吾。34歳。男性。

 優しい性格でやや流されやすい。

 新しい家族が出来つつある過程中。

 


 金川は、迷わず最後に書き込んだ。




「可能性有望」と。







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