第11話 慎吾 その4
時計の針は23時過ぎを指している。
にも関わらず、こじんまりとした店内は賑わっていた。
親父さんと女将さん、手を動かす合間にカウンターから顔を出しお客様と言葉を交わす。
「お、元気そうで安心したよ」
だみ声は親父さん。声を掛けられたお兄さんは、嬉しそうだった。
「あら、髪切ったのね、男前」
柔らかい目元で、作業服の男の子を見詰める女将さん。照れる男の子が小さく首を振る。二十歳前後だろうか。
俺は厨房でひたすらオーダーを作り続けている。今日の1番人気は、日替わりの「深夜飯」だ。
釜で炊き立てのご飯に、骨を取り除いた鯵の干物を細かく裂いたもの、刻んだアサツキ、ミョウガ、三つ葉をのせ、食べる直前に熱々の出し汁を注ぐ、と言うシンプルなもの。
出し汁は、昆布出汁とカツオ出汁の二種類から好みで選べるので、お客様方がわりと真剣に悩むのを目にするのも好きだ。
「慎ちゃん、A定食と深夜飯ね」
「はいよ」
「慎ちゃん、おつまみ盛り合わせ」
「はいっす」
「慎ちゃん、チーズフライ行ける?チーズあったかしら?」
小首をかしげる女将さんの前で冷蔵庫を確認し、OKのサインを出す。
煮物や焼き物は、親父さんが担当だ。俺はまだやらせてもらえない。と言うか、ただのバイトにここまで手厚く育ててもらったことが本当にありがたいと思う。こんな俺だけど、顔を覚えてくれたお客さんから、旅行のお土産をもらったりするようになった。
まあずーっとここでバイト生活って訳にもいかないだろうけど、今はここの居心地の良さにこのままでもいっか、なんて気もしてる。
店内から聞こえる談笑の声。
人々のほぐれた空気感が心地良かった。
次のオーダー票を手に取った時だった。
ドンッ、と耳慣れない音が全身に響く。
ん?と思う間もなく、手足から力が抜けて行くのを感じた。
おい、なんだこれ。よ?
間髪を入れず激しい痛みが腹部を襲った。
ぐ……
思わず前の目めりになり、調理台に手を付く。
痛みは激しさを増し、もう己の感覚ではコントロール出来ない。
身体が軸を失い、がくりと膝をつく。
「おい、慎ちゃん大丈夫か?!」
常連さんの言葉が飛んだ。
俺は答えられない。
「ちょっと慎ちゃん!ねえあんた!慎ちゃんが!」
厨房に崩れ落ちる寸前だった。
どこからか放たれた叫び声が聞こえる。
「胃の内容物を出すな!腹膜炎を阻止せよ!」
夢だ、これは夢。死ぬのかな。人生の終わり。
朦朧とした視界に、世界は反転する。
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