慎吾の場合

第8話 慎吾 その1

「あのー、大丈夫なんすか? 自分が言うのもなんですけど、俺たちがこんなだと慎吾さん早死にしますよ? まだ30代ですよね?」

 日々、真面目に巡回をこなすことを面倒だと思っている好中守備隊の香中が、落ち着きのないその瞳をキョロキョロする。


「だってしょうがないじゃーん。お医者様から運動しろって言われてもしないしー、酒やめろって言われてもやめないしー。僕ちゃんたちが頑張ったところで、先は知れてるっての」

 耳掃除に余念がない司令官のヘルパーT細胞である都田が、机の上に足を投げ出し、間延びした声で面倒くさそうに答える。

「ま、そうっすね。じゃ、自分もあがりまーす」

 香中がいそいそと扉から出ていくと、都田はモニターを見詰めながらため息をついた。


 慎吾の誕生からずっと見守ってきた。転んで膝をすりむけば直ちに駆けつけ処置をし、風邪を引いた時は全力でウイルスと戦った。慎吾の身体を護ることを宿命として、それこそ命をかけてきたはずだった。


 専門学校を卒業した慎吾が、希望していた旅行会社へ就職をした時は、体内でもささやかなながら祝ったもんだ。

 ところが2年ほど経った頃、些細なことで上司とぶつかった慎吾は、そのまま会社を辞めた。飲めないアルコールに手を出し、自分を痛めつけるように泥酔する日々と不規則な生活。絵にかいたような転落の一途を辿り、体調管理に必死になる俺たちを、あいつは裏切ったんだ。

当然のごとく免疫機能は下がる一方で、今はもう最低の守備ラインでさえ守れない。


 易々と侵入し傍若無人に増殖をするウイルスどもを前に、何度歯噛みしたことか。近頃では、NK細胞が倒しきれなくなったガン細胞どもまでも成長し始めている。

 このまま進めば、40代半ばで命を落とすだろう。


 自業自得だ。

 僕ちゃんはもう知らないよー。これ以上仲間の無駄死には見たくないからねー。ま、どちらにしろ自滅の道を辿るんだから、一緒に消滅ーって感じかなー。

 引き出しからスコッチのボトルを出すと、ぐびりとやる。

 俺も焼きが回ったもんだ……。


 すっと目を閉じる。

 そして独り、瞑想の海に沈み込もうとしたその時、キーの高い声に揺り戻される。焼きだけでなく酔いも回ったらしい頭を上げると、金髪のねーちゃん、ではなくてキラーT細胞、攻撃部隊隊長の金川が、金色の髪を揺らしながら、あちこち破れた戦闘服でやってくるところだった。


「んもーっ、都田司令官!スコッチを少っちだけ、なんて洒落になんないですよー!」

「んあ?」

 

「こちとら第一小隊のみで日に3000からのガン細胞を叩きまくってるんですよ、とても追いつきませんって。んもー、そのこと知ってるくせに!司令官だけに、しれーってされちゃ困るんですって」


 机に乗せられた足を払われ、ついと身を乗り出した金川にぐっとネクタイの根元を掴まれる。そして、急に温度の下がった低い声が耳元にささやかれた。

「いい加減、僕ちゃんのフリやめましょうよ。さっさと出動しないと今すぐ、このデスクごと吹き飛ばします」


カチリ。安全装置が外される音を聞いた。これは……核に入り込んだ敵を細胞ごと吹き飛ばすための手榴弾。

「おいっ!」


口の端に、装置のピンをくわえてにやりと笑った金川が身を翻す。投げられた手榴弾が綺麗な弧を描き俺の足元へぽとりと落ちた。


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