第7話 美月 その7
モニターの中で、免疫バランスチャートの数字が、じりじりと盛り返してくる様子が見えた。
守備隊は数を戻しつつあり、巡回ローテーションが回復すると共に骨と傷の修復に集中できる環境が整いつつあった。
鳥貝は、ほっと一息つくと、今回は未出動だったキラーT細胞の戸田と制御性T細胞の時島を思い出す。
鳥貝を含め同じ骨髄で生まれ、いわば同じ釜の飯を食った同期でもある。
奴らは、胸腺と言う期間で特訓を受けたスペシャリスト達だ。キラー戸田は攻撃専門、制御性T細胞、時島は、攻撃をやめさせる専門。
どちらが大変かと言えば、断突で時島だ。
頭に血が上った奴らを、頃合いを見て止めなければならないのだから。
時島の温和な四角顔を思い出し、ふっと笑みがこぼれる。
今夜は落ち着いてきたことだし、久々に奴らを誘って一杯やるか。
「ちょっと」
はっと顔を上げると、珍しく髪をツインテールにした夏元だった。腰には相変わらず弾倉がずらり重そうに巻かれている。
ガムを噛んでいるのか、ほのかに甘い香りが漂って来ていた。
「なんだ」
「ニヤついてるように見えるけど、この状況で息抜きでも、なんて思ってたんじゃないでしょうね?」
「ん? ん、まあな。T部門とはしばらく顔を合わせていない」
「ったく、酔っ払ってつぶれんなよ」
相変わらず愛想のない夏元が出て行ってから少しすると、タン、タン、と小さな破裂音が連続で聞こえてくる。
日々生まれてくる癌細胞をピンポインとで仕留めていく音だ。
仲間の数が安定してきたからだろうか、髪型を変えた夏元は幾分機嫌が良さそうだった。
美月は、新藤と言う人間が持参したチョコと言うお菓子を食べると、基礎体温が少しあがった。少しでも栄養補給をしてくれた方が俺たちはありがたい。
やれやれ。
やれやれ。
美月にしろ夏元にしろ、若い者の心は繊細で起伏に富み、ハラハラもさせられるが持ち前のエネルギーは素晴らしいものがある。
だからこそ、この身体を護らねばならないのだと思う。
本人が、俺たちを意識することはないだろう。
それでいい。
俺たちはそうした存在なのだから。
明日のシミュレーションシステムに、ウイルス襲来のコマンドを入れて想定実験を繰り返す。
ヒト科。羽田美月。16歳。女性。
性質。やや内気。新しい人間関係が出来つつある、と。
鳥貝は、やや迷った末、最後に書き込んだ。
「可能性未知数」と。
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