第5話 美月 その5
「ちょっと、話があるんだけど」
険しい声に鳥貝が顔を上げると、NK細胞の夏元が、司令室のドアを細い腰で抑え腕組みをして立っている。
その手元では、銃身の長いM2機関銃がくるりと回されていた。
ウイルスのデーターベースから顔をあげると、口をへの字に結んだ夏元と瞳がぶつかり合う。
「肘の修復でマクロ守備隊が忙しいのわかってるよね?」
「ああ。だがどんな時も初期生体防御システムの鉄則は変わらん」
ちっと鋭い音したのは、夏元が唾を吐き捨てたからだった。
鳥貝は右手で椅子にかけろと示すと、ゆっくりと口を開く。
「ウイルス侵入を発見したらまず、好中守備隊とマクロ守備隊に当たらせるのがセオリーだしそこで抑えられるに越したことはない。若い細胞を傷付けたくないんだ、わかるな?」
夏元の目元から、怒りで赤くなった視線が向けられる。
「その防御システムが弱ってるから、こんなことが頻繁に起きるんだろうが」
「口を慎め夏元」
「守備隊は、雑魚どもに壊滅させられるとこだった。分析が終わってるならすぐにキラーT細胞とB細胞に分析図からミサイルを設計させろ。捕食でもたつく間に突破されないよう、次は一気に撃破したほうが早く片が付く」
ふう、とため息がもれそうになるのを鳥貝はぐっと抑える。
「だがその後はどうする? ウイルスどもは死滅するかもしれんが、仲間を巻き添えにすることは免れない」
ストレートの美しい髪の間から睨みつけてくる視線を、真っすぐ受け止めた。
「夏元。気持ちはわかる。だがそう急くな、段階はきっちり踏むもんだ。美月はまだ若く自然治癒力も悪くない。ただ今は、精神的な落ち込みによって少し弱っているだけだ。俺たちは……」
「現状での最善を尽くすべきだ、でしょ? 鳥貝司令官はいつもそう。だが自分はそれが最善とは思えない。免疫システムと言えども、護りに徹する意外に方法があるはずだ」
そう言い切る瞳は若く、美しい。志が高く何事をも恐れない。夏元は力強く頼りになる部下だが、その真っ直ぐさが時に危うくも感じる。もう少し、肩の力を抜いてもよかろうに。
「そう怖い顔をするな、これを見てみろ」
手招きすると、ブーツの足首にはめた弾倉をかちゃりと鳴らしながら、細いシルエットの夏元がドアから離れこちらへ向かって来る。
その間にも、モニターの免疫チームチャートの数字が徐々に上がりはじめていた。
「これは……」
息を飲む横顔に、そっと回答を告げてみる。
「小動物の影響だ」
表紙抜けしたような驚いた顔は、少女のようなあどけなさを見せていた。
「動物?」
「ああ、美月が飼っているハムスターというげっ歯類を、弟が連れてきたらしい。触れ合った直後から数字が回復し始めている」
「これがアニマルセラピー」
モニターから反射する光が、食い入るように見詰めるその姿を照らし続けていた。
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