4-4 絶技 ciannoyep

 ウェン・キムンカムイ。その正体は、およそ7つの霊素を融合した存在である。

 基礎となるのは、山中ハルユキが父、元山マハワトから受け継いだキムンカムイ、すなわち羆神の分霊。能力としてはを主とする。

 だがハルはたとえ優れていようと、父と同じ能力を持っているということを受け付けなかった。僕の所感ではだが、その思いを昇華した結果、敵としてきたカムイを屠り、自分の力とする能力を突然変異のように獲得したように思える。


 ひとつは、熊を操る妖女・イワメティエプ。おそらくこれを使役していた依人を殺したことによるものか、それともその依人に唆されたことによってか...... ハルとキムンカムイの霊は悪虐に染まってしまったのだろう。ハルがウェン・キムンカムイとして使役し操る、はこれに由来する。

 ふたつめは外様なる存在・モシリシナイサム。先ほどナターシャに見せた変化へんげはこの霊素による物だろう。姿を変える以上にこの霊素は、ウェン・キムンカムイの、敵に恐怖と不幸なる運命を植え付ける効果を成しているように思える。

 みっつめはニシオカムイ。黒ずんだ定型と、風のようにその形を捉えられない性質から、ウェン・キムンカムイの姿を黒い羆の形としか捉えられない効果を与えている。

 よっつめはキムナイヌ。肉体強化をより付随する。いつつめはキムナイヌの連れる山犬、キムンセタ。正体不明さと殺傷力に大きく寄与しているようである。

 むっつめは警視局のインカラ部隊を殺傷することで奪った、イワポソインカラ。『石の間より見る者』という名の通り、石の近くにおいて物理的千里眼が発動する。


 これにキムンカムイ自体の霊素を基とした7つ分の霊素によって、ハルユキは『悪神』の名をほしいままにした。結局僕とセポの霊剣は、それらのうちどれかを封印するにとどまっていたのだ。



 一方...... ナターシャのカムイは真雁の神? クイトプカムイ。そんなカムイは存在した覚えがなかったが...... だが何にせよこのカムイの与える能力はウェン・キムンカムイ以上に読み取れない。


 というのもおそらく、のである。

 その肉体強化も、ナターシャに与えているのは彼女自身が行使している8。つまり2。はっきり言ってありえない。

 もちろんその大太刀にもカラクリはあるのである。僕にはよくわからないが......、肉体強化を補助し円滑に切断する科学的なカラクリがある。そしてさらには武術によって会得したカラクリが彼女の技能に存在する、とのちにハルは語った。


 いずれにせよこの二人の力は、神代でさえ人間アイヌが持ちえなかった領域にある。

 だからこそ彼らは、惹かれ合ってしまうのだろうか......。





「うっ、う、うおおおおお!!」

 顔から血をダンダラと垂らし、鼻柱を醜く曲げながらも、ハルユキはナターシャの前に相対した。目が無事だったのは幸運か、それとも彼の回避能力のなす技か。

 その右片手には、切断されて鋭利になった街灯の支柱。


 先ほどまで意識が朦朧としていたのか、ハルの獣のようなシャウトに顔を上げると、ナターシャは太刀のきっさきを美しく汚す赤いものを拭き取り、再びハルと相対する。

 鞘を防具に固定するアームから、その銃器付きの鞘を取り外す。右手に真剣、左手に銃鞘。


 それを見るや否や、ハルは支柱を手放すと懐に手を入れた。

 取り出したそれを見てナターシャは顔も変えず横へ後ろへと移動を始める。


 シプカ短機関銃およそ30発の発砲音、割れるガラス、そしてそれを弾く高らかな金属音が街に響く。片手でリロードを始めると、空いた右手で鉄柱を掴みまるでサイドスローかのように軽々と投げつける。

 左手の鞘をついて急ブレーキをかけ、前屈で躱す。そしてまた滑るように、ハルに接近せんと走り出す。

 また30発、自前でバーストを入れるように撃ち放ちながらハルも走り出す。


 その速さは、人脚ながら自動車の如く。そしてわずかにナターシャが速い。

 そう見るやハルはあっさりとナターシャに抜かせ、後ろから全身を使ってナイフを投げつける。足を狙う一撃一撃を丁寧にかわしながらも、ナターシャは太刀を小脇に挟んで何か仕込んでいた。

 させるまいと再びシプカにマガジンを装填する......が、距離を離して後ろを振り向いたナターシャの向けるそれに、ハルは驚愕してしまった。

 鞘の鯉口こいくちには、丸い物が刺さっている。それをハルは、対戦車擲弾たいせんしゃてきだん、ひいては『パンツァーファウストのようなもの』なるものと形容していた。

 

 飛翔力を持たない巨大な弾丸が、銃鞘に打ち出されてまっすぐ飛んでいく。

 氷床を穿ち、煙が飛び散り爆炎が浮かび上がる。


「............」

 右手に大太刀を構えその黒煙を眺めるが、じきに下ろす。

 その向こうに、黒髪の暗殺者の影はなかった。




 ......まさか。ハルユキともあろう奴が、たった1発の擲弾で蒸発するはずもない。

 ナターシャは再び太刀を鞘に収め、走り出した。ここではない、開けた場所へと。


 街灯の隙間、冷たい暗闇から黒い影が唐突に飛び出した。

「女ァ!! 覚/悟しっ」

 三筋の浅い切り傷を負い、歪んだ白い顔は怒りに震えていた。その顔は美しくも狂気的で、だからこそナターシャは惜しいと思ってしまう。

 

 薬莢が排出され、刀身はすでに水平に振り切られていた。覚悟し『ろ』の言葉を言うこともそのナイフを彼女の頸動脈へ届けることも能わず。目を閉じ残心、静かに剣を納めると、回転をかけた上半身が下半身から離れ、反対の方角を向き道路の上へ崩れ落ちて行った。


「......!!」

 だがナターシャはその静かな、仏像のように穏やかな半目を、皿のように見開くと再び居合の構えをとる。

「......ダメですね、炸薬がない」


 途端に地に転がるハルユキの斬烈死体が、真黒い炎で燃え立ち黒煙を蒔き始める。

 ナターシャは瞬時に鞘で顔を守り構えた。そして炎と黒煙の向こうから、血走る瞳を更に赤く光らせたハルが拳を振るって飛びかかった。


 硬く凍てついた道路に、小さな少女の身体が転がり、街灯の支柱に叩きつけられた。

 


 鞘を殴った右手を脱力させ、左手で機関銃を構えてハルが歩み寄る。

「......恐ろしい程にしぶといな。装薬数は3発と見て最後の居合を使わせたは良いものの、渾身の拳は鞘で受けられ肉体強化で凌がれる」


「............」


「鋼鉄を突き穿ち斬り裂くその剣閃...... カムイの肉体強化のみでなし得るものでも、の性能を含めても産まれない」


「............」


「その絶技、どれほどの鍛錬と、どれだけの実戦によって磨かれたか。俺ならば伺い知ることができる。どれほどの......覚悟がお前を動かしてるんだろうか。ロシア人であること、女であること。日本人であること、男となろうとしていること。どれだけの惑いがあるんだろうか......それは伺い知れない」


「......ッ」


「知られたくはないか? お前を侮辱するつもりはないが、結果としてそう思ってしまうんだ。あんた、俺に惚れてるだろ。残酷に殺したいぐらいに」


「..................」


「俺も同じ気持ちだ。お前を戦士として、存分に辱めて殺してやりてえんだ。......それが俺のさがでね」


鼻血を拭い、ハルは凶悪な笑みを浮かべる。その笑顔はナターシャにはまるで、腕白な子どもの見せる誇らしい笑顔そのものに見えたという。

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