4-3 両断 Usatuye
『本当か? いや、君を捨てて行きたいのは山々だがセポとミラルが納得しないだろう。とにかく封印は解除した。間も無く僕の剣は手元に戻り、そう時間はかからないだろう。
僕だって嫌さ。だが、おそらくセポは君に向かって首を横には振らないだろう、そういう女の子になってしまったのさ......』
その時ツキガタ温泉でわたしは呑気にトラ猫さんの夢を見ていたので、キリトに叩き起こされると不機嫌になった。やっと夜に眠れるっていうのに。
真夜中の街を、真剣を提げた少女が歩いている。
「さすがは暗殺者...... 一度姿を見失ってしまえばそれまでですか」
ひとりごとまで敬語が染みついた彼女は、背中に背負った大太刀に手をかけて歩いている。
「そしてハルユキの持ち札は闇討ち。加えてハルユキのウェン・キムンカムイは、殿下でさえ終ぞその霊素特徴を読み取れなかったという代物...... 今私は彼の手中にあるのでしょうか......」
ステンレスの水筒を取り出し、ホットココアを口にする。寒空でこの少女もまた緊張していた。
頭上を通り過ぎていった
放置された小ぶりのコンテナの影に人影。まさか真冬の屋外、しかもこの時間に人がいようはずもない。
鞘が
ナターシャは首筋をうごめいて行く鋼の香りと冷たさを感じた。鞘から左手を離し、柄を両手で掴み、柄頭のツマミを回し刀身の出力を上げる。
音も立てずコンテナの、ハルユキのいる裏に張り付き、迷いなく突きを繰り出した。
「ひいいいいいいいっ!! なに!?なに!? やめて!! お願いしますぅ!」
「............!?」
裏で声をあげたのは、若い女の声だった。
「うっ、ううううう...... ごめんなさいお父様......!」
紛れもない。すぐ裏に回り込んで見ると、同じ黒髪、白いコートの下に薄着。だが刀も持たず、包まっていた毛布二枚を投げ出し、身長も声質も手の形も違う。
クイトプも、間違いなく上から見た人影だと伝えた。
偶然にも刺し外したようで、......よかった。
「もっ、申し訳ない。人違いだったようです」
掌を顔から離し、涙に濡れてぐちゃぐちゃになり、赤く火照った顔を上げた。確かにそれは少女そのものだった。
「こんな夜遅くになぜ」
「......さっきまで男の部屋にいたのよ」
「放り出されたのですか。可哀想に」
「私が家を出たのよ、時間切れだから。好きでも嫌いでもない男の部屋に泊めてもらうわけには行かないでしょ」
「............? 何か事情があるのでしょうがともかく、親元に...... いや、もし嫌なら私が交番に泊めてもらうよう言いましょう」
「ダメよ、私行くとこないのよ。またケーサツの厄介なんてごめんだわ」
「いいんですよ。私が話しますから...... とりあえず近くの小売商で温かいものでも買いましょう」
「......あなた、いい人ね」
「さあ、どちらへ」
ナターシャは少女の先を行く。時に振り向き、親身に身の上の話を聞いていた。そんな彼女に少女は、困ったような微笑みを向けて度々、照れ隠しに感謝を述べていたのだが。
「............!!!!?」
それは突然のことで、ナターシャ自身も一瞬理解ができなかった。
太刀を居合抜き、急速に後ろを振り向き刃を振るう。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
高笑いが頭の中で響き、遠ざかり大きくなったりを繰り返す。
左手を柄から離し、ゆっくりと背中に回す。背中に突き立ったものを引き抜くと、二次的に痛みがまた全身を駆け抜けた。吐き気が喉にこみ上げ、視界がぼやける。
左手を目の前へ。掴んだそれはメスだった。刃から柄にかけて血がついていて、確かに刺されたところから尻へ、足へと生暖かいものが駆け抜けていく。
目の前に立っている男は、少女ではない。
確かに黒い長髪、白いコート、薄いインナー。
さっきの少女の身長は...... あれ? そういえば180糎ぐらいあったか? ぼやけて思い出せない。いや、最初からぼやけてよく見えなかったかもしれない......!!
「あぶねえー、即席で化けたらうまいことひっかか......!」
反射するナトリウム燈色の街灯の光が目の前で何重にも閃く。その筋に怒りは見えない。先ほど沼上で見せた冴えと変わらない。その顔は先ほどハルの前で見せた大人びた優しさをちらりと見せるものから、戦闘マシンのごとき冷徹な顔へと変貌していた。
だが、もう武で負ける自分ではない。そうハルは思い、思わず笑みがこぼれた。
街灯の隙間に潜んだ黒い羆の影が、後ろからナターシャに襲いかかる............が、一刀で斬り伏せられ、霧散した。
後ろに気を取られた隙にハルは鉄パイプを手に持ち殴りかかる、が手にした鉄パイプは途端に重量を失い空振る。鋭利に両断されたパイプを振るい投げれば、それは真っ二つになって道路へ落ちた。
鮮烈な精度を持って投げる、盗んだ刃物の悉くが斬られて撃ち落とされる。街灯を蹴り倒すと、瞬きのうちに3つに切り刻まれた。
「いい加減にしろや、女がぁ!」
影から悪神が大手を伸ばし、鉈を振り下ろし、水平に振り回す。躱し、躱し、躱され。躱した先に振るった鉈は、受け止めた一刀でまたまた真っ二つに割られ、その腕の悉くがぶつ斬られ、斬れたとこから再生していく。
ジャキッ!! また鍔の音が響いた。機関音が高きへグリッサンドする。まるで警報のようだ。
滑って後ろに飛び退き、小刀を抜き守りに入った時にはもう遅かった。まるでハルまでの地を縮めたかの如く一瞬で接近し、その瞳が冷徹な黄緑に輝いてハルを見据えた。
これから見る一閃、二閃、三閃の美しさに、ハルは思わず身を守りながらも見とれてしまっていた。
鞘尻が高く掲げられると、凍結した道路の上に突き刺さる。左脚がたたまれ、斜めに伸びた右足の踵が上がる。そう、そのフォームはまるでピルエット、バレエにおける回転フォームのようだった。
ハンマーが弾く音と火薬の爆発する音が鳴り、赤熱した刀身があたかも銃弾のごとく、薬莢が宙に舞うと同時に打ち出された。
翻った刃はハルの顔を三度切り裂いた。その斜め回転はバレエと言うにも、フィギュアスケートと言うにも足りない。刀身を銃で打ち出す居合と凍結路面...... いや、この勢いならば凍っていなくても余裕で三回回れよう。かなりの重さを誇るだろう大太刀に振り飛ばされることも腕が抜けることもなく、斜めの姿勢で三回転すると、屈んで勢い余って軽く転び滑っていった......ようだ。
空中へ吹き飛ばされたところへ、激しい痛みと熱がハルの顔を襲う。見事に鼻骨が両断され、瞼の下に熱い血が満ちていく。それを感じた後、凍結した道路へ叩きつけられ三度のみならず、ゴロゴロと滑ってどこまでも転げて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます