3-14 絆 Hepertus
「............」
「......まだ闘うのか?」
よろよろとミラルは立ち上がり、ハルに語りかけた。
「俺を誰だと思っているんだ。『俺の顔を見たものは、自分の眼の前で何が起こったか語ることはない』、そう語られた悪神だぞ、俺は」
そう告げるハルは、満身創痍のミラルとは違い無傷で仁王立ちし、静かに目の前の男を見下ろしている。
「お前が死ぬ理由などいくらでもある。俺の目の前でいつまでも生き永らえ、俺の悪神を一度ならず二度も打ち破った。
憎い。殺してやりてえぐらいだ。その、俺に打ち勝ったのに全く誇らしくなさそうなその顔が、ぶち殺したいほど憎らしいんだ」
「.........誇らしいわけないだろ」
「......!!」
その時、ハルユキは目の前に、自分を張っ倒した父親の顔を想起したらしい。
「お前はまだ子どもだ。血縁があるだの、お前がどんなに強かろうと関係ない。お前みたいなやつに慈しみを向けない方法はないんだ」
『一人前になるまでには時間がかかる。何よりそれは俺が裁量する訳じゃねえんだ』
元山マハワト...... 幼きハルの父親はそう、厳しくも優しく語りかけた。さっき明らかな殺意を向けられ、刺されたにも関わらず。
『殺し、殺されるだけが人間の役目ではない。その行為の中で、何を見るかだ。これからお前は、何度も何度も人を殺し、大切にした人やモノとの別離・出会い・再会を味わうだろう。
失って、取り戻して...... それでも残ったもの。永遠の信頼を置き、信頼してくれるモノを探せ。揺るぎない信頼をくれる時、お前は初めて一人前となれる。その時になったらお前を断髪してやる』
「村泉ミラル。これを受け取れ」
ハルは、折りたたんだ肥後守を投げ渡した。
「慈しみがあるなら俺を殺してくれ。俺は何もかもを失った。もうお前に復讐することでしか埋め合わせる術がないんだ」
「そんな...... まだまだ人生これからなのに」
そう言ったわたしをジロっと睨む。
「俺が、今更真っ当な人生を送れるとでも思ってんのか」
ミラルが肥後守の刃を伸ばし、ハルの方に歩み寄っていく。
「ミラル! やめて!」
新たなバンを調達したレツタとユンは、ツキガタ温泉で待っていた。
「.........? なんだありゃ」
レツタが暮れた冬の車道に見たのは、4人の人影。
わたしはミラルに負ぶわれ、ミラルはハルに肩を支えられ、原田くんが武器を隠したハルのコートと刀剣を預かっていた。4人とも傷だらけだったので、レッツもユンさんも慌てて駆け寄る。
その後ろに何台ものジープの、ヘッドライトが現れた。
「おおうおうおうなんだあれ、傭兵団か!?」
驚くレツタの尻目に、車を降りた黒ずくめの兵士達が駆け寄ってくる。
「沙里ユン」
「はっ、はあ」
「二人を頼む」
ユンさんに身を預けると、ハルはハイビームのヘッドライトの方へと歩いていく。
「主神キムンカムイの名を背負う山の傭兵団たちよ。跪き傾聴せよ」
その号令とともに闇に紛れる影達が、一糸乱れず真っ白な車道へ跪く。
「俺は、これよりこの、砂澤一味に加担しカムイコタンへの旅路を支援しようと思う。
......
......ここにキムントミコロクルの解散・そして族長・山中ハルユキの任
闇中にエンジン音だけが響く。傭兵達は無言だ。
「............皆、異存ない訳ではなかろう。不服ならば、俺を殺して新たに自分が族長となればいいんだ」
そう言うと、刀を抜きハルへ歩み寄って来た者が24人ほどいた。その中の一人が一番前に歩み出て、ハルの首筋にその刃を突きつけた。
「お前、本当にガキだな」
「ソウジか。やはりお前が長となるか?」
「馬鹿野郎。この中にお前が族長であることに異存を持っている奴がいたか」
「......いくらでもいただろう。お前らが名乗り出たように」
「マハワト様がお前に殺され、混乱する傭兵達を推しなだめ、率いさせて俺たちが従っていたのはお前に恐怖を持っていたわけではない。俺たちキムントミコロクルには、お前こそが族長に相応しい」
「............」
「昔からお前は生意気なガキだったよ。マハワト様の子であることを決して誇らず、バカみたいに真面目で、羨望も嫉妬もお前一人に向けられ、そしてどこまでも優秀だった。......なあ、お前にすら捨てられ、挙句に生業すら奪われたら
「............ならどうするんだ。俺に恩人を裏切れって言うのか」
「何を考えているのか知らないが好きにしろ。俺たちはここで潜伏しているから、お前が帰還し都に攻め入る時を待ち構えていてやる」
「......好きにしろ」
「ふふふ、ありがたき幸せだ。皆、異存ないな」
ソウジという男の後ろに控える傭兵も剣を納める。一礼するとソウジはわたしたちの方へと進み出て来た。
「村泉ミラル様、谷宮セポ様。私は
......礼儀正しき兵士から、物腰の良さに隠れた『族長が死んだら承知せん』という脅しが感じられる。思わず何言も言えず、二人とも会釈するだけだった。
「われらと皆さんの友好の印として、誰か皆さんの信頼の置ける連絡係をこちらにいただきたいのですが...... そんな無茶は言えませんね」
困っていると、武器を車に積んだ原田くんが歩み出て来た。
「村泉、人質役を俺に任せてくれないか」
「なんだって、そんな無茶は頼めないぞ」
「さっきは足を引っ張ったからな、俺が同行する義理もあるまい。それにカムイコタンから帰って来たとき...... おそらくそれは北加伊道国都との決戦になるだろう。そのための同士を集める手伝いをしたい、そう砂澤にも掛け合ったんだ。お前に
「......そうか。その時また会おう」
敵に絆を結び、その一身に責任を負う。
傭兵達のジープを見送るハルユキの背中。ばっつりと切られた後ろ髪が寒そうだ。
あの時ミラルは、ハルユキの後ろに束ねられた髪を切り落とした。
山の傭兵団にとって、神代のヒグマの長い尻尾を模して束ねた髪は、まだ半人前であることの証しだ。それを切ることは一人前として認めたことを表す。そうミラルに教えていたっけ。
「お前は俺を殺そうとした。だが今は俺を殺そうとしないでくれたのに、俺がお前を殺す理由があると思うのか」
乱れた髪を切っていく、それにハルは抵抗しようとしない。
「俺への復讐がこれからの生き甲斐ならそれでいい。その時は俺が殺してやろう。その時のためにまた力を溜めてくれ」
ハルの、タンクトップ一枚で露出した肩が震える。
「......その時までどうして過ごせっていうんだ。こんな生き恥を曝して、どうやって生きていけっていうんだっ」
そうして苦しそうな顔を向けるハルに、ミラルは微笑みを向けた。
「そうだ、ハルユキ...... お前はカムイコタンを見たことがあるか?」
第一章「キムンの傭兵」......
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