3-13 群青 Ironnenisor
黒い影の腕が、まっすぐに・躊躇いもなくわたしに鉞を振り下ろす。
キリトが大剣で弾き返し、受け止める。
『なぜだ! あいつを生かす理由は......』
「ハルユキは! ハルは...... ミラルの弟なの! 父親は違えど、同じ母親に愛され育てられた......兄弟なの!」
『あの時、君が読みとっていた記憶...... そうか。だが......』
鉞を跳ね返すが、新たな腕がもう一本、まさかりを振り下ろす。するとミラルが氷柱弾で打ち返した。
「可笑しいよね。でも、これ以上ミラルは人を殺してはいけない...... そんな気がするの。もしハルを殺したら...... あの子は帰れなくなる」
『...... 足りない』
「え?」
『もっと強く思うんだ。もっと強く決意しろ。君がそう望めば、僕の霊剣は力を増す』
「......!! ミラルゥゥゥ!!」
この言うことを聞かない足では逃げられない。この暮れかけた空を飛べたら。そう思うと、わたしの身体は重力から解放された。
ミラルとハルの間に立ち、ハルの方を向く。
「なぜ邪魔立てする? いや、そうか。先に殺して欲しいんだなァ!!!」
幾十もの手が伸ばされ、地に引き摺り下ろそうと狙ってくる。キリトはその全てを一太刀に薙ぎ倒した。
「結構。先に殺していいよ」
「なっ....... 何をするんだセポ!!」
そういえば、ミラルが『セポ』と呼んでくれるのって珍しいな。
そうして背後にある顔を思い浮かべ、彼の母の顔と重ね合わせる。
「邪魔するんじゃねえ、女ァッッ!!!」
『させるか、霊撃壱・封神斬!』
キリトの霊剣が再び熊神とハルの身体を貫く。黄金に燃え、一時的に封印する。
「いいけど、これを見ても、あなたは殺したいっての!!?」
トゥイエカムイサラナ・キリトの剣を媒介し、わたしの思念をハルに送り込む。
「................!!!!」
「............」
ハルユキもミラルも、硬直したまま動かない。
「ね。やめよう」
暮れかけた冬の、群青の空が、4人を仄かに照らしている。
「セ...... いや、谷宮。お前は......」
「ふふっ、ミラルは変なやつだね、相変わらず。名前で呼んでくれて良いのに」
「........」なんか赤い顔していた。
「そうだ、お母さんのお名前、聞いたことがなかったね」
「「チヨコだ」」
揃って答えたので、思わず笑ってしまった。
「チヨコさん。二人を、等しく愛してくれていたんだね。まさかミラルが生きていて、ハルと出会うなんて知らなかっただろうに。でも、二人ともまだ戻れる場所があるんだよ、きっと」
「............」
「......セポ。お前は俺が真っ当に、母に顔を合わせられるような人間でいられると思っているのか」
「何言ってんの、それは心がけ次第じゃない」
「俺は英雄になんかなれないんだぞ。ずっと、俺や両親を陥れたこの世界に復讐しようと思っていた。何もかもぶち壊して、何もかもを犠牲にして、のうのうと自分は死のうとする人外だぞ!!」
「ぷっ。ふふふふふふ」
「............」
「まだ復讐もしてないし、英雄にもなってないじゃない。あなたの人生はまだまだ、こっから始まるんじゃないの? でも、わたしを救ってくれた、そしてハルを救ったあんたは十分英雄に足る男だと思うけど」
「.........」
「チヨコ。チヨコか! フフフフフ、どこまでも俺に付きまといやがって.......」
「ハル? ごめんね。嫌なことを思い出させたかしら」
「ああ。思い出させやがって。ヘヘヘ、良いこと教えてやろうか、ミラル。あいつは死んだよ」
「......え?」
「.........」
驚きのあまりわたしは硬直する。ミラルは......静かに目を閉じた。
「あの女、病気になりやがってな。でも山から降ろしてまともな医者にかかることもなく、さらっといなくなりやがった。全部マハワトのせいだ。あいつが母さんを見殺しにしたんだ! ハハ、フハハハハハハハハハハハハ!! 畜生!! 事あるごとに奴、死んだ母が悲しむだろうつって勝手に代弁しやがって。殺してやった時は射精しそうなくらい気持ちよかったよ。ハーッ!!!」
ガリリ、と歯ぎしりする音が横から聞こえた。
「今でも夢に見るんだ。母さん。俺は立派な人殺しだ。人を殺さなきゃ生きていけない、人殺しでしか人を幸せにできない人間さ。いつまでもマハワトは俺のことを一人前と認めなかった。この尻尾髪を切らせちゃくれなかった! だがようやく家族のいない、自立できるようになったってのによ」
大気に、殺意が満ち始める。
『ウェン・キムンカムイ 3度目の顕現だ。......まずいな! あの熱戦の再装填は完了している!!!』
「「!!!!」」
「失せろ、俺の視界から。二度と俺に母さんのツラ、思い出させるなあああああああ!!!!!」
轟音と、かかり始めた夜の帳を切り裂く一条の光線。
「オンルブシ、守れ!」
白亜のような氷壁が、ミラルの眼の前に顕われる。
「うおおおおお、だがすぐ破れるぞ......あれ?」
熱線はほんの5秒間照射されただけで終わった。
「.........切れた。これだけだと!? ......ハッ」
黒い影に突き立つ黄金の大剣。その光が、悪神の影を吸い込み、霊剣はハルの身体の中へ飲み込まれていった。
「クソがぁ!! やめろォォォォ!」
「封印の霊剣を炉心に挿しておけば継続的に封印できるなら、最初からそうすればよかったんじゃない」
『生前から大事に使ってきた、人間からの貴重な授かり物の剣を手放そうなんて、僕の発想にはないからなぁ。はーあ。また打ち直さなきゃならんのか』
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