3-11 悪神 Wenkamuy

 身構え、各々のカムイを発現させる3人を前に、黒い薄手のタンクトップの上に白いコートを羽織っただけの、巨大な少年は笑みをこぼしていた。

「ヘヘ...... へへへハハハハハハハハハハ!!!!」

 ハルユキが高笑いをする。その声には、狂気ではない理性からの可笑しさが感じられた。

「お前ら面白えな。三人揃って死にてえか!!!」


 背中から再び、ウェン・キムンカムイが発現。その隙をキリトは見逃さなかった。

 霊体の剣撃が、カムイとハルユキの身体を貫く。


「うっ、うおおおお!!!?」

 黄金の炎が黒い影を包み、やがて焼失していく。

『終わりだ、山中ハルユキ。お前が本体ごと来た時点で、勝負は決まった』


「.........てえと?」


「わたしの能力は、カムイを封印しその能力と霊体を発現できなくさせる。......終わりよ」




「............」


『.........?』


「............」

長い沈黙が辺りを包んだ。




「......そうか。なんてあっけねえ」




『霊体反応が...... 消えている......よね』


「即刻武器を全て捨て、地面に伏せろ。お前は逮捕する必要がある」

 原田くんの声と、ミラルが拳銃を突きつけたのに呼応し、次々と凶器が雪の上に置かれる。


 メスが2本、肥後守(折りたたみ式ナイフ)が1本。そしてサバイバルナイフが1本、かなり長めのダガーナイフが6本と、合計10本もの小刀が放られる。

 続いて太めの打刀が大小二本、分銅のついた鎖が一本。

 これだけの武器が長めの白いコートの下に造作もなく収まっていたのだから驚いてしまう。


 ハルユキが後頭に手を乗せて伏せると、原田くんがどこからかガムテープを取り出し歩み出る。


「お前、図に乗ってんじゃねえよ」


「っ!!」





 一瞬にして長い黒髪が空中に揺れるのをミラルは見た。

 拳と蹴り足が音を立てて宙を舞い、原田くんが吹っ飛ぶ。それを見るとミラルは後ろに下がりながら、拳銃を連射した。

 1秒に12発ぐらいだろうか。なんの押さえもなしに片手で撃ちまくっていたが、飛び退き全て指に6本握られたダガーナイフで弾かれた。


「......ハッ、舐められたものだな。とでも思ったか!!」


 ハルユキの右手が振りかぶられ、折れた3本のダガーが円盤かと見まごうように回転し飛ばされる。


 ミラルは撃ち切ったマシンピストルを捨てると前空中に左手をかざし、氷の壁を地面から湧かせ受け止めると、右手を振って太い氷柱の弾丸を作り出した。

「お前は、その身で神威しんいの力を受け止められないとは思わないのか」


 神威という推進力と回転を込められた弾丸はまっすぐに黒い影へと飛んで行く。右へ身体をねじりハルユキは避けると、地のひと踏みでミラルの方へ、まるで弾丸かのように突っ込んできた。


 速い!? そう呟いた時には遅く、唯一折れていなかったダガーがミラルの右肩を水平に刺し斬った。


 咄嗟に回転して逃げたミラルは空中にまた2発の氷柱弾を置き、至近距離で打ち放って飛び退く。難無くハルユキは避けきると、構えをとってミラルと見合った。


「ミラル! 傷が......」

 

「近寄るな!!」

 その怒声にびっくりしたのか、走り出した瞬間足に激痛が走ったからか、わたしは雪野原に思いっきし頭からてっくりかえる。顔を上げると、血飛沫を受けた顔は、まるで狼のように変貌していた。平生なら転んだのを心配してくれるだろうに、今はそんな色が顔にない。


「お前がそこまで必死になるなら、望み通りにしてやるさ。お前をさっさと殺した後、ゆっくりあの女を料理してやる...... いや、お前もなぜかゆっくり殺したいな。初めて見た時から何でか、いけ好かなかったんだ」


「やめろ、そうはさせるか!!」


 氷柱弾が何本も何本も浮かび、放たれる。全て俊敏な足取りで避け、わたしたちの視界から消え失せた。


「だって、俺言わなかったのか? あの女に頼らなきゃ闘えない屁垂れヘタレに免じて、そいつには手を出さないでおこうから大人しく俺に殺されろって」


 瞬きの間にハルユキはミラルの右腕を後ろへ引っ張り、腕で首を絞める。


「がっ......!! あがぁっっ!!!」


 一瞬でミラルの顔が青くなり、肩口の傷から溢れる灰色が広がって行く。


「ほら、ホロケウカムイか? そいつを出して抜け出せよ。意識が落ちる前に」



「キリト!」


『ダメだ! 実体のある人間を攻撃することは僕にはできない』


「なんでもいい! 眠らせるとか、早く!」


『そいつは時間がかかるってわかってるだろうに!』



 万事休すと思った瞬間マシンピストルの音が響き、ハルユキはミラルから離れた。

 ミラルは気絶寸前の状態で倒れこみ、痛む足でわたしは駆け寄る。


空間擬装カモフラージュしようとお前の位置などわかると、わかっていてか。山椒魚サンショウウオめ」


「いや、わかるまい。谷宮セポが封印してくれたから、お前は俺がどこにいるか、いつの間に盗んだか現にわからなかったはずだ」

 例の渋い声の聞こえる方向を見ると空中に木製ストックのついたピストルだけが浮かんでいて、弾倉が落ちてまた込められている。そして空間の切れ間から出てくるように、肥後守が取り出されてきた。

「こいつは貰っておくぞ。どこからぎってきたか知らんが、接近してきた暁にはこれで刺し殺してやる」


「やってみろ......よっ」


 その声の方向へ一瞬にして回り込む。これまたいつの間に取ったのかサバイバルナイフが握られていて、マシンピストルが叩き落とされた。



「なんて軽快さだ。あいつ本当にカムイを封印されているのか!?」


『確かに。恐ろしいのはあれが強化を与えられていない素の体術で、カムイの肉体強化があればあれ以上に俊敏に動けるだろうことだね』


 そう聞いたミラルは、ガリガリガリと歯ぎしる音をたてて立ち上がると、原田くんを援護すべく氷柱弾を連射する。



「ウハハハハ!! ちょっと待てや、容赦ねえなお前らっ」


「観念しろ、子どもと遊んでる暇はねえんだ」


「ちょっと手を封じただけで子供扱いかよ、お前ら! わかったよ、そろそろ遊びは終わりだ」


「いいさ、終わらせてやッ」

 

『待て!! なんだこれ』

 キリトの一声でミラルと原田くんの動きが止まる。

『霊力、急上昇。励起か? ウェン・キムンカムイ、再発現するぞ!!』





 ハルユキの周囲から、赤黒い光が放出される。

 その赤はだんだんと全て真っ黒に変わっていき、やがて剣先のように尖った指へ、一本の指から5本指を持つ腕へ、その指もまた一本の腕へと形を成して行く。

 神尾キリトはのちに、その霊力を山神・自然の与える恐怖、もしくはハルが内包する殺意の具現化、と評した。



 銀に光る氷の壁が、何層も何層もわたしとミラルを包む。



 数えられないほどの黒い、指と腕が山のような、大熊のような形を成す。



 それを見た瞬間どす黒い、もはや魔力と形容すべきエネルギーが一条の熱線となり、撃ち放たれたのだった。


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