3-10 破綻 Hepitatpa

「つまりは、一つの獲物を執念深く狙う追跡力、それが山の悪神ウェン・キムンカムイがハルユキに授ける能力だと?」


[おそらくはな]


「そういう、お前の推理か」


[村泉ミラル、君の理解力の高さはすごく頼りになるよ。だから俺の推理の続きを聞いてほしい。そして非常に言い遅れた本題なんだが...... その推理を受けて提示する作戦をもとに、俺と共闘してくれないか]


「.........あくまで俺たちの目的は、レツタたちの救出を待つだけなんだがな」


[......つまり俺が死のうが関係はないと]


「そういう意味じゃない。俺個人の意見なんだが、できるだけ速くカムイコタンに到着するために、一刻も早い逃亡を求めてるんだ。お前はさっき『共闘』という言葉を使ったな。それはハルユキと正面衝突するという意味のように思えたんだ」


[その通りだ。そっちがそういう手はずなら逃げればいいと思う、俺はすでに任務を放棄し、本部の処罰は免れない身だ。もうこの身がどうなろうと知ったことではない]


「......お前は、俺を捕まえようと思わなかったのか?」


[.........逆に、思わなかったわけがないだろう。ハルユキを殺す隙を与えるために、君たちを刺して差し出そうと思っていたさ]


「......そうだよね」


「じゃあ...」


[逆に聞きたい。なんで俺を早く殺さなかったんだい? 俺は警察だ。君たちとは相容れないはずだが]

 真剣な声の張りが、通信越しに伝わってくる。

 

「なんで殺さなかったのか......か」


「.........」


 長考の末、ミラルはわたしが答えを返した。


「きっと、お前と同じ理由だろうな」


「......」



[.............そうか。本題に戻ろう。君は追跡能力の正体はなんだと思う]


「......嗅覚じゃないのか? ハルユキのカムイは熊だ、奴ら人間の2000倍ぐらいは鼻が効くって言うだろ」


[やはり、君もそう思うのだな。ハルユキはその嗅覚によって対象を識別する。しかも人の多く存在する居住地から、ピンポイントで・寸分違わず・誰にも気付かれずに目標を襲うことができるカラクリを持っているのだろう]


「原田。もったいぶらずに言えばいいじゃないか」


「確証のないことは言わないよう教育されてきたものでね。俺の所属していたインカラ部隊は俺を除いて全滅したわけではない。もう一人生きて生還している奴がいるんだ。

 そいつはなぜ襲われていないのだろうか。俺の見立てる理由は、奴はからだ。

 襲撃にあった時、ハルユキは一人を集中的に殺傷することをしなかった。両手にナイフを構え、全員を撫で斬りにしようと立ち回り、そしてこれまた奇妙なんだが、ナイフについた血を舐める動作を見せていた」


「......標的の血の味を覚えていたとでも言うのか?」


[現にたった一人の生還者は運良く傷を受けることなく逃走した。そして、そいつ以外は傷を受け血を味見され、どこにも逃げる事ができず殺された。......俺を含めて]


「何よそれ。もう自分は死んでいるような言い草じゃない」


「そうか。それで...... 原田、お前の作戦は、自分が囮となっている間に俺たちでハルユキ自身を叩けと」


[異存はないな]


「......わかった。谷宮、お前は一刻も早くここを離れて、レツタたちと一緒にアサヒカワへ向かってくれ」


「え? あなたは?」


「谷宮。俺はどうやら昨日の夜、いろんな事があったもんでその時の記憶がどっかに行ってしまっていたらしいな」


「ん...... む、無理もないことだと思うけど。それで何さ。なんであなたは一緒に行かないみたいな口ぶりなのよ」


「俺が捨て石になるんだ。昨夜受けていた頬の傷だが、ハルユキに付けられた傷なんだと思う」


「......!!」


「それで奴は俺を追って来ていたんだ。昨夜どうやって奴のカムイを撃退したか知らないが、今の俺にはその時のような奇跡は起きないだろう。そして原田の話が本当なら、俺はここで死ぬ」




 何を言っても、ミラルは聞かなかった。

 その琥珀色の目には、強い決意が宿っていたけれど、同時に何もかもを投げ出すような絶望に飲み込まれていた。

 

 この時のわたしには、ミラルはナガヒサに何を吹き込まれたのか知りたくてならなかったのだ。

『得撫ナガヒサね...... ミラルのカムイと精神をあそこまで弱らせるのだからよっぽどのやつだよ』

 そうキリトが呟く外で、レツタたちを待ち、ミラルを見捨てようとしているわたしがいた。




 プレハブ小屋の中で、ミラルは原田くんから奪った銃にマガジンを込めていた。

[君は、俺以上に自暴自棄になっているな。なぜだ]


「誰かさんに言われたんだ。自分の正義のために、誰かを傷つけないと約束できるかってさ」


[そんなことは不可能だ。正しかろう正しく無かろうと、生きていれば人間は人を傷つける。そいつはどんな破綻者だろうな]


「そうだ、そいつは頭のおかしくなったやつだった。そして俺もまた、そいつの言葉を真に受けている破綻者だ。セポを傷つけ続けるくらいなら死んだほうがマシだと思うぐらいには」


[そうか。その決断が、正しいと思ってるならなおさらだな]


ミラルは壁に寄りかかり、白い息を深く吐き出す。


「正しいか正しくないかは問題じゃない。普通の人間には超えてはならない一線がある、ってだけだ。原田、お前も人を傷つけ、殺したことがあるならわかるだろ? 俺が望んだのは、この孤独を埋める物、凍りついたこの心を昂めてくれる強い思いだ。そこに正しさがあるかどうかなんて、どうでもよかったんだ」


自動式拳銃のスライドを引き、弾を込める。


「俺が背負ってる虚無みたいな重荷を、谷宮も背負うなんて考えたくもない。人並みにそんなこと考え迷うことなく、信じる道を進んで欲しいだけなんだ」


[.........違うな、ミラル]


「何がだ」


[君はやっぱり破綻者なんだ。だから『人並み』という意味を間違えているし、その矛盾に気づいてない]


 プレハブ小屋が、突然壊れる。大穴から血走った目を光らせる黒い影、そして巨大な細い人影が現れた。

 山中ハルユキ。彼が真っ先に狙ったのはミラルだった。


 ミラルがドアを蹴破って外に出る。結局そこには原田くん、そしてわたしもいたので、ミラルはとても驚いていた。


「お前を大切に思っている女の心もわからないような奴に、人間のことを語れる資格があるのかな」

 そう言う原田くんの顔は、不思議な笑みに満ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る