2-6 化物 Oyasi
篝火が全て消えた、宿屋の前門。ダチアの車内で、ハルユキは凍え、震えていた。
「なあ、これで良かったのか?」
「......」
先刻、宿屋の主人、そして、ハルユキの「父親」の死亡が確認された。
そしてハルユキの憑神は追跡から戻ってきたが、彼の精神はズタズタにされかかっていた。
「......質問を変えようか? “なに”を、見たんだい」
「...バケモノだ」
「バケモノ。へえ......」
後部座席、彼の傍らに座っていたのは、長髪を大きく三つ編みにして纏めているのが目立つ、他の傭兵達とは少し趣の異なる男。
「奴も、自分の中にバケモノを飼っていた。俺が真っ黒い熊であるように、銀色の狼。そしてさらにその中から、俺が熊の中にバケモノを飼っているように、人型のバケモノを飼ってた」
「...... ハルユキ、柾岡とマハワトの話していたことを覚えているかい」
「...“魔剣の神”だろ。あいつはさらに俺に、あのバケモノをさえ飼わせようとしていたんだ」
「まだ、可能性だけにとどめておこう」
「厄介だ...... マハワトが柾岡をも殺したのは想定外だった。何をしようとしていたのかが彼の口から聞けなくなってしまった」
「それだよ。果たしてこれで良かったのかって話さ」
「煩い!! お前は黙って俺に従っていればいいんだ! ......余計な口を聞くな」
「へいへい」
そう言うと三つ編みの男は、缶のロシアンガラナ(ウォッカをガラナで割った飲料)を飲む。
「......カイトはどう思うんだ、親父のことを」
「ん? げふ、そうですね...... 卑劣なまでに傭兵の長たるべき男でしたね。奴ならば間違いなく天下を取れた。だから僕はこうして取り入って、ハルユキの参謀となっているのですよ」
「ふん、
ハルユキは冷めた焼き鳥にがっつき、ロシアンガラナで喉を潤す。
「絶対奴が天下を取れるなんて、芯から思ってなどいないだろう。奴には女を寝取る卑劣さや王宮や貴族に取り入る強かさはあっても、天下を取る野心も王の寝首をかく剛毅も欠けていた。奴にはキムントミコロクルとしての矜持がなかった。王国の犬に成り下がったのさ」
「でも、あなたの父に変わりなく、代わりはない」
「誰があいつの子どもだと? 無理やり子持ちの人妻に子どもを産ませ、今の今まで報いてこなかった、そして最後には見殺しにした奴がか。他人に俺のことを誇っておきながら、『お前はまだ一人前ではない』と言う奴がか! 俺は王国の犬の子なのか!? 違う違う。俺は羆だ!」
「だから殺したと。あなたはまだ本当に一人前ではないのかもしれないのに」
「......王国の
「そう言われるかと思っていましたよ。だが待っていればいるほど遠くまで逃げられるでしょう」
「奴らは
「承知しました、今すぐに。ゆっくりおやすみなさい......」
「とっとと消えろ」
三つ編みの男...“カイト”は車を出ると幾人かの部下を引き連れて丘を降りていく。
「絶対にこの屈辱は晴らしてやる。沙里ユン...... そして、村泉ミラル.......!!」
歯ぎしりをして、包帯を巻いた腕を握りしめる。そうしてまたハルユキは焼き鳥と酒にがっつくのだった。
「誰もいないな...」
1月5日未明。わたしたちの昼夜は逆転しつつある。
わたしとミラルの二人で、レジスタンス員から原付を借りて鶴柾に戻るが、全くもって人の気配はなかった。
「なんだよ、寝れねえじゃねえか... ふーあーあ」
ミラルが相当眠い顔をしている、わたしも同じような顔をしているのだろう。
「朝風呂浴びたかったんだけどねえ...... この寒さは血圧的にもお腹的にもマズい」
「全然カブって慣れないよな。ギアチェンジとか、あとギアチェンジとか。路面は滑るし眠くて事故りそうになるし最悪だわ」
「まず早く市街地から出た方が良さそうね...... このカブ、市外へ出せないからここに置いていこう」
「じゃあ、やっぱりヒッチで行くしかねえんじゃないか」
「うん、朝風呂に入るつもりだったトラックの運ちゃんが来てるっぽいから、頼んでみる価値はあるんじゃない」
「うむぅ、なんだかなぁ」
そのとき気づかなかったが、宿の中でわたしたちを見ていた男がいた。
「......間違いない、あの時の
わたしたちが”レジスタンス総長”の柾岡に世話になったと聞いて、一気に協力的になったトラックドライバーが、地図を広げながら話す。
「んとね、ここから州道6号線に乗って、国道22号線から向かうつもりです」
「そこの合流途...ツキガタがそこですね」
「ええ。わたしがお手伝いできるのはそこまでなんですが、まあ後はレジスタンスの拠点なのでそうそう狙われることもないでしょう」
「昨日そう云われてからの今日なんだがなあ......」
ミラルが静かにぼやく。
「
「もうしてるから大丈夫...... いや、ツキガタ。うん。あ、やっぱりそうなんだ。運ちゃんもそんなことを......」
「もうトラックに乗り込もうぜ。ゆっくりしてく理由なんてないだろう」
この時、ミラルが出発を促さなければ、わたしたちはどうしていただろう。ミラルはせっかちなのだなぁと思いながら乗り込んだ。
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