3-4 決意 Ositciwre
「さて、君達はどこにいくのかね」
尊大な声が響く。
「すでに村泉ミラル、谷宮セポは、カレイフキ王の名の下に、内務省警察団の指名手配を受けている。すなわち、この大地のどこへ行こうと君達は逃げる場所などない。
どこへ亡命するかね? アメリカか、ロシアか? 中華共産圏か、アセアニアか?
守ってくれるものがいるとしたら...... 私かも知れないな」
黒いトレンチコートをまとった、金髪碧眼の男。その場を急いで立ち去ろうとしていたわたしたちの後ろに立っていた。
「得撫...ナガヒサ......!!」
「光栄だねぇ、名前を覚えていただけるとは。なかなかいない上読まれない名前なので困ってるんだ」
ミラルはわたしに手を延べ、オンルブシからそっと下ろす。銀色の狼神と、金色のウサギはわたしの前に立ちはだかった。
「信じてはもらえないかもしれないが、私は無益な戦闘を好まない。私は......君達とお茶したいだけなのだ。......もし今の若者が紅茶を好まないならば、無論珈琲でも構わないのだが」
ナガヒサの両手には、空のティーカップと、コーヒーカップ。だがそれは、一瞬にして砕かれた。破れた革手袋の間から血が流れるが、ナガヒサは全く顔色一つ変えていない。その痛みにも、ミラルが氷柱弾を撃ったことにも今は無関心なようだった。
「俺を部下に殺させようとしていたやつが、今更そんなことをのたまうのか。それともそれは、闘いたくないという口実か?」
「分かり合えないならやむを得ない。殺す他ないな。だが、それは君達にとっても、我々にとっても損失になる...... 内務省の一人勝ちだ。だから可能性を模索したいのだよ......」
「守ってくれるものは私...... とはどういうことだ」
「言葉通りだよ。君達二人は、我が部下たちに打ち勝つだけの”決意”の力を持っている。だから私の部下として将来を約束しよう」
「お前の部下...... 警視局に?」
「当然、君達の経歴や戸籍、名前はこの世から消える。だがなんら問題はなかろう。君たちに親しい友はいないのだから」
「.........」
「依人として覚醒した人間の迎える最後は決まって平穏ではないものだ。
今は国から命を狙われるか、国の一部として闘いを強いられる。
だが、その人生を君たちは選んだのだろう? 心の底ででも......
私達ならば守ってやれる。君の信じる正義のままに、その力を振るう権利を。
守るべき人のために、その力を活かせる場所を」
「二人の部下も、お前もか? その人生を選んだのは」
ミラルがそう聞くと、ナガヒサは微笑みを向けた。
「この大地には、考える以上に自らのカムイを信じる人間がいる。彼らを制裁してきたこともあれば、彼らに新たな人生を歩ませてきた私がよく知っている。
まあ見ての通り順風満帆な人生ではないさ。
だが! 君達には正義を求め、為そうという決意の光がある! それこそが私の部下にふさわしい!! 君達を何としても手に入れたいのさ!!!」
オンルブシをわたしの前に控えさせたまま、ミラルはナガヒサの前へと進み出ていった。ナガヒサは革手袋を脱ぎ、コートからハンカチーフを取り出すと、右手の血を拭う。
「守護する正義のためならば、わたしは献身を惜しまない。握手を
ミラルは、ほぼ同じ身長のナガヒサの目を見据えると、右手を延べて握手した。その瞬間、ナガヒサの尊大な顔が苦痛に歪んだ。
「断る。どうせお前は俺たちの力量を測るために、部下を使い捨てようとしたのだろう。俺の力を見て逃げようとしたお前のような臆病者で虚言者は、凍えて死ねばいい」
苦痛に歪んだ顔は、いつの間にか迫真の笑みに変わっていた。
「まあ、調子に乗らないことだな。君の力がどうであろうと、私には敵わない...... ゆっくり語り合おうじゃないか、分かり合えるまで」
「くッ、なぜ凍結しない!?」
「なぜ敵わないか。その確信の理由を一言で応えるならば......
『防御は最大の攻撃』といったところかな」
ミラルが慌てて右手を話す。その右手は、激しい霜焼けのように真っ赤に腫れていた。
「さあかかってこい、若き異能者達よ。我らが警察の
『
ミラルは氷柱弾を幾十重にも作ると、全弾撃ち放った。まるで機関砲のように、あたりに爆音が響いた。
「これを耐えられるとは思えないがな......!?」
いや。雪煙が解けると、コートを着た金髪碧眼の男は確かに佇んでいた。
「法無き異能者達から、この大地を守る。私のその決意の力をお見せしよう」
そう語ると、雪煙の中から青白い光とともに、蹄の先から雄鹿の影が浮かび上がっていく。
『また、ただの鹿角の神か......。大したことはなさそうだな......!?』
わたしの前に立ちはだかったウサギから、大いに驚愕してる感情が流れ込んでくる。
わたしたちが見たのは、二つの輝く透明な防御壁を展開する、四つの角。
すなわち、彼の部下よりもふた回りほど巨大な雄鹿は、太い枝のような鹿角を伸ばす頭を、二つ持っていた。
『Brrrrrruaahhhhhhhhhhhh!!!!』
双頭の鹿の咆哮があたりにこだます。
その衝撃波でわたしたちは中空に吹き飛ばされた。
「私たちの部下達は我がカムイのことをこう呼んでくれた。
『
そのあと、わたしたちは空中へと飛び立ち逃げ回っていた。市街にほど近いプラントへと進路をとっていったが、上空からあたかも爆撃のような体当たりをなんども受け、とうとう市街の真ん中に撃ち落とされていた。
「うっぐ...... 痛い...だけで済んで良かったのかな」
『セポ、大丈夫か! じっとしているといい』
「ミラルは......?」
『ビル街の空中で肉弾戦してる』
キリトがそういう間も無く、わたしの横たわる車道の真ん前にミラルが吹き飛ばされて着た。
「ミラルっ」
「下がっていろ! あいつは...... 俺がやる」
そしてビルの屋上にはナガヒサ。腕をコートの内側にしまっているのか、袖が風にはためいている。「まだ動けるようだな。そうであって......欲しくはなかったが。まあいい、”対話”を続けよう」
そう言うとコートのボタンを解いて脱ぎ捨て、その下の鍛え抜かれた肉体を朝の寒空にさらけ出した。
そう、コートの下は裸だったのだ。
ミラルは起き上がると空中に飛び上がり、ナガヒサのいるビルの向かい側の屋上へ乗った。
「どこまで耐えられるかな!?」
ナガヒサもビルから飛び降りると、空中で盾を展開する。ミラルの乗るビルの根元に突っ込むと、あたかも積み木を蹴飛ばしたかのようにビルが倒壊した。
『危ないセポ!! 逃げるぞっ』
「逃げてもいいが、盾の隙を見て封印してくれ! 俺には手に追えないかもしれない」
「フハハハハハ、お前達には果たして、この
コンクリートの大きな破片が降り注ぐ中、キリトに空中へ引っ張られながら逃れる。
戦闘がどんどん激化し、盾と氷であたりの建物が破壊され、ついに炎と黒煙が上がりだした。
「やばいね、早くこの争いをと......」
わたしの声は火災警報サイレンに遮られていった。
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