3-3 鹿角 Kiraw



『それなら、お前からか』



「うっ、うわあああああああ!!??」


 柏原レアンの叫び声は、突然通話が切られるかのように途切れる。それが壁の外の惨状を物語っていた。


「......貴様......!!」


『次はあなただ。ナガヒサに伝えおきたいことがあるなら言うんだ』


「......無い」


 巨大な衝撃波が全身に響く。氷の壁が壊され、吹き飛ばされたミラルが仰向けに転がっていた。その向こうには、巨大な雄鹿と、仁王立ちする男の影。


「君のおっしゃる通り、私は嘘つきかもしれんな。君の更生の行方は我々には決定権がないと言ったな...... あれは嘘だ」


 大樹の枝のような雄鹿のツノが、躊躇なく突っ込んでくる。

 ミラルは瞬時に立ち上がると、目の前に氷の壁を作り出す、がそれは一振りで破壊される。

「かかったな」


 衝撃波でまた少し吹き飛ばされながら、ミラルは背中から狼を発現させ飛びかからせた。

 雄鹿は避けるすべなく噛みつきを受ける。食らいつかれて暴れまわり、肩口から徐々に凍りついてゆく雄鹿のカムイを見て、ナギは後ろに下がる。


「あなたの名字はなんだ」


「......ッ、四嶺山しれいさん。四嶺山ナギだ」


「四嶺山ナギ、得撫ナガヒサはどこにいるんだ。話せば逃がそう、そして氷漬けにした奴らも直そう」


「......刑事が現行犯をみすみすと逃し、逃げるとでも思うか? せっかく追い詰めた獲物だ、俺は刺し違えてでも、お前たちを執行しますよ、この場で」


「ふむ、ナギさんはどうやら重大な誤解をされているようだ」

 左手の指を鳴らすと、地面から舞い上がった大量の雪が収束し、六発の大きな氷柱へと変貌を遂げてゆく。

「追い詰められているのはあなただ。俺がも一度指を鳴らせば、俺が離れさえすれば元どおりになる後ろの氷像は粉々に散る」


「......!?」


 ナギの後ろには、6つの氷像。その中には先ほど凍らされた柏原レアンもいる。


「仕方のないことだ。あなた方は敵を知らなすぎた。......と言っても、俺もさっきまで自分を知らなかったんだけど。己を知り、敵を知った俺に、勝利する余裕が生まれただけだ」


「......... フッフフフ、ハハハハハ!!」

 それを聞くとナギは、極めて落ち着いた高笑いをあげる。


「......どうした?」


「俺たちは捜査6課にして、異能特捜組織。まだ覚醒したばかりの敵に余裕を持たせるとで思ったか!!」

 先ほどまで足から肩まで凍りつき、苦しみもがいていた雄鹿のカムイが氷を破る。中空へ飛び上がると、真っ先にわたしを狙って飛びかかってきた。


「谷宮!!」


『させはしないさ』

金色に輝く大剣の幻影がわたしを守る。雄鹿が前足を振り上げた瞬間、人型となったウサギが斬撃を見舞った。


「やった!?」


『なんだと? 受け止められたよ』

 雄鹿は、頭を横向きにし、キリトの大剣を受け止めていた。そして一振りで、キリトの幻影は大剣ごと吹き飛ばされた。そして雄鹿はわたしの方へ走ってゆく。


「そうはさせるか!!」

6発の大氷柱が、弾丸のごとく回転して雄鹿の方へ飛んでゆく。ところが、ツノの一振りによって全て弾かれ、粉々に砕かれてしまった。


「あの大剣...... それこそがレアンのキラウカムイを封印した霊術か。だがわかってしまえば防ぐことは可能というわけだ」



「ミラル、どうにか動きを止めてよ!」


「そうできればいいんだがなっ」

 雄鹿のカムイ...... 鹿角の神キラウカムイは完全に標的をミラルに変え、その巨大な体躯をぶん回すように格闘する。あたかも黒い旋風つむじかぜのようだ。


 隙を見ながらミラルも、氷柱弾で応戦するが、ことごとくツノの一振り、蹄の一振りで破壊されていく。そして飛びかかられるごとに、キラウカムイの脚を凍結させる罠を踏ませるがすぐ氷を砕き抜け出される。


「キリトさん、このデカブツを無理矢理でも止めろおっ」


『霊力切れだ。しばし待ちたまえ』


「待ってられるかあ」

 真冬の森の中で滝のように汗をかき、苦しそうな息遣いでミラルが駆け回っている。


「キリト、本当に治せないの、人間の傷は」


『僕の力はもともと、人間を助けるためにあるわけじゃない。君の前だろうと其の矜持は生前から染み付いたものだ』


「めんどくさいやつ。足の傷が治せないんだったら、動けないまんまなんだけど」


『そうだ、僕としたことが失念していたよ。どうせ一筋縄ではいかない敵なのだから君を逃せばいいんじゃないか』


「逃すって... ひええええっ」

 途端にわたしの身体は浮遊し、ひらけた平地の方へと飛ばされていった。そんなわたしの悲鳴を聞いたミラルも、巻き起こした吹雪のホワイトアウトに乗じて、オンルブシにまたがり同じ方角へ飛んでいった。


「逃がさんっ」

 ナギの怒号が響いてくる。



「大丈夫? すごい汗」


「クッソ熱いんだ、でも飛んだら冷えてきた。心配いらない」


「あいつ、ここまですぐ追ってくるよ、どうすんの」



「やれやれだ、最初からここで迎え討ってればよかったんだ」

 もう少し奥まで共に飛んでいくと、集雪所にたどり着いた。タイヤローダーが作った轍に沿って、雪が山となって集積している。


「ここにきてどうしようっての」


「キリトさん、準備はいいか? 一瞬で決めてくれよ」


『君の作戦ぐらい提示してくれればいいじゃないか』


「もう来る。動けなくなったところを封印してください」



 キラウカムイが、深雪の上を浮遊しながら駆けてくる。

「巻き込まれるぞ谷宮、山から降りろ!」

 そう言い放ってミラルは頂点に登り、雪と氷の山を拳で殴る。

 そして舞い上がった瞬間、たちまち雪山がまさしく雪崩となって雄鹿の幻影に襲い掛かった。


『ま、まさかこれほどの力が......』


「そして凍結させるっ! いけ、谷宮!」


 腰まで氷塊に埋められたキラウカムイと四嶺山ナギの上空に飛び上がると、わたしは幻の刀を抜く。キリトの大剣が、混乱しもがく鹿の幻影を両断する。するとその質量を持った影が、空気中にチリとなって消えていった。


「.........」

 ふわりと地上に降ろされると、撃たれた左足をかばって雪面にへたり込んだ。


「谷宮、ナギは無事か?」


「...えっ。......そこに倒れてるっしょ、穴ぼこ空いてる」


「よかった、俺もお前も無事で...... お互い撃たれてるけどさ」


「こいつなんかほっといて、早く逃げよう...... 歩けないから肩貸してね」


「さっきまで凍らしてた奴らのところに戻しておく。ちょっと待ってろ...... そうだ、ごめんな...... とっさのことにお前を守れなかった」


「いいんですって。まさか無傷で逃亡旅行できるなんて考えてたわたしがばかだったの」


「情けねえな...... お、オンルブシが戻ってきた。さあ行こう、長居は無用だ」


「ていうか肩貸してっていったけど、絶対辛いでしょ」

 わたしの身長、156センチ。ミラルの身長、181センチ。

「だからって持ちあげようとすんじゃねえっ、もう、歩かないからオンルブシ貸しなさいよ」


「かしこまりました、お嬢様」


「うぜえ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る