3-2 執行 Sumawkor
静まり返った林の中で、ミラルはもう一度伏せる。
『スナイパーがどこにいるか索敵してる...... 全く見つかる気がしないのだが』
「ミラル、どこ撃たれたの......」
「心配ない、肩のところだ。心臓まで寸前のところで避けたみたいだな......」
「キリト、治してあげて」
『治すとは?』
「ほら、シマフクロウの傷を快癒させたみたいに」
『あれは鳥獣限定だ、人間にも使えたとして、君らがポン酒を持っていればよかったのだけどね』
「はあ!? ふざけんなや!!」
思いっきり小声でキレてしまう。
「静かにしてろ。......キリト、実弾はカムイに効くのか」
『ん? いや、基本的に霊的存在に人類の利器は効かない。神霊が一方的に防いだりはね返したりは可能だけどね』
「そうか。なら、俺を撃ったのはただの弾丸ではなかった...... 俺がオンルブシを纏わせて防御かつ索敵していたのに、弾はオンルブシを貫通して俺に命中した。つまり敵はやはり依人だって言うわけか」
『防御は効かないのか。なら一層ここにいられないじゃないか』
「それよりもさっき『基本的に霊に人類の力は効かない』って言ったのを撤回したらどうなんだ」
『セポ、敵がどこに隠れてるのかの手がかりを調べないことには動けない』
「......そうね。でもこれより向こうから撃ったとしたら遮蔽物が多すぎて当たらないんじゃない? ここにいると考えるのが妥当じゃないかしら。単純な考えだけど......」
「単純というか、俺もその考えに行き着いてしまうんだけどな。......谷宮、這いずったままでいいから俺の肩を押さえてくれないか」
「何をする気なのよ」
そう言いながらも動いた瞬間、まだどこからか銃声が響く。雪ぼこりが巻き上がる光景に、またもや私は縮み上がって動けなくなる。
「そんな急に動かなくていいんだ。ゆっくり、でも早く来てくれ。早くしないと、張り付いて凍傷を起こしてしまいそうでな」
「ええええ、無理無理無理近づけない近づけない」
「ひぃっ」
「音と着弾までにそんなにタイムラグはないか...... まあ相当近くから見てるんだろうな。してできるだけ押さえてて欲しいんだが」
「ひ...... ううう何するの」
震える手でミラルの肩を雪上に押し付ける。ミラルの顔は青ざめながらも、冷静さは欠かずにいた。私が見てる前で、赤に染まっているだろう白シャツのボタンを解き、左肩をはだける、確かに胸の上に銃創があった。
「ええちょっとやめてよ見せないでよそんなの」
「なぜだか知らないが銃弾が体内で止まってしまったんだ、取り除きたくて......さっ」
ミラルが手のひらを銃創にかざすと、斜めに空いた穴から
「ダメでしょ! 傷口がっ」
そういう間も無く、激痛に耐えるミラルの全身が激しく
「はあ、はあ...... 見てみろ。弾丸が折れ曲がって、しかも横向きになってる。なんでだろうな」
「ひ、ち、血血血!!! 量がやばい量がやばい」
「やべえな...... とりあえず止血するか、氷で」
また銃創に手をかざすと、その周囲からが凍りつき止血した。
「もういいよ、押さえなくてもおっかぶさらなくても」
「いや、震えて動けない...... 肩貸して」
「重傷者に肩借りるなよ...... だがともかくこの場を逃げるか敵を探すかしないとダメだな。
たちまち周囲の地や木々の積雪が巻き上がり、軽いホワイトアウトを作り出す。
「便利な能力ね」
「大丈夫か谷宮、撃たれてないか?」
「な何、撃たれてって」
「お前が押さえてくれて俺がビクビク痙攣してた時、一発銃声が聞こえたんだ」
「えっ、いや、別に撃たれては......」
「なんとなくわかったぞ、まずスナイパーはそう近くにはいない。そして......」
突然ミラルは窪地から飛び出した。全速力で走ると、雪野原に倒れこむ。その間、銃声が二発。
「え、ちょっと!」
わたしも飛び出し走ると、四発もの銃声を聞いた瞬間、激痛に足を取られて雪野原へうつぶせに倒れこんだ。
「馬鹿野郎!!! ゆっくり這ってこい」
「痛い、痛い痛い! 足が!」
激痛を爪先から頭の毛先まで伝えている太腿を見ることができない。
「身をもって知れたか、あいつは動く物体を狙って射撃してくるんだ。目眩しもあまり効かないみたいだな。大きく移動しなきゃいけない時はキリトさんに守ってもらえ、あの剣なら弾丸を防げるだろう」
「足を撃たれた...... 多分一発だけだけど。わたしらここから一歩も動けないじゃない、どうすりゃいいの」
『位置さえわかれば昏睡させるなり、剣撃を見舞うなりは出来るだろう。位置さえわかれば......か。ミラルの言う通り、おそらく敵は遠くから狙撃してる。しかも遠くからこっちの動きを見てだ』
キリトが中空から声をあげた。あの野郎、カムイなら守れるっていったのにこういう時に限って何しにいってるんだ。
『本当に悪い、さがしてたんだ。驚いてどこから撃ったかわからなかった』
「位置さえわかればいいんだな、キリトさん」
そう言うとミラルは、あまり効かないと言った地吹雪のホワイトアウトに手を触れる。すると、オンルブシカムイが浮かび上がり雪へと同化していった。
「半径どのくらいだろうか。よくわからないが、この地吹雪の渦の中に入った輩はもれなく探知できる。ここからは根気比べだ、絶対一人じゃ済まないだろうが、全く動きがないとなれば黙視するために接近してくるに違いない。そこを叩いて、どうにか脱出するしかない......」
「それ、うまくいかなきゃ死ぬんじゃない」
「そういうことだな」
「何がそういうことだなよぉ......こっちが凍え死にそうなんだけど」
『昏睡結界を張った。入ってくればすぐ打てる』
「さあ入ってこい...... 俺がいいって言うまで発動しないでくれれば」
針葉樹の並木が強風に煽られ音を立てている。全身が冷たくなって、集中力が切れていく。そんな中でミラルは、瞳を黄金に輝かせて宙を睨んでいた。
「入ってきたな。一人...... 二人...... 三人............ もういないか。発動してくれ!」
ホワイトアウトが少し晴れ、地吹雪の渦の方向が変わる。風に煽られ、三人の人影が雪野原に眠り倒れこんだのが見えた。
「うまくいったみたいね。起こすの手伝って」
「いや、まだいるぞ、渦の外にいた!!」
すでに周囲は七人の警官に囲まれていた。そのうち五人はおよそ、札幌駅タワーの駐車場で捕まえにきた隊員がライフルを構えている。さらに一人は武装していないが親分らしき男、そしてもう一人は先ほど路上で闘った男である。
私たちの腕に手錠がかけられる中、親分らしき男が前に進みでる。なんとかナガヒサの部下なのだろうか。
「柏原レアンとインカラ部隊が手こずったようですな。道路上で襲撃し、発砲してしまったところで説得力はないのでしょうが、我が捜査6課長はあなた方と穏便な解決を模索しています。どうか私に同行いただきたい」
「穏便な解決? それは手っ取り早く殺傷するって意味なのでしょうかね」
「部下の教育がなってないな、ここまで統制できなきゃ全く説得力がない」
いかにも熱血そうな、柏原レアンと呼ばれた男が殴りかかろうと前に出るのを、もう一人の落ち着いた容貌の男が止める。
「お言葉ですが、レアンをけしかけたのも、発砲許可を出したのも全て課長が私に命令したことです。誤解なきよう」
「何が誤解するなだ。穏便って言葉が効いて笑うんじゃないのか?」
レアンが堪らず大声をあげる。
「ナギ! こいつとの対話はもう無駄だ。今すぐここで執行するしかねえ!」
「お前の最大の楽しみだろうが、それは後回しだ」
「こんな反抗心しかないやつら、課長と対話させても無駄だ。だからこの場で手っ取り早くやっちまおうって言ってるんだろ!? その権利を俺たちは持ってるんだ」
「お前がなんと言おうと、課長はあの時村泉ミラルに更生の機会を与えた。そしてまだその結果は出ていない......」
「課長...... なんとかナガヒサが? 更生の機会を?」
警官にダウンコートを被せられて、少々頭の回転が速くなってきた。私と比べてぞんざいに扱われていようとミラルは、言わずとも疑問に応えてくれる。
「砂澤教授宅で逮捕されて、留置所へ入ると突然、
なんだったけな...... まあ、俺が思想犯でありながら、依人としての素質を持っていることが確認されたと。だが君は18歳...... 成人してまだ1年経ったのみの少年だ。未知で不可解な力に染まることを拒否し、この国のために更生するための機会はまだある......ってな」
「そう、そして奴は全く自らを省みてなどいない。やはり課長は英断をされたのだ。本来ならば昨日執行していたところを1日も長く生かしていたのだぞ。早く......」
「レアン!! 喋りすぎだ」
「昨日執行...... だと?」
「そういえばわたしが奴に捕まった時、なんとかっていってたね。砂澤教授とミラルの執行日は明日のようだって」
ナギと呼ばれた男の顔の、冷静さが不自然なものに変わる。
「君の更生の行方は私たちには決めることができない。全ては課長次第だ」
ミラルの顔に冷たい無表情が流れ込む。その下の煮えたぎるほどの怒りを隠すかのように。
「そうだな...... あんたらにはどうにもできない」
そしてあたりは再びブリザードに包まれる。その中心であるミラルが、いつのまに手錠を壊したのか、傷口に手を当てて立ち上がる。
「俺は自分の行いを省みようとは思わない。少なくともあんたらのような嘘つきの前では。......制裁を与えよう、
ブリザードが巻き起こる中、銃声が八方から響き渡る。その音に驚き、わたしは目を伏せる。
「どうした。俺も、谷宮も一発も、かすりもしていないぞ」
目を開くと、わたしはキリトの
『ん? 駄目元で守ったけど、必要性はなかったようだ』
「え、一発もきてなかった気がするんだけど」
気づけば吹雪は止んでいた。わたしたちの周りは厚い氷の壁に囲まれ、ミラルの姿は見当たらない。
「畜生、ナギ、生きてるか!?」
「俺は心配いらない。あとの部隊はみんなブリザードで凍りついてしまった」
『次はどちらから凍りつかせればいいのか? 嘘つき供!!』
あたりにミラルの声が響く。その声には、今まで全く見たことのない怒気が混じっていた。
「畜生畜生......!? ナギ!!何が起こってるんだ!!?」
「落ち着けレアン、どうした?」
「カムイが...... 出せない!!」
「......!?」
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