第3話 銀の雪風、黒き吹雪

3-1 凍結 Rupuska

 寒色一色に染められた視界の中、雪にうずまる田園が広がっている。

 明治時代は樺戸集治監、すなわち刑務所が設置され、国事犯をはじめとする囚人の労働と共に発展した。初代典獄の月形潔つきがた きよしの姓からこの地域は月形村と呼ばれるようになり、現在もなおその呼び名を取りツキガタ町の名を取っている。


「さて、無事に着いた...... のか?」


「ミラルは聞こえる?」


「......聞こえるねぇ。トラックで通った道から」


 トゥイエカムイサラナの耳が、わたしの耳へ何かの唸る音を伝えた。おそらくミラルもまた、オンルブシカムイの耳越しに音を聞いたのだろう。


「バイクの音だな。もう追いついてくるぞ」


「え、嘘。わたしには馬か何かの足音に聞こえるんだけど」


「...... セポ、準備はいいか」


「無理はしないでね。あなたは能力の全てを使いこなせるわけじゃない」



 車道の向こうから飛び出してきたのは、オフロードバイクに乗った警官だった。

 ......何か見たことのある気がする顔だが、思い出せない。


「追いついたぞ、谷宮セポ。そして村泉ミラル......か。おとなしく同行願おう」


「......ついていかないと言ったらどうするんだ?」


「それはありえない。力ずくでも君たちの身柄は確保するからだ」

 警官の首から、背中から、3mほどの巨大な牡鹿おじかの実像が浮かび上がる。それを見てわたしの心は竦みあがった。


「谷宮」


「な、なに」


「お前こそ無理するな。こいつは俺が仕留める」


 あたりを突風が吹き抜ける。ミラルの狼神が遠吠えとともに浮かび上がったのだ。

 それが見えただろう警官は臆することもなく一歩前に進みでる。すると大鹿がこれまた巨大なツノをこちらに向けて突進してきた。その突き出た頭に向かって狼が疾風のように飛びかかる。


「ぐっ、速い!?」


 警官の驚きに伴って、大鹿が頭を振り回す。すると狼は打ち返された球のように、いともたやすく吹き飛んだ。


「えっ、オンルブシがっ」


「ふん、見てろっ」


目にも留まらぬ、吹雪のような速さで空中を狼が駆け回る。だが飛びかかるたびに大鹿はツノを振り回し、突進し、受け流して歯牙にもかけないようだ。


「......うん? 飛びかかるだけかな?」


「くそっ、谷宮、お前も見てないで手伝えやっ」


「無理だってあんなデカいの。キリトだって歯が立たない」


「俺にも歯が立たないんだよ! どうすりゃいいんだ」



「......君達が我々に立ち向かうのは早かったようだな。おとなしく来てもらおうか」

 そう言うと、大鹿はまたツノを突き出し突進の態勢をとる。


「あなたの本来の能力はそれだけではないはず。例えばあの時ビルごと凍らせたみたいに、咆哮で熊の身体を凍りつかせたみたいに」


「......そうか、だがどう使役ればそうできるんだ。あれは俺が操ったわけじゃない!」


「そう願うのよ。あなたの思い通りになると!」



「カムイさえ仕留めれば身体ほんたいの方は大人しくなる。ちゃっちゃと終わらせよう」


「っ......! 吼えろ!! オンルブシカムイ!」


 大鹿が駆け出すと同時に、狼が咆哮した。

『Rrrroarrrrrrrr!!!』


 ......しかし、突風を受けても大鹿は止まらない。だが突風はわたしたちをも吹き飛ばし、結果的に大鹿の突進を躱す結果になった。

 走り抜けてった大鹿は慌てたのか、盛大に近くの建物にぶつかっていった。

「ありゃ、戻ってこいっ」


「凍りつかないじゃない! まだ普通に動いているんですけど」


「なんでだよ! 捲き上る雪がなかったからか?」


「昨夜というかさっきクマを凍りつかせたのは、舞い上がる雪が積もっていたから、みたいな?」


「警察署全体が凍りついたのは、消火のためのスプリンクラーからの水が凍った...... 一瞬で凍結させるためには、当然ながら一瞬で凍るものがなくちゃならないのか...... そして凍るものさえあれば、ある程度膨張させて凍らせられると......」


「なるほど... って、考えてる場合でないんじゃないの!」

 わたしの声に呼応するように、ミラルは立ち上がるとわたしから離れて、車道の外側へと飛び出していく。大鹿と警官は、真っ先にミラルを追いかけて降りていったので、わたしも腰をさすりながら追いかける。


「車道はすでに踏みならされ、凍りついている。じゃあここなら...... 降りるな!谷宮」


「雪原...... ここなら?」


 大鹿の影が、空中を駆けて飛び上がる。

「まずい、すぐ戻れ!」


 空中で方向転換するが、大鹿は着地し雪野原を踏みつけた。

「うまくいってくれっ」


 大きな影が再び空中を飛び上がることはなかった。足元が完全に凍りついた雪にはまり、動けなくなったようだ。



『素晴らしい勇気を見せてもらったよ、村泉ミラル』


わたしの意思とは関係なく、キリトが人型の霊体となって飛び出す。


『セポ、教えてあげよう。僕の大いな能力をこの目に見せてね』


 黄金の光をまとった長大な剣が振るわれ、大鹿の実像を両断した。


「うッッ!!??」

 警官が立ったままその場に固まる。その目が回転するように歪むと、大鹿はとなって燃えるように消えていった。


「......」


「......?」

 何も告げず、キリトはわたしの首元へと戻っていった。


「......何が起こった? カムイが仕留められたのに、俺の意識は...... しっかりしているよな」



「セポ、なんであろうと逃げるぞ」


「うっ、うんでもどうやって」


「ええから! 俺の手を掴め、両手でっ」


「んん? うわぁぁぁっ」

 手を掴んだ瞬間、ものすごい勢いで引っ張られた。ミラルが狼の背に乗り、空中へ飛び立ったのだった。




「......」

 取り残された警官は、端末を取り出して通話する。

「......こちらレアン。標的を逃しました。追えるな、ナギ」


《勿論だ。それよりも意識は大丈夫なのか、そもそも》



「...何故だろうか。不思議とはっきりしているんだ。どこか解放された気分でもある...... いや、話してる場合じゃないな。俺も急いで追う」

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